第14話 始まり

冬がすぐそこまで近づき、橙子が大介のことを避け出して3週間ぐらいが過ぎていた。

「今日さ、聡太先輩が図書館のあとみんなでお好み焼きを食べて帰ろうってさ!」

秋生が昼休みにわざわざ誘いに来てくれた

「んー、どうしようかなぁ。紘子は行くって?」

「行くって言ってたよ。だから、お前も行くよな?来いよ?絶対!放課後図書館に集合な!」

秋生の相変わらず強引な誘いに断れず、約束通りに図書館に行き、みんなでお好み焼き屋に行った帰り道だった。


同じ中学出身の聡太と秋生と紘子は同じJRの同じ路線で、深雪はJRの別路線であった。残りの隆は自転車通学、大介と橙子は私鉄の同じ路線を利用していた。JRと私鉄の線路は平行して走っており、図書館はその路線と路線との間にあったから、駅は図書館を起点にするとそれぞれ反対方面にあった。


私鉄の駅と同じ方向の隆が今日は家庭教師の日だったことを思い出し早々に帰ってしまったため、私鉄の駅へ向かうのは大介と橙子だけになってしまった。

駅まではおろか、帰りの電車でも大介と一緒になる。橙子はこうなることがわかっていたから、図書館通いを避けていたのもあった。


「あのさ、橙子ちゃん。気になることがあるんだけど聞いてもいい?」

橙子と大介が駅までの道を2人きりで歩き出して少ししてからだった。

駅までは10分足らず、橙子は大介と並びながらも黙って歩いていた。

数週間前までは、部活のこととか、ほかの図書館メンバーのこととか他愛無い話をしながら歩いてたのに、今は言葉が出てこない。

しかし、そんな沈黙を大介が破いた。


返事をしようかと、大介の方を見ると、大介は眉を下げ少し困ったような顔をして続けた。

「このところさ、橙子ちゃん俺のこと避けてない?俺の気にしすぎかな、とも思ってたんだけど。今日もずっと目も合わせてくれないし、今も何にも話さないし。

俺さ、何か橙子ちゃんに悪いことしたり、言ったりしたのかな?」

大介の少し低めの声が、橙子の耳に届く。

「あ。いや、そんなことは。ないです。」


〜大介先輩への気持ちに蓋をして、好きにならないようにしているんです。〜


橙子は言葉を飲み込んだ。

言ったところでどうしようもない。

好きと言っても、好きになりかけたばかり。大介は受験生なのだから、邪魔してはいけない、と。そればかりが頭をよぎる。


「本当?いや、何もないわけないよね?

図書館に来なくなったのは、部活もあるし、時間が取れないってこともあるだろうから、それは理解できるけどさ、

学校でも明らかに俺のこと避けてるよね?

なんで?」


大介が橙子の腕を掴んで、大介の正面を向くように力を入れたために、バランスを崩し橙子は大介の方に倒れかかってしまった。

それを大介が抱き寄せるような構図で受け止めてくれた。


「!!!!!!????」


すぐに大介から離れようとしたが、大介は手を緩めるどころか、より腕に力を入れて離そうとしないため、橙子は身動きが取れなかった。


大介の胸に耳をあてた状態になったがために、大介の心臓がドクドク音を立てているのが聞こえてきた。

橙子は、男の人とこんなことになるのは初めてで、どうしていいかわからなかった。


「あの、あの、苦しいです」

この抱きしめられた状況を人に見られたら…と思ったが、ちょうど図書館の脇道で人通りもなく、誰かに見られているようすはなくほっとした。


「本当に、何にもないの?俺のこと嫌ってるわけじゃないってことだよね?じゃあなんでか、教えてくれる?教えてくれないと、離さないよ」

橙子の頭の上で大介が話すので、橙子は頷いて答えた。これは、もう話してしまわないとダメだなと、橙子は観念した。

それでも、大介はまだ腕の力を弱めてはくれない。


なので橙子はようやく言葉を発した。

「あの、まだ、よく、わからないんです。

私、でも、大介先輩と一緒にいると楽しいなぁ、って思ってて。

でも、大介先輩は、受験前だし、いつまでも一緒にはいられないってわかってるから、それなら、近づかないほうが迷惑かけないし、自分も辛くないかなって。でも、そうなると余計に大介先輩のこと意識しちゃって。でも、先輩の姿を目で追ったりして。

それで。あの。ごめんなさい」 


自分でも支離滅裂なことを言っているなと自覚できるほど、うまい言葉がみつからない。


ごめんなさい、と、言い終わると、大介は腕を緩めて、橙子の肩に手を置いて橙子の顔を覗き込んだ。橙子は恥ずかしくて目を逸らすのだが大介のまっすぐな視線を感じる。

「それって、俺のこと好きだって思ってくれてると捉えていいのかな?」

大介の直球勝負のボールに、橙子はまたコクリとうなずいた。

好きか嫌いかと聞かれたら好きだ。

それは間違いない。


うなずいた後に顔を上げると、先ほどの困った顔から優しい目になっていた。

「よかったー。俺も橙子ちゃんのこと、好きだよ。俺と付き合ってくれない?」


これが2人の始まりだった。

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