第三章(03) 「提供」
――とにかくあの子を助けないと。
疑問は使命にすっと消え失せる。あまりにも酷すぎる。『戦竜機』にされて、槍で貫かれ、その状態で見世物にされるなんて。一体あの竜が何をしたと言うのだ――。
「おや、旅人さんかな? わざわざ私の『コレクション』を見に来てくれたのかな?」
突然声をかけられる。知らない間に気を張り詰めていたフェガリヤは、その瞬間びくりと震えてしまった。
慌てて振り返れば、まだ若い男が一人立っていた。その服装からして彼が普通の町人でないことに、すぐに気付く。周囲にいる人々に比べて、鮮やかで煌びやか。上品で絢爛。
「ああすまない、急に声をかけられたら驚くよね? 私はマルセロ――あの『戦竜機』の持ち主さ」
マルセロと名乗った彼はふわりと笑い、その目を『戦竜機』に向けた。
「どうだい、あれは。あれは私の『コレクション』の中でも自慢の一品なんだ」
「……だから、見世物にしているんですか?」
見せびらかしたいのか。尋ねて、むくむくと嫌悪が立ち昇る。あんなにかわいそうで、悲惨であるのに。
「珍しいだろう? それに普通の『戦竜機』では、一般の人間では恐ろしくて近づけないからね。でも……だからこそ、見てみたいと思うだろう? 私はそれに、応えているだけさ……君だって、そう思ってきたのではないのか?」
「……ええ、まあ……恐ろしいですね」
その言葉は『戦竜機』に対しての言葉ではなかった。
周囲の人間、そして彼への言葉だった。だが気付かれない。マルセロは続ける。
「ああ恐ろしいね。おぞましい……そして憎たらしいからこそ、皆にこの『コレクション』を提供しているのさ」
「提供……?」
意味が分からず、フェガリヤは小首を傾げる。
それと同時だった。女の怒りの声が響いてきたのは。
檻へ視線を戻すと、檻のすぐそばに、街の住人だろう女が槍を手に立っていた。
「ほら、見ててごらん」
マルセロが顎で示す。
槍を手にした女の形相は怒りに歪んでいた。それでいて、どこか楽しんでいるような様子を帯びているものだから、異様だった。
女は槍を構える。切っ先を、檻の中にいる『戦竜機』に向かって。
何が起こるのかを察して、フェガリヤは顔をそらすだけではなく、目も固く瞑った。
響き渡る女の罵声。肉を貫く音。そして『戦竜機』の弱々しい声。噴き出す血の、水音。
群衆が湧きあがる。信じられなくてフェガリヤは顔を上げるが、
「死ねっ! 死ねっ、死ねっ、死ねぇっ!」
湧きあがる群衆を裂く女の声。繰り返される槍の突き刺さる音と『戦竜機』の悲鳴。
「お前らのせいで! お前らが全てめちゃくちゃにしたんだ!」
槍が突き刺さる度に、フェガリヤはまるで己が刺されているかのように身体を震わせた。弱々しい『戦竜機』の高い声が聞こえてきて、ついに涙が溢れた。
こんなこと、する必要はない。
そもそも『戦竜機』を作ったのは人間。意思を奪われ心を潰され、そして魂を歪められ、月に還りたくとも還れなくなった彼らに、どうして更に苦痛を与えるのか。捕獲したのならば、棺を作り閉じ込めて、それで終わりにしたらいいではないか。
からん、からん、と音がする。群衆が『戦竜機』にゴミや石を投げつけていた。それは他人に当たると危ないから、と、檻を管理していた男が人々を制する。
「『戦竜機』は多くのものを奪ってきたからね」
マルセロは近くにいた使用人に声をかけ、大人しくならない群衆をなだめるよう指示をする。けれども深刻なものではなく、いつも通りという様子だった。そしてフェガリヤへ続ける。
「誰もが憎くて、殺したくてたまらない。ま、あれは死ぬことはないし、怪我だって治る怪物だからね。生き物であるのか、仕組みがどうなっているのかはわからないけれども……いい見世物だろう?」
フェガリヤはもう言葉を返せなかった。顔を青くして『戦竜機』を見つめていた。『戦竜機』はすでにぐったりと檻の中で倒れていて、辺りには血が広がっている。それでも女は槍を抜いてはまた刺し、くわえて今度は男が槍を手に暴力に参加する。
「……大丈夫かい?」
フェガリヤが固まっていることに気付いて、マルセロはそっとフードの中を覗き込む。
「――おや、その目の色は……?」
「――ごめんなさい! あの『戦竜機』が吠えたものだから、驚いてしまって……」
すかさず顔をそらして、フェガリヤはフードを深く被りなおした。マルセロはじいと彼女を見下ろしたが、それもしばらくの間だけだった。
「ま、驚くよね」
何事もなかったかのように微笑む。
フェガリヤは一歩足を退いた。
「少し……休んできます」
それだけを言って、足早に広場を離れる。もう耐えられなかった。裏路地に飛び込めば涙を拭った。
マルセロは止めなかったが、その背を見据えていた。くいと指を動かして、近くにいた使用人を呼ぶ。
「あいつを見張れ。あいつは……とてもいいものな気がするよ、あの『戦竜機』と同じく」
瞳の銀色を、見逃してはいなかった。使用人は足音なくフェガリヤを追って走り出す。
湧きあがっていた群衆は徐々に落ち着きを取り戻してきていた。すっかり弱り、いくら痛めつけても動かなくなった『戦竜機』に、彼らの興味は落ち着いていった。
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