第4話 素顔

「魔法使いはお人好しが多くて助かりますわ。お陰でほんの少し先回りして動いただけで、簡単に欲しい物が手に入った。ふふ……魔女慣れしていない方々の、危険よくぼうに対する嗅覚の鈍さは至宝ですわね」


 煙管を手のひらの上で浮かせ、ふうと息を吹きかける。息が掛かった側から金の粒子と化した煙管は、夜風に流されていった。


 ――いい風。


 髪を梳く冷たさに目を細める。軽やかな心地に笑みが浮かんだ。

 魔女見習いだった頃、あたしは毎晩のようにこの風を切って魔法の練習をしていたものだった。あの頃のあたしは、魔法というものに付随する甘美さに悶えたものだった。赤いルージュの似合う魔女達が不可能を指先で弄び、あっさり可能にしてしまう。その光景が、目で捉える媚薬のようだったからだ。


 夜を背にして美女が笑い、思いのままに魔法を操る姿はあまりにも麗しく、官能的で。あたしもそうなりたいと躍起になって、魔女としての力を身につけていった。


 ――若かった。あたしは、自分の望みを見誤っていた。


 欲しいものは手に入れないと気が済まない性分で、その為ならいくらでも貪欲になれた。魔女の魅力に酔わされたあたしが、魔法を使いこなせるようになるまであっという間だった。

 そうして一番心を焦がした理想を掴み取って、ようやく気付いた。思い通りに操れるようになったものは、神秘性のある色気を日ごとに失っていくのだと。


 高嶺の花が幻のような魅力を放つのは、手が届かないものだからだ。触れてはいけない。近付いてはいけない。側に行っては芳しい夢が剥がれ落ち、現実が露呈して冷めるから。

 畏れ敬われる魔女になっていたあたしは、かつて憧れた魔女の、力を持つが故の妖しい芳香をも手に入れていた。目標を失ったあの時の虚しさは忘れない。


 ――永遠にあたしの手からこぼれていくものこそ美しく、よろこびを生かし続けてくれる。


 魔女になる前から今に至るまで、可愛さを求め続けているのはそれが理由だ。

 指先を彩るマニキュアはシュガーピンク。あしらうフリルはケーキのクリームのようにたっぷりと。メイクでまつ毛の先まで彩って、人形のような顔立ちに。街を歩けば誰もがハッと振り向く可憐な少女、アリスはそうして生きている。


 可愛さというものは絶対的な正解がないからこそ面白く、知見が広がる程に無限の魅力を思い知る。あたしは可愛い。だけど足りない。可愛いという概念は決してあたしにすり寄りはしないから、満足なんて得られない。

 だからあたしは、いつまでも安心してゾクゾクしていられる。


「情愛を注ぐ対象が花である薫さんに、良かれと思って紫久璃屋しぐりやなんて物騒なお店を教えてしまう魔法使い。うふふ、本当に素敵な巡り合わせですわ。紅茶と砂糖みたい」


 床に散らばる花茎を踏み潰して店の中央へ向かうと、紫久璃屋しぐりやの店主は苦笑した。


「物騒なんて。人聞きが悪いですね」

「事実でしょう。貴方は魔法道具を扱う善良な商人を装いながら、魔女の差し金で特定の道具を標的に売りつけるじゃありませんの。相手に対して最も有効な振る舞いをして、疑われずに事を成す。誰が聞いても怪しい人ですわ」

「ワタシは悪趣味な思考を好んでおりますので、それを見せて下さる方に協力しているだけです。怪しいところなど、一つもございません」

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