第15話 途切れた時間
「お!久しぶりだな!橙子、元気だったか?って、え?2人で仲良く登場?!」
飲み会の会場である居酒屋を訪れると、すでに秋生と聡太が先に着いて待ち構えていた。
2人…というのは、ちょうど店の前で大介とはちあわせたのだ。
久しぶりに地元に帰ってきたのだろう大介が、店の近所で地図を確認していたところを橙子が気づいてしまった。
何年ぶりだろうか、橙子の視界に入った大介の姿。あの日電話でケンカしたきり、一度も会わないままで別れてしまった大介が、目の前にいた。
結婚の約束(プロポーズ)さえしていなければ、そこまで傷は深くなかったかもしれないし、
橙子からさよならを言っていれば、こんなに気持ちを引きずったままにはならなかったかもしれない。
付き合ってしばらくしてからずっと、月に一度か2、3ヶ月に一度、数日を共にして、愛を語り合って、そしてまた離れる。
離れた時間は電話がつないでくれたが、
お互い仕事や友人たちとの時間を優先して、電話の声すら聞かない日の方が多くなっていた。会っている時が非日常で、会わない時が日常。付き合ってからほとんどの時間が離れ離れだったから、それが普通だった。そして、非日常で束の間の愛を確かめ合う、ちぐはぐな関係になっていった。
大介はプロポーズはしたのに、結婚はまだしたくなさそうなあやふやな態度ばかりをとっていて、
普段なら目標を決めたらグイグイ引っ張ってくれるのに、結婚についてはそうではなかった。
それに、今までにないぐらい、橙子に対して上から命令するような口調が増えて、古い言葉だが『亭主関白』を目指しているような口ぶりだった。
橙子は橙子で
「なんか、違う。大介がおかしい。こんなの求めていた関係じゃない。でも結婚が決まったのだから、我慢しなくちゃ」
話すたび、会うたびに感じていた違和感を、
結婚という待ちわびた未来のために気づかなフリをしていた。
「俺と別れてしまうと橙子がかわいそう」
と大介が言ったことがあった。
自分が主体ではなく、なぜ、私がかわいそうなのか?不思議でたまらなかったが、
今にして思えば、あの頃の大介の中では、結婚は長年付き合ってきた2人の免罪符
としか思っていなかったのかもしれない。
2人には結婚か、別れるか、しか選択肢がなくて、
別れる方を選ぶには崖から飛び降りるぐらいの勢いがいった。
長年一緒にいて、親や、友人からも認められた仲で、選択肢は2つあるけれど結婚しか選ばせてもらえない、そんな状況が2人を知らずに苦しめていた。
そして、最後の日は突然やってきた。
大介のプロポーズから半年が経った頃だっただろうか。些細なことが発端で電話口でケンカになった。
いつもならすぐに大介が謝ってくれるのに、そのときは違っていて、そのいつもとは違う態度に、橙子は苛立った。
「どうして、私のことを受け入れてくれないの?私のこと好きじゃないんでしょ?好きでもないのに結婚しようなんて言わないで!」
さらに勢い余って、大介の人格を否定するような、ひどい言葉を浴びせてしまった。
「もう、いい。橙子がそんな風に考えていたんだったら、もぅ、俺、無理だよ。さよなら」
それきり、連絡が途絶えた。
大介との時間が止まってしまった。
ケンカして別れよう、となったことは初めてじゃない。その度に仲直りをしてきたわけだけれど、今回は違った。
言いすぎたことを謝りたくて、電話しても着信拒否され、電話にでてくれなかったし、メールの返信も当然無かった。
周りの友人からは、
「今すぐ会いに行って、きちんと面と向かって話し合ったほうがいい」
なんてことを言われたが、ちょうど仕事が忙しく、物理的な距離が都合よく2人を遠ざけた。
それから、本当に一度も会わぬまま康之と出会い結婚、出産した。
大介と付き合ってきた時間と同じ長さの時間を康之と歩んできた。
年に数える程しか会えなかった大介との時間と比べると、康之との時間はもっと濃くて実りある時間だ。そしてこれからも続くのだ。
大介は過去形で康之は現在進行形。
恨んでないといえば、嘘になる。
今でも「あのとき別れてなかったら」と思うこともあるし、別れたからこそ、康之や娘のひかりに出会えたのだと思えば、あの別れは間違ってなかったのだと、肯定できた。
そんなことを考えながら、飲み会の会場近くにたどり着くと、大介の姿が目に入ってきたから余計驚いた。
声をかけるかな、いや、どうだろう。
知らんぷりする?
大介の姿に心臓が急に激しく鼓動するのがわかったが、橙子は意を決して声をかけた。
「お久しぶりです。」
大介の懐かしい顔が、こちらを向いた。
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