夫婦漫才

伊藤テル

夫婦漫才

 彼の森くんは社会人落語家をしているので、普通のおうちデートでもこんな感じの会話ばかりだ。

 森くんはいつも通り柔和な笑顔で喋りだした。

「いやぁ、今度は蕎麦の新作落語を考えていてさ、こうやって年越しに絶品な緑のたぬきを食べれば、絶品な落語が作れるかもしれないと思っているんだ」

「緑のたぬきは絶品だけども、後者はどうか分からないね」

「そこはもうイコールでいいじゃないか、数珠を繋ごうよ」

「これほど今にもほつれそうな数珠無いけどね」

 私は冷たくあしらうことが森くんとの会話の礼儀。

 何故ならそうしてくれと言われているから。

 そっちのほうが私に合っているツッコミだと面と向かって言われたことがある。

 いや男女の会話に本来ツッコミもクソも無いんだけども、森くんはそういう人なのだ。

 そうやって彼女へ普通にボケをかましてくる人なのだ。

 森くんはあんなにキツイ言われ方をしたのに、変わらぬテンションで続ける。

「いやもうガッチガチの新品の数珠だから、新品の数珠の僧侶だから」

「新品の数珠の僧侶は新人じゃん、何か有難味が薄そうじゃん」

「いや儲かっている僧侶だから、ギラギラに儲かっている僧侶」

「僧侶の儲かっているとか聞きたくないなぁ、坊主丸儲けって言うけどもやっぱり何か抵抗あるわ」

 いつもこんな調子で会話して、本当に漫才だと思う。

 でもその漫才みたいな会話も実際私は嫌いじゃなくて、というか、そろそろ彼と”夫婦漫才”になりたいなぁ、と思っている。

「蕎麦で謎かけを入れたいんだけどさ、やっぱり蕎麦と貴方の傍がいいってよくあるよな」

「もう使い古されすぎて、それはもう今にもほつれそうな数珠だよね」

「粉々に浄化されそうな数珠だよな」

「まあほつれたところで、粉々にはならないけどもね」

 とツッコんだところで、森くんはここで一つギアを上げるかのように前のめりになって、

「いやもう空気に溶け込むように粉々になって消えていくイメージ!」

「ただの使い古された数珠を神秘的な感じに言うな」

「燃え尽きた流れ星のように散らばって大気圏に消えていくイメージ!」

「具体的に美しく言うな、使い古されたボロボロの数珠だぞ」

 明らかに森くんはボケに熱くなっていることが分かる。

 ……これくらい私との恋の本質も熱くなってくれるといいんだけどね。

 まあいいか、今はこのボケ・ツッコミを楽しもうかな。

「だから蕎麦と貴方の傍じゃ、まさに古いんだよなぁ」

「まあ古いね、色でいうとこの、くすんだ茶色だよね」

 私が同調するようにツッコむと、それに森くんは頷きながら、

「ぐずぐずにくすんだ茶色、最後の茶色ね」

「いやまあ最後の茶色はよく分かんないけども」

「土に帰る直前の茶色!」

「まあそれだったら最後の茶色か」

 とツッコんだところで、森くんが話の流れを変えるように手を前に出して、

「でさ、最近いいの見つけたんだよ、テレビで」

「じゃあダメじゃん、テレビでやってるヤツを真似するな」

 でも森くんは気にせず続ける。

 もう自分のボケ・モードに入りきっちゃっているんだなぁ。

「でもそういうのってもう、みんなのモノじゃん。みんなの著作権じゃん」

「特定できるのなら、みんなの著作権じゃないわ」

「言葉遊びって所詮言葉だから、みんなの著作権じゃん」

「いやだからダメなんだって、厚顔無恥を周りに強要するな」

 私のそのツッコミで少し笑った森くん。

 いやまあ笑ってくれることは嬉しいけども。

 もっと男女の微笑み合いみたいなこともしたいんだけども。

 森くんは私の気持ちなんて露知らず、喋る。

「チョイスする、と、蕎麦をちょい啜るってヤツ、あれ良かったなぁ」

「だからダメなんだって、ダメって言ってるだろ」

「でも蕎麦と貴方の傍がいいって、誰でも言ってるじゃん。あれだって本来ダメだってなるじゃん」

「まあそうだけども、まだそんなに使い古されていない状態ってダメなんだって。クラシックになってないんだよ」

 私の台詞に納得したような表情を浮かべた森くんは、

「そうかぁ、クラシックまで古くなるといいけども、このくらいの状態はダメということか」

「そうそう、だから新しいヤツを考えるんだよ」

「新しいヤツかぁ……緑のたぬき、うまい! あっ! うまいヤツ言いたい!」

 ガッツポーズをしながら、そう叫んだ森くん。

 いや

「味の旨いと、芸の上手いは、使い古されすぎてもはや土の味しかしないヤツ」

「日本人が土食う民族なら良かったのにな」

「まあそうじゃないからね」

 と言ったところで森くんは拳を強く握って、力説するようにこう言った。

「でもあれがしたい、二回掛けるみたいな、まだ掛けるのかよ! みたいなヤツをやりたい!」

「全然できていないのに、難易度の高いことに挑戦しようとするな」

「いやでも難易度の高いことに挑戦して成功できたらカッコイイじゃん」

「まあ確かにね……」

 難易度の高いことに挑戦して成功か。

 私も、やってみるかな。

 もう待つだけでは限界なところもあって。

 私は意外と気が短いんだ。

「そう言えばさ、私、前々から考えていたんだけども」

「ん? 何?」

「夫婦漫才したいと思っていたんだ」

 そう言うと、酷く驚いた森くん。

 そりゃそうだ、逆プロポーズされちゃったわけだから。

「……そりゃ、良かったね……」

 あれ、何かテンションが下がっている。

 おかしいな、ここは『俺もだよ!』ぐらい期待していたのに。

「えっと、恵那は、夫婦漫才、したいんだ……」

「うん、そうだけど」

「……そりゃ、良い夫婦漫才できると思うよ……なんせ恵那はツッコミが面白いからね……」

「ありがとう!」

 ……喜んで返事してみたけども、何か他人事な台詞だ。

 ”できると思うよ”だなんて、変な日本語。

 まあ森くんの日本語がおかしいところはいつものことか。

「……! こんな時に……謎掛け、思いついたな……心に雨が降り出したからか……」

「何! 心に飴って! そんなに甘々な感じ? 参ったなぁ、もう!」

 私は心が躍った。

 いやでも言い方がおかしい。

 心に飴なら、心にキャンディならもっとポップな感じで言うべきなのに。

 何の演出なのかな。

 またいつもの下手な演技からの『驚いたかー!』なのかな。

 あんなイジイジと暗そうに喋って。

 でも今日は演技とは思えないくらい意気消沈しているなぁ。

 まあいいか。

 それよりも

「じゃあその謎掛け教えてよ!」

「あっ、あぁ……蕎麦と掛けまして、水不足の白神山地と説く」

「その心は?」

「どちらも盛り(森)にはつゆ(梅雨)が必要です」

 私はビックリした。

 なんせ本当に二つの意味を掛けたからだ。

「おっ! 二つ掛けてるじゃん! これは聞いたこと無いし、これでいいんじゃないのっ!」

「良かった、良かった……まあ、これが最後だろうけどね……」

「最後って?」

「いやもう土になる直前だね……でも本当は一緒に土に還りたかったけども……同じお墓に入ってさ……」

 そうボソボソ喋る森くん。

 いやいや

「何それ? プロポーズ?」

「いや、ぅうん、いや、女々しい男だと思われるからいい……」

「……いや! 私がプロポーズしたじゃん!」

「……は?」

 キョトンとした森くん。

 いやこっちがしたいわ、どういうこと?

「……えっ? 私の逆プロポーズに気付いていないのっ?」

「逆プロポーズ? い、いや、恵那は誰か他の男と夫婦漫才するんでしょ……」

「いや違うから! 私は森くんと夫婦漫才したいって言ったの! 森くん! 貴方だよ! 貴方へ言ったの!」

「そ、そっか……俺に言ったのか……良かった……良かったぁ……」

 そう言って大きな息をついた森くん。

 道理でリアクションがおかしいわけだ。

 何だ、コイツ。

 本当に何だ、コイツ。

 一回殴ろうかな。マジで。

 でも。

「やったぁ! 恵那と結婚できる! 嬉しすぎる!」

 こんだけ喜べばまあいいか。

 でもさ。

「何でハッキリ言わないと逆プロポーズに気付かないの? 私は貴方以外をチョイスするわけないじゃない!」

「おっ! さっきのチョイスするを使って巧いね! じゃあこっちも……森には”to you(あなたへ)”が必要です……てね!」

 いや!

「自分の馬鹿さ加減で謎掛けをするな!」

「でも英語使っているから馬鹿じゃない」

「そこはもう普通に傍がいいで、いいでしょぉぉおお!」

 私は強めにツッコむと、森くんは首を優しく横に振りながら、

「それは使い古されたヤツだから、土味満載だから」

「もう十分土だよ! 土まみれだよ! 何かジャリジャリするよ!」

「そのジャリジャリはきっと砂糖じゃないかな、甘々だから」

「私の天気の雨とキャンディの飴を勘違いしたくだりをぶり返すな! 森くんが何よりも間違っていたのに!」

 と私が今日一の声のデカさでツッコむと、森くんがやけに得意げになりながら、

「落語は終わりをサゲというけども、恋愛と緑のたぬきは上げ(揚げ)がいいってね。なんせここから新しい生活が始まるわけだから!」

「もう上手いこと言おうとしなくていいんだって! そんなに上手くないし!」

 と言いつつも、私は未来に胸が高鳴っている。


(了)

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夫婦漫才 伊藤テル @akiuri_ugo5

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