第7話 警ら隊
男の声にラビーニャは小さく舌打ちをし、ナターシャは顔をしかめる。だが、フランチェスカは、自分達が呼ばれているとは思わず素知らぬ顔をしていた。
「おい! お前らだよ! 止まれって言ってるだろうが!」
いらだちをあらわに、三人の背後にいる男は語気を荒げた。
その声に肩をビクリと震わせて、フランチェスカが立ち止まった。一拍遅れでナターシャとラビーニャも立ち止まる。
駆け寄る足音を耳にして、ラビーニャは深くため息をついて振り返る。彼女に続き、フランチェスカとナターシャも後ろを振り返った。
「やあ、ルヒード。巡回ご苦労さま。どうかしたのかい?」
ラビーニャが何食わぬ顔でたずねると、
「ラビーニャ、あなたが街にいるなんて珍しいな。――じゃなくて! その子は人間だろう? 報告を受けてはいないのだが?」
どういうことなのかと、ルヒードと呼ばれた男はすごい剣幕でまくし立てる。
モスグリーンの軍服を着ている彼の肩越しには、ナターシャ達と同様の白い羽が顔をのぞかせている。どうやら彼も妖精らしい。しかし、ナターシャとラビーニャとはちがい、掟を重んじる性格のようだ。
彼のオリーブ色の瞳に
フランチェスカをかばうように、一歩前に出るナターシャ。今にもルヒードに食ってかかりそうな雰囲気だ。
そんなナターシャを制止して、
「たしかに彼女は人間だ。でも、悪事を働くような柄じゃない」
と、ラビーニャは努めて静かに告げた。
「しかし、人間を見かけた時には、いち早く報告しなければならない。それは、あなたも理解しているはずだろう?」
と、ルヒードはラビーニャを責める。
「ああ、理解しているとも。だが、彼女はただの迷子だ。無害だよ」
だから報告しなかったと、ラビーニャが告げる。
「だとしても、一報くらいはしてもよかったのでは? それに、彼女が本当に迷子なら、我ら警ら隊が保護すべきだ」
と、ルヒード。
たしかに、彼の言い分も一理ある。だが、ラビーニャには、「どんな理由があれ、人間の身柄は警ら隊が拘束する」というふうにしか聞こえなかった。
「保護、ね……。彼女はぼくの友人なんだけど、それでも無理やり保護するつもりなのかな?」
やや低めの声音で問うラビーニャ。穏やかな口調だが、『無理やり』を強調するあたり、彼女が怒っているのは明白だった。
「それは……」
口ごもるルヒード。彼とて、強引に保護するのは本位ではないらしい。
「とにかく! 彼女のことは、ぼくにまかせてくれ。もし、彼女が街で悪事を働いていたら、その時は、保護でも何でもしてくれてかまわないから」
強い口調で告げるラビーニャ。
そんな彼女を、ルヒードは何も言わずに険しい表情で見つめる。
二人が
張り詰めた空気が周囲に流れ出してからどのくらい経ったのだろう、ルヒードは諦めたようにため息をついた。
「……しかたない。その条件で、今回は目をつぶろう。ただし、上には報告させてもらうから、そのつもりで」
そう言って、彼は自分の仕事へと戻っていった。
彼の姿が見えなくなると、
「まったく、あの男に見つかるとはな……」
と、ラビーニャは脱力したようにつぶやいた。
「なにが、『その条件で、今回は目をつぶろう』だ! フランチェスカはそんなことしないっての!」
ナターシャは、プリプリと怒りながら声高に言う。
「ごめん。私のせい……だよね」
フランチェスカが沈んだ声で言うと、ナターシャとラビーニャは同時に彼女に振り向き、それは違うと全力で否定した。
「君のせいじゃない。彼が巡回するルートを把握してなかった、ぼくの責任だ。ごめん」
申し訳なさそうに告げるラビーニャ。
しかし、ナターシャは勢いよく首を横に振り、
「ラビーニャのせいでもない! 全部、あの石頭が悪いんだよ!」
と、断言した。まだ怒りがおさまらないのか、彼女は鼻息を荒くしている。
「そういうことにして、仕切り直しといこうか……って、そんな気分じゃないか」
ごめんと、ラビーニャはフランチェスカの浮かない表情を見てつぶやく。
「あ、ごめん! そうじゃないの。ただ、あの人が言ってた警ら隊が何なのか気になっちゃって……」
慌てて告げるフランチェスカに、ラビーニャは少し安心したような笑みを向けた。
「そういうことか。警ら隊というのは、街の治安を守る仕事をしてる人達のことだよ。君の世界でいうところの、警察と同じ役割さ」
「なるほど。だから、保護するとか言ってたんだ」
と、フランチェスカは納得したように言った。
「ねえねえ。そんなことよりさ、食材買って帰ろうよ」
もうルヒードのことはいいとばかりに、ようやく怒りがおさまったらしいナターシャが提案する。
「そうだね。また、ナターシャに美味しいもの作ってもらおう」
ラビーニャがにこやかに言うと、フランチェスカは満面の笑みで大きくうなずいた。
「よっし! そうと決まれば、食材探しにレッツゴー!」
ナターシャが上機嫌で告げると、三人は商店街へと歩き出した。
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