第9話 それぞれの想い
「すごいことだなんて、そんな実感はないんだけど……そういうもんなのかな?」
ラビーニャが不思議そうにつぶやくと、
「そういうもんなの」
と、ナターシャがテーブルに皿を置きながら断言した。
彼女は複数回、キッチンとリビングを往復して料理を運ぶ。運び終えると、薫り高いアップルティーを人数分淹れて食卓についた。
「さあ、食べよー」
ナターシャが上機嫌で言うと、フランチェスカとラビーニャは気持ちを切り替えるようにうなずいた。
テーブルの上に所狭しと置かれた料理の数々。その中でも、一際目につくのがフルーツタルトだ。いちごやバナナやオレンジ、キウイなどの果物がふんだんに乗っていて、その周囲にホイップクリームが飾られている。どうやら、本日のメインらしい。その他にも、フルーツポンチやオレンジのムースなどが並んでいる。
三人は早速、いただきますと言って料理に手をつけた。
「ん〜〜〜! このフルーツタルトも美味しい! ナターシャって、本当に料理上手なんだね」
至福の表情でフランチェスカが褒めると、
「えへへ、ありがとう! そんなに気に入ってくれるなんて、めっちゃうれしいよ。あ、そうだ! レシピあげる!」
と、ナターシャは照れながら言った。
「え、本当に!? いいの?」
思ってもみなかった提案に、フランチェスカは驚きの声をあげる。
「もちろん! もとの世界に戻っても、あたしの料理の味を忘れないでいてほしいから」
そう言って、寂しそうな笑顔を浮かべるナターシャ。
そんな彼女の心の内を察したのか、フランチェスカは真面目な顔で首を横に振った。
「忘れるわけないよ。めちゃくちゃ美味しいんだもん」
気に入った味だから絶対に忘れない、と誓うように告げる。
その瞬間、ナターシャの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「え? ナターシャ、どうしたの? 私、何か変なこと言った?」
おろおろするフランチェスカに、ナターシャはそっぽを向いて何でもないとくり返すだけ。
助けを求めるように、フランチェスカがラビーニャに視線を向けると、
「君が変なことを言ったわけじゃないよ。ナターシャが、褒められ慣れてないだけだから」
と、ラビーニャが微笑みながら言った。
フランチェスカは胸をなでおろし、紅茶に口をつける。りんごのさわやかな甘みと紅茶の香りが、口の中に広がり気持ちを落ち着かせる。
「ほら、ナターシャ。せっかく君が作った料理なんだ、涙を拭いて?」
気を取り直して食べようとラビーニャが優しく言うと、ナターシャはうなずいてテーブルに向き直る。
食事を再開した三人は、料理に舌鼓を打ちながら楽しい時間をすごしていった。
◆
翌日、三人は前日と変わらない朝を迎えていた。だが、今夜は満月が昇る。それは、フランチェスカがもとの世界に戻るチャンスでもあると同時に、二人の妖精と別れなければならないことを示していた。三人とも、心のどこかでそれを理解していた。
ナターシャは、珍しく料理の支度に時間をかけていた。おそらく、フランチェスカに渡すためにレシピを書こうとメモを取りながら支度していたからだろう。
何となくそれをわかっていたフランチェスカとラビーニャは、何も言わず心配もせずに大人しく待っていた。
食事の用意が終わり、料理がテーブルに運ばれる。その数々は、どれも色鮮やかで美味しそうだ。三人は、にぎやかに料理を堪能する。
食事が終わると、フランチェスカはラビーニャにハサミとテープを貸してほしいと頼んだ。
「テープって、これでいいのかな?」
と、自室からハサミとマスキングテープを持ってきたラビーニャ。
「うん、それで大丈夫」
ありがとうと礼を言うと、フランチェスカはそれを受け取った。
「それじゃあ、ぼくは二階にいるから」
そう言うと、ラビーニャはリビングをあとにする。満月が昇る正確な時間と今夜の天気を把握するためだ。
残されたナターシャとフランチェスカも、各々の作業に取りかかった。ナターシャは先ほど記したメモをもとにレシピを書き起こし、フランチェスカは昨日購入した刺しゅう糸を取り出してミサンガを編んでいく。
三人とも友を思いながら作業を進めていった。
ラビーニャは、フランチェスカを無事にもとの世界に帰すために。ナターシャは、自分の料理の味つけをフランチェスカに覚えておいてもらうために。フランチェスカは、もとの世界に戻っても二人と友達でいられるようにと願いを込めて。
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