第6話 血と幕開け

蔵から急いで出る。


今は夕方。マーリンはちょうど晩御飯を食べている。


家の入口を明け、そこからではちょうど姿が見えないマーリンに向けて叫ぶ。


「マーリン!!すぐにこちらに来るんじゃ!!」


「どうしたのじいちゃん」


走ってマーリンはすぐに来た。


っ……わしとしたことが慌ててしまっている。マーリンを怖がらせてはだめじゃ。


「……今から散歩に行かんか?」


「今から?」


マーリンは不思議そうな顔で見つめる。


「ああ、そう……あ──」


空を見上げる。茜色の空。そこには


黒の大きな穴。しかしその中央は黄色く輝いている。

その穴は美しかった。


「神界と、繋がっている──」


「じいちゃん?」


その穴から、


神が降臨した堕ちた


黒い1つの星が流れる。いや、こちらに落ちてくる。


速い。逃げられない。


「マーリン!!」


落ちる星に背を向け、マーリンを強くだく。


マーリンは、わしが守るんじゃ……!!


星が落ちてくるのがわかる。

更に強く抱く。


そして飛来する黒き星は先程より大きく見える。

当たる。確実にフォードの背中に命中するだろう。


ヒュォォォォォォ!!


音を立てて星は向かってくる。


そしてフォードに星は──


当たらなかった。


止まった。空中で。

フォードは振り向く。


それは星などではなかった。


「なっ……」


「ふふふ、そんなすぐに殺しなんてしないわ。だってそれじゃあ──」


美しい女神。


「──


女神は笑う。

フォードはそれがすぐに人ではないとわかった。

気配が違う。人間のそれではない。


「私は好きな物を最後までとっておくタイプなの」


フォードは体をソレに向ける。


「お前は、女神、じゃな……」


「ええ、そうよ。私はカーリー。神を見るのは初めてかしら?」


「っ……。マーリン、逃げるんじゃ。」


「じいちゃん……」


「あらあ?そこの後ろにいるのが混血ちゃんかしらぁ?」


怖がるマーリン。


けれど、


「逃がさないわよ?」


その女神カーリーは獲物を簡単に逃がすような者ではない。


「最初は殺さないようにね」


カーリーは右手を前に突き出し、広げる。

その掌に闇が集まる。黒い闇。

そしてそれは形を作り、

やがて紫の美しい剣となる。妖美な輝き。


「まぁ、あなたみたいな老いぼれは死んでもいいのだけれど」


その剣を振りかざす。


しかしそれはフォードには届かず、彼の手の前で止まる。


フォードは両手をかざす。その手には魔法陣。

空間魔力凍結、全開。


それは壁。見えない壁。王都の城の城壁ほどの硬さを誇るだろう。


「あなたみたいな人、嫌いよ」


カーリーは舌打ちをし、顔を少し歪める。


「わしはこう見えても手強いぞ……カーリー」


更に歪める。手に持つ剣を腰の位置まで持っていき、切っ先を後ろに構える。

そして、


「様をつけなさい!!」


剣を右から左へと薙ぎ払う。

重い一撃。

そのたったの一撃だけで、壁は崩れ、崩壊した。


「なん、じゃとっ……」


衝撃波ショックウェーブで体が後ろへよろめく。


その揺らめく体で見たカーリーの左手。そこには闇が握られていた。


ぶんっ。


カーリーの左手が前に突き出される。

そしてその左手の闇は少しのところでフォードの体には届かなかった。


「ちっ、外したわ」


けれどフォードの心臓部の服は無くなっていた。そしてその奥の皮膚から出る血。


なんじゃ……焼かれた?……いや、無に帰されたか。


カーリーの闇。それは全てを吸い込み、無に帰す。

ただただ吸い込むだけではない。その存在。概念を世界から消す。のだ。

神のみぞ使える神法。その中のカーリー固有オリジナルの術──


「どう?私のオリジナルの[暗術]なのだけれど。感想はかるかしら?」


──ちぃとばかしキツいのぉ。


カーリーは滑らかな動きで桃色の唇に人差し指を当てる。


「ふふふ、言葉も出ないのね。私とアナタの力の差を思い知ったかしら。じゃああっちに行っててもらえる?」


いや、わしはマーリンを守る。例え死んだとしても守りきるんじゃ!


「素晴らしい力じゃのぉ。羨ましいわい。けどな、わしの力も舐めると──」


空気が変わる。


「痛い目見るぞ」


カーリーは少し、驚いた。


「そう、アナタのその度胸だけには敬意を示すわ。けどね、あなたと私じゃ……」


がすっっっ。

音がした。

それと同時に腹に伝わる熱。いや違う、これは痛みだ。


「な、に……」


そこには老いぼれがいた。


「あまり舐めるなよ。わしはこう見えても手強いと言ったろう」


瞬間強化。カーリーに見えぬほどの魔法陣展開の速さ。まさに神速だった。


「ふざ、けるんじゃ、ないわよっ!!」


左手でフォードを薙ぎ払う。けれど感触はない。逃がした。


「後ろじゃよ」


なっ……!


頭を掴まれる。

そしてまたしても伝わる熱。

痛み。


脳内に魔法で炎を出された。

人間ならばこの時点で脳髄が溶けてドロドロになっていただろう。

けれど彼女は人ではない。女神だ。


「これでもだめか……」


「熱いわねぇ!!」


頭の後ろめがけて剣を刺す。


しかし、空気を刺しただけでまたしても感触はない。


「また!?」


フォード既にそこにはいなく、カーリーの前の地面に立っていた。


フォードは地面に掌を付ける。魔法陣が既に展開されていた。


ギャリギャリギャリギャリ!!


氷がカーリーめがけて地面を伝う。


速いっ……

カーリーの脚は氷で地面に縫い付けられた。


伝わる冷たさ。


「こんな氷っ!!すぐに溶かしてやるわ!!」


カーリーは魔法陣を展開し、外部の空間魔力マナだけを使用して炎の息吹を作り出し、氷を溶かす。


「無駄じゃよ。お前ではその氷は溶けん」


溶けなかった。


「どうしてッ!?」


必要以上の魔力を魔法陣に込めると、その作り出される新品魔法に影響する。炎だと激しく。風だと強く。氷だと

魔法で作り出されるモノは、世界に元から存在するものとは違う。理由は簡単。魔法とは神秘だからだ。つまり、作り出されるモノは全て存在する物と似ているだけのモノ。偽物なのだ。

だからその氷に融点などはない。

氷に炎を近づければ溶ける。それは誰もが知っている事実である。それは既に人々に。その人々の事実というは神秘である魔法にも繋がる。

つまり、人々の意思は万物、神秘にも影響を与えるのだ。

だからカーリーはその氷に炎の息吹を与えた。その行動そのものは適当。けれど無意味。

例えどんな事実だろうと、神秘の根源たる魔力には逆らえないから。


フォードが氷の生成の魔法陣に入れた魔力量は普通の100倍ほど。つまり炎がその氷を溶かすにはカーリーの神という神格を加算しても、普通の25倍は必要になるだろう。

けれどカーリーが作った炎の魔力量はただの1倍のものだった。


25対1。


その世界の仕組みを理解わかっていないカーリーには絶対にその氷は溶かせないとフォードは予測できていた。


して、フォードはまたも魔法を展開する。否、


「拘束衝動──」


フォードの右の瞳に十字が刻まれた。


「魔力供給、完了──」


十字が紫に光る。


「──魔眼、開眼!!!!」


魔眼だった。


拘束衝動を秘めた魔眼。其れは万物の運動を封じる。


「な、に、これ……」


体が動かない!?なんなのよこれ!?


カーリーの体は微動だにしなかった。


「魔眼にかかるのは初めてのようじゃな」


余裕は持てない。


神を封じるほどの拘束。それには莫大な量の魔力を消費した。それこそ、フォードの魔力の5割。


これで、最後じゃ……


其れは根源に至りし力グレイズオリジェン──」


詠唱。


万物を統べキュヴェルニシス──」


それはフォードが唯一、


混沌払い正すジャスウェル二ティ──」


詠唱を必要とする魔法。


いでよ黄金の剣スゲインクロウ──」


名を


「クラウ・ソラス──!!」


空は既に暗く星が輝いていた。そこに月の光が集まる。


それは剣。光の剣。


そして形成された光輝く剣は


フォードの手に取られた。


「終わりじゃ、カーリー」


フォードは走り出す。魔力は既にほとんど無くなっている。筋肉に働きかける瞬間強化も魔力が無くなり効果が切れそうだ。


ぐぐぐ。カーリーは動かぬ体で右手を前に出す。ゆっくりと。


「ああああぁぁぁぁぁ!!」


意地で。手を前へ。

そして笑う。


速く、もっと速く走れ!!カーリーが手を前に出していた。

そしてその手からは闇が溢れ出している。

そして全てを喰らい尽くす闇を作り上げた。


なんじゃと……

しかしこんな所で負けてはいられない。ここで押し負けたらマーリンが殺られる。既に魔力はのこっていない。

全てをかけろ。


そして──


「「はァァァァァァァァァァァ!!!!」」


光の剣と闇の壁が交じりあった。

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