第三章(02) 子供の『戦竜機』
兄を探している、というのは嘘である。
メサニフティーヴにはいま、街の外で身を潜めてもらっている。街に竜が、それも生きた竜が現れたのならば、大変なことになるだろう。しかもここは大きな街。竜に対する武器も、潤沢にあるはずだ。
嘘を吐いたことに、後になってからひやひやとしてくる。果たしてあの門番たちは、後からおかしいと思わないだろうか。それだけではなく、兄が傍にいないことが心細い。そしていま、自分が人間の街にいることに、恐怖を覚える。
何かあったら、どうしよう。何か失敗したら、どうしよう。
――けれども自分には、使命がある。
この街に子供の『戦竜機』がいる――その噂を、無視するわけにはいかなかったのだ。旅をする人間達から、こっそりと聞いた。大きな茂みの中、あの時は兄と顔を見合わせてしまったが、そこに彷徨う竜の魂があるのならば、救いに行かなくてはいけない。
それが自分の使命。そのために地上に生まれた。
それにしても、と、髪すらもすっかり隠すよう目深に被ったフードの下、フェガリヤはきょろきょろとあたりを見回す。人の視線を気にする。
果たして自分は「人間」としてうまく見えているだろうか。
――ばば様に人間の文化や振る舞いは教えてもらった。何かあった時のための訓練として、街に連れて行ってもらったこともあった。だが、いざ人間の中に混ざると、不安を覚える。浮いていないだろうか。怪しまれていないだろうか。
とはいえ、こうも目深にフードを被っていては、多少奇異の目を向けられても仕方がない。だがそれ以上に、髪と瞳の銀色を見られる方が危険だろう。どうやら自分の見た目は、人間にとって非常に珍しいものであるらしいから。
今の自分は旅人。そう言い聞かせて、フェガリヤはしっかりと歩みを進めた。多少目立つのは仕方がない。何故なら自分は旅人、街の外から来た。妙だと怪しまれても、街の外から来たといえば、納得してもらえるだろう……。
どの道がどう続いているかはわからない。しかし南へ向かって歩き続けると、高い塔が見えてきた。立ち並ぶ家々から、すっくと起き上がったそれ。文字盤が見える、針は昼前を示している。目指して進めば、その時計台の下に広がる広場が見えてきた。
街道以上に、広場には人が多かった。特に時計台の根元、人がわらわらと集まっている。わあわあと怒鳴り声も混じった騒めきに、フェガリヤはかすかな不安と恐怖を覚えた。それでも人だかりに混ざるようにして、進んでいく。
時計台の真下。ついにそれを見つけた。
人間達に取り囲まれていたのは、車輪のついた檻だった。大人の人間であれば、屈まなくては入れない高さのそれは、獣用だと見てわかる。しかし中にいるのは、獣ではない。それを生き物と言っていいのか、機械と言っていいのか、未だにわからない。
言うなれば、魂のある兵器。これが世界に初めて生み出されたとき「新しい分類のもの」と言われたらしい。全く新しい存在。
――『戦竜機』が檻の中にいた。機械と肉が混ざり合ったような姿。生き物とは思えない瞳。間違いない。
だがその『戦竜機』は、今まで見て来たものと比べて、随分と小柄だった。大人の人間と同じくらいだろうか。ずっと小さく……幼い。
――ひどい。
フェガリヤは立ち止まり、口を手で覆った。
子供の『戦竜機』――『戦竜機』にされてしまった、竜の子供。
――かつて人間は、敵国を滅ぼすために『戦竜機』を必要とし、そのために竜狩りを行った。
その対象は、大人の竜だけではなかった。まだ幼い子供の竜すらも生け捕りにされ、兵器に変えられてしまった――。
怒りは感じられなかった。
ただ悲惨さと残酷さに、フェガリヤは口を固く結んだ。
百年前でも、よい人間はいた。けれどもそうでない人間によって、竜は追い詰められた。兵器にさせられた。
……そしてその竜の悲しみや苦しみ、怒りや恨みが、月を赤く染めた。
檻の周囲に人は多く、近づくことはできなかった。改めて『戦竜機』を見据えれば、身体に槍が数本刺さっている。『竜血鉄』の槍だろう、あれで身動きできないようにしているようだ。
ところで、とフェガリヤは辺りを見回す。
何故この『戦竜機』はここに置かれているのだろうか。見世物にされている、と聞いたが、その理由がわからない。確かに子供の『戦竜機』は珍しいかもしれない。だが『戦竜機』であることに変わりなく、危険だ。だから人間達は『戦竜機』を弱らせたのならば、棺を作って閉じ込めるではないか。
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