魔法使いという呪い
エテンジオール
疑う 待てない 壊れてもいい
『魔法使いは世界を侵す』
悪口でも、ただの主張でもなく、それは事実だ。自分の信念を外部に押し付ける“魔法”という力は、時に物理法則を歪め、心を歪め、常識を歪める。
祭り上げられて、迫害されて、特別扱いされて当然の力だ。そうされることが普通の存在だ。
『魔法使いは世界を侵す』
そのはずなのに、今の世界は魔法使いたちを受け入れていた。10年そこらで弾圧をやめ、友として寄り添い合う。
“調停の魔法使い”と呼ばれる一人の魔法使いの影響だ。
目の前で火炙りにされた魔法使いの最後を目にした彼女に宿った一つの魔法、“魔法使いと普通の人の、互いに対する差別意識を消す魔法”。
彼女のおかげで、この魔法のおかげで世界から魔法使いへの迫害は無くなった。そのことを恐ろしいと思うことすら、普通の人達には許されなかった。
『魔法使いは世界を侵す』
だから、みんな知っているはずなのに、誰一人としてそれを恐れない。恐れてしまえば、それは魔法使いに対する差別意識につながってしまうから。
魔法使いの適性が発現したことで、強制的に研修を受けることになった私は、講義の内容を振り返る。魔法使いの歴史には、魔法使いになったからこそ明かされた事実がいくつも含まれている。
魔法のこととか、魔法犯罪の対策とか、なぜ社会が今の形になっているかとか。
人の信念を実現化するための魔法と、信念が揺らいだ魔法使いの末路。“魔法犯罪を未然に防ぐ魔法”と、“魔法使いを守る魔法”による人々への影響。
考えてみればおかしな話だ。魔法使いが暴れて建物がめちゃくちゃになっても、一般人は魔法使いを恨まない。魔法使いを隔離しようともしないし、そんな自分たちを疑うこともない。
そのことを哀れだと思うことも出来なかった。自分は知っているということに優越感を覚えることもなかった。
魔法というのは、そういうものだ。魔法使い一人に一つだけ許される、ある種のチート。自分を貫くための奇跡。行動を目的とした心の力。自らの歪みを押し付ける力。
そんな魔法の力。そして、私が得た魔法は、“魔法使いを殺すための魔法”だった。
魔法使いは変わってはならない。魔法という強力な力を得た代償として、その魔法を使い続けなければ存在を保つことが出来なくなる。使うのをやめれば、力が溜まりすぎて崩壊してしまうらしい。
そんな魔法使いの死因ナンバーワンは、信念の揺らぎだ。魔法使いは心によって魔法を使う。使える魔法は一つだけ。使わずにいたら死ね。そんな脆い生物が魔法使いだ。とはいえ、思い込みや偏見を異常なレベルに育んだものが魔法であるわけで、そこまで育てられた思想はなかなか変わらない。
それを変えられるようにするのが私の魔法で、だからこそ私は、厄介な魔法使いの処分を生業にすることになった。
『魔法使いを殺したい』
そう思うのは、私の過去が原因だ。私の友達を奪ったのが魔法使いで、家族を殺したのが魔法使いで、私のことを嬲ったのも魔法使いだった。みんなみんな、魔法使いだった。だから私は憎めなかった。
けれど、どうやら感情というのは表面に出ないだけで燻っているらしい。ある日、溜まっていた鬱憤が、抑圧された思いが、魔法を作っていた。魔法使いの心を冒す、ただそれだけの魔法。幻覚を見せて魔法の土台に罅を入れる魔法。
それが発現したのは、私の憎しみからだ。そして、それがある以上私は生きるために魔法使いを殺さなくてはならない。
さりとて、犯罪者になりたいわけではなかった私は、魔法管理局を訪ねた。魔法使いの情報を管理していて、その魔法に合った職を斡旋してくれる公的機関だ。私はダメ元で、殺してもいい魔法使いが居ないか尋ねた。
居る、というのが答えだった。それも複数。とても厄介で、処分したくても処分できないような連中が、この世界に蔓延っていると。その誰もが、“魔法使いを守る魔法”によって保護されていて、手を出せないと。
リストを見せてもらう。放火魔、シリアルキラー、ヤク中、寮母、教祖、子供。見るからに悪質な犯罪者から、一見普通に見えるものまで、並べられている50と4人。
どれも、私が殺していい相手だ。私が生きるために、犠牲になることを望まれた相手だ。
他にはいないのかと尋ねると、ほかの犯罪者たちは程度が低いため、わざわざ殺さずともいいのだと。ついでに、このリストの中だけであれば、私は罪に問われないという言質も取れた。
記念すべき初仕事は、シリアルキラーだった。名前は山村祐希、使う魔法は瞬間移動。
犯罪行為に取り憑かれ、けれども捕まりたくないという願望によってテレポーターになったらしい。最初は窃盗や覗きなどの、魔法使いにしては比較的軽度な犯罪のみであったが、捕まらないこと、捕まったとしても容易く逃げ出せることによって過激化。無差別殺人や各種犯罪を経て、今では人の内臓を集めるようにまで成長したらしい。
これほどまで罪悪感を感じさせない相手も珍しいだろう。人殺しに慣れさせようという、管理局の意図を感じた。
寝ている山村に近付き、家の外から魔法を使う。見せる幻覚は、大量の百足があらゆる隙間から這いずり出してくるというもの。百足が何よりも苦手だという彼はきっと、それを恐れながら、体をかじられる痛みに耐えたがら、逃げたいと思うだろう。恐怖から解放されたいと、もう痛いのは嫌だと思うだろう。そうなるように幻覚を見せた。
悲鳴が響く。枯れる。
山村の消滅が確認されたのは、三日後だった。
二人目、寮母。子供が好きで、“恵まれない子供を救う魔法”を使う。恵まれる恵まれないは金銭的なものや親の立場的なものが基準で、その基準にあてはまった子供を拉致軟禁、抵抗する親を処分していった。対処が必要だとされながらも、人質が取られている状況のため困難。今に至るらしい。
そんな彼女には、自分が拉致した子供たちに刺される幻覚を見てもらうことにした。刺されて、恨み言を言われて、お前のせいで親が死んだと言われる幻覚。子供と関わっている時に、不定期的に見えるそんな幻覚をプレゼントした。
一ヶ月後に一人の子供が殺害され、寮母は逮捕。そしてその三日後に留置所内で消滅が確認された。
その後も同じようにリストの中身を処理したが、不完全燃焼ではあった。叶うことならば憎き魔法使い達は一人残らず自分の手で処分したかったし、もっと後悔させて、生まれてきたことが間違いだと思わせたかった。
それが叶ったのは、後回しにしていた一人の子供の時だった。
佐山幸華、11歳、幸せになれるようにと願いを込められたその名前に反して、不幸や不運に愛された少女は、優しい両親を求め、あたたかい隣人を求め、幸せだった日々を求めた。
喧嘩ばかりの両親に笑ってほしくて、意地悪ばかりする周りの人に笑ってほしくて、昔みたいに笑ってほしくて、優しくしてほしくて。
“あなたが笑っているからみんな笑顔になれるのよ”
優しかった頃の母の、その言葉を胸にいつでも笑顔でいた。陰口を言われても、足をかけられても、机に落書きをされても。
昔みたいに、笑顔を向けて欲しかった。
それだけを求めていた少女は、一つの魔法に目覚める。周りの人がいつでも笑顔であるための魔法。“周囲の人を幸せにする魔法”。
素晴らしいものだ。美しいものだ。ただ、それが思ったようになされなかったことだけが、この上なく不幸だった。
みんなが幸せになれる。このこの周りにいるだけで、とても幸せな気分になれる。
それは、とても恐ろしい事だった。人は、それに耐えられるほど強いものではなかった。
ただそこにいるだけで幸せになれるのだ。“周囲の人を幸せにする魔法”は、具体的な効果を言うのなら、“周囲の人の脳内麻薬分泌を異常活性化させる魔法”は、みんなにとって毒だった。そこにいるだけで幸せで、気持ちよくなれることはあってはならない事だった。
その範囲に住んでいた人が、あらゆる経済活動をやめる。そこに通り掛かった人が、全ての義務を投げ出す。面談に臨もうとした局員が、その職務を放棄する。
その土地は立ち入り禁止になった。少しでもそこに入ってしまった人は半分廃人になることから、主要鉄道の一部が使用不可になった。
そうして、少女は処分対象に選ばれる。既に廃人になった人はともかくとして、これ以上公共交通の妨げになることは認められないから。
とはいえ、大仰な前置きがあったとはいえ、この、幸福の魔法使いを処分するには、私としては何も問題がない。他の人であれば、間違いなく取り込まれてしまう幸福フィールドの中であったとしても、魔法使いを殺すために魔法耐性が備わっている私からしてみればただの町に過ぎない。
破顔しながらどこか遠くに行った目で佇む住人を横目に、この魔法の中心部に向かう。次第に増えていく住民と、それに比例するように下がっていく健康状態。最終的に見られるようになったのは、生きているかすらも定かではない者たち。
そんな連中に囲まれながら、その少女は自然な笑顔だった。全くの邪気を感じない、純粋な笑み。
佐山幸華は自宅のリビングで、ただ笑っているだけのナニカと向かい合っている。
それは、彼女の両親なのだろう。痩けた全身を除けば、パーツ単体で見れば面影があった。この子と目の前の生ける屍には、血縁関係を伺わせるものがあった。
そんな家族の団欒に、私は当然のように割り込む。これまでの相手の中で一番危険性が低かったから。最後の一人くらい好きなようにしたかったから。
突然割り込んできた私を見て、佐山幸華さ笑顔をうかべる。きっと、これ以外に表情を知らないのだろう。これ以外の表情を求めていないのであろう。
「……ねえ、あなたはどうして笑ってくれないの?あなたはどうして幸せになってくれないの??」
魔法に目覚めるくらい、強くそれを望んでいた子供だ。目の前に突然例外が現れたら、問いただしたくもなるだろう。
さあね、君が私とお話してくれるのであれば、幸せになれるかもしれないよ。
問いかけに対して、私はそう答える。これまでと比べれば小さいとは言え、言葉を交わすことは私にとって大きなリスクだ。それでも、交わしたくなってしまった。
少女は笑みを絶やすことなく、不思議そうな雰囲気を醸す。
「いいよ。お話するだけであなたが幸せになれるなら、わたしはいくらでも話す」
その言葉は予想出来てきた。この子の魔法からして、欲求からして、これを断るはずがない。ただひたすらに周囲の幸せを求めた子供が、これを断れるわけが無い。
そんなことを理解しながら彼女に嘘をついた私は、その後この子供の考えを聞き、理解する羽目になる。子供の不完全な理論を理解し、反論を抱えつつもそれをある程度受け入れることになる。
「こんなふうにちゃんと誰かにお話したのは初めて……わたしの気持ちを聞いてくれて、すごくうれしい」
先程までの笑みよりもずっと明るい表情を浮かべながら、少女は言う。それは、抱えてきた不満の解消。貯めてきた鬱憤の発散。この瞬間、間違いなくこの子は、佐山幸華は私が見た中で一番幸せそうな、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
それを、私は正面から覆す。目の前の魔法使いに絶望を与える。
「しあわせ、確かにそうだね。君のおかげで、この周辺に住んでいる人達はみんな幸せな気持ちに浸ることが出来る」
魔法を使えば、容易かったこと。ただ、笑顔のみんなに暴行される幻覚を見せるだけで、笑顔でない時だけ痛みのない幻覚を見せるだけで済んだこと。
「でも、この人達は本当に幸せなのかな?魔法の力で強制的に幸せにされて、幸せであるように強いられたこの人達は本当に幸せなのかな?」
それは、ひとつの事実。幸せになっているはずの人たちの幸せが、かつて思い描いていた幸せと同位なのかを問う言葉。
「この人達は今、幸せを感じているだろうね。でも、それは昔と同じ幸せかな?君が欲しかった幸せかな?」
「君のやっていることはただの押し付けで、本当はみんなを“幸せ”から遠ざけているんじゃないかな?」
危険性がないからできた行動。子供相手だから崩せた魔法。魔法に頼らずに魔法使いを殺す、なんてことの例にするには、いささか条件が絞られすぎるだろう。
パチリッ
けれど、いたいけな少女を一人騙すのには十分だった。辺りの魔法の気配が弱くなる。少し前まで恍惚とした表情でピクリともしなかった二体の屍が、意志を取り戻す。
「なんてことを!!早く魔法を使いなさい!!もっと、もっと、もっと魔法をつかい続けなさい!!!」
髪の長い屍、おそらく佐山幸華の母がヒステリックに叫ぶ。
「私の神様。どうか、どうか私をあの優しい世界に返してください。こんな、辛くて救いのない現実ではなくあの日々に戻してください」
髪の短い屍、推定父親は佐山幸華の足元に縋り付いてそう乞うた。
彼女の求めていた優しい母の姿は、厳しくも愛してくれる父の姿はそこにない。いるのは脳内麻薬に頭をやられた乱用者が二人。高圧的なものと卑屈なもののふたりだけ。
「こんな人達が、君を愛してくれた優しい両親と同じなのかな?本当のふたりはこんななのに、それを抑圧して笑わせていた君は、本当にそれで幸せになれたのかな?」
ピシリッ
何かがひびわれる音が聞こえ、
パリンッ!!
直後に割れる音がする。それが魔法を失った音とわかったのは、私の感覚的なものだった。
その音を境にして、屍二人が少女に掴みかかる。
「おとうさん、おかあさん、やめて!!いたくしないで!!」
魔法の影響から外れた住民たちが、自ら等に幸せな幻想を見せてそれを消した佐山幸華を恨む。のどかな、少し広めの一軒家はみるみるうちに彼らで埋め尽くされた。
「待って!!おねがい!!!助けて!!!」
少女の悲痛な声が響く。待てないし、頼まれても、私が元凶である。助けたりはしない。魔法使いになってしまった以上、可能な限り苦しんで死ねばいい。
この子の心はぐちゃぐちゃに凌辱することになった。それ自体はあまり気分のいいものでは無いが、私の魔法を、私の信念を守るためならこの子は壊れても構わない。私の今後や全てを測りにかけるのであれば、この子は壊れてもいい。そう判断できたからこそ、私はこのリストの人々を処分することに決めた。
佐山幸華の最後は逆恨みしたヤク中達による拷問だった。魔法を使用しない限界超えるよりも先に、少しでも早い快楽を求めたヤク中達に責められ、彼らの幸せを心から願えなかったがために死んだ。死因は度を超えた拷問で、魔法の使用を制限した私にとっては関係の無いものだった。
魔法使いが死ぬ。死んでいい魔法使いたちを管理局がリストに挙げる。佐山幸華以降、そんな日々が続いた。定期的に更新される対象者のリストを見て、そのどれも処分可能として対処する日々。
一つ問題をあげるなら、死んでいい魔法使いたちの数が減った。そして、私は死ななくてもいい魔法使いたちに関しての情報を知らなかった。
これまで処分した内、最初の数人に関して言えば、自分でも多少なりとも情報は調べた。その後に関しては、管理局から送られてくる、魔法の種類やその源に関する知識に頼って仕事をしてきた。
ここで困ることが何かと言うと、私はこれまでターゲットの情報、弱点を予め知った上で処分してきたのだ。これが何を意味するかと言うと、情報のない相手に対してはどんな幻覚を見せればいいのかもわからないということに行き着く。
それさえ、事前情報さえわかっていれば私の魔法は、魔法使いに対して絶対的な優位性を示すものだった。けれど、それを失ってしまえば使い勝手が悪く、まともに運用できない能力でしかない。
その事実を理解したうえで私は顔馴染みの受付に魔法を使う。使わなければ死んでしまうから。一番楽に殺れそうだったのが彼だったから。
管理局にいるくらいだから魔法を持っているだろうという偏見と、持っているとしたら来た人を調べるような魔法だろうという推測。私の魔法を聞いても表情を変えなかったことから、相手の魔法を知れる魔法ではないかと予想。それを崩すような幻覚を見せるが、反応はなかった。
「ああ、私は今殺そうとされたんですね。大丈夫、私は魔法使いでは無いので死にませんよ」
「というか、あなたは国側の魔法使いにあった事すらありません。所詮は他人を殺したがる危険人物ですからね」
受付の彼は、自分が殺意を向けられたことに対して何も反応せず、世間話でもするかのように話し続ける。
「そうそう、お陰様で危険な魔法使いたちは全て処分できました。いや〜、今回の魔法使い殺しは優秀でしたね。仕事は早いし、撃ち漏らしはないし、交通費もかからない。それなりに理性的で、注文通りに殺してくれる。本当に、今回きりになるのがもったいないくらいだ」
次に処分されるのは私ということだろう。そうなることはわかっていた。魔法を使った犯罪者が無限にいる訳ではない。その数は多くても、殺されなきゃいけない程のものはその中でもわずかだ。必然的に、相手がいなくなったら私はいらなくなる。このまま消滅するまで、どこかに監禁でもされるのだろう。私ならそうするし、実際に取り押さえ要員らしき人々が私を囲んでいる。
「……思ったより驚いていませんね?こうなることを予想されていた?いえ、それであればわざわざここに来る必要がありません」
魔法使いになったことが、私がこれまで手にかけてきた彼らの罪だった。他にも罪はあるが、私が気にしていたのはそこだけだった。
魔法使いになったことが間違いなのだ。
であれば、それは当然私にも適用されるべきだ。魔法使いを殺すための魔法を持っている魔法使いなど、存在するべきではない。
抵抗することなく魔法使い殺しは捕えられ、そのまま地下室に閉じ込められる。
「また、新しい魔法使い殺しを作らないとなぁ……」
受付に座っている男は、適切なタイミングで候補者の身内を処理させなければならない面倒さを思い、小さくボヤく。
三日後に魔法使い殺しの消滅が確認された。
魔法使いという呪い エテンジオール @jun61500002
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