五.仇討

 冬山にて、人の身が耐えうる時間は短いものだ。

 一昼夜動き、戦うとならばなおさらのことである。

 故に人は休むことを知っている。眠ることで体力の回復を図るのだ。

 また食料を得る手段もある。狩猟をする者もいれば魚をとる者もいる。

 薪を取り木を切り倒して小屋を建てる者がいる。

 人の創意工夫は、冬山に勝る。


「ゆえに、身一つで七日、過ごしてくださいまし?」


 その朝スクナは、陽を受け煌めく銀世界を背に、穏やかに微笑んで言ったものだ。


「身一つとは――……」

「比喩じゃあないぞ。着物も、草鞋も、何もなしだ」


 ヒコナが斬りつけるように言った。

 そして気がついたように鼻を鳴らし、ふん、とそっぽを向く。


「……脱ぐなら、向こうで脱げ。姉さんに、粗末なものを見せたくはない」

「あら、まぁ」


 くすりとおどけてみせるスクナ。

 その金色目にもしや軽蔑の色があるのではないか。

 そう思うと。フルクマの顔からは一気に熱気が失せた。

 そんな様子に気づいているのかどうか……。

 うふふっと小さく笑いながらスクナが立ち上がった。

 すうっと片側から二本の腕が伸び、フルクマの背に絡み、抱きすくめられる。

 ヒコナが「ちょっと、姉さん……!」と上擦った声をあげた。

 だが、スクナは構わない。


「大丈夫、フルクマ様なら――きっと、できますよ」


 それは、できなくてもどうでも良いと言うようにも。

 だから、あなたは鬼を殺せるのだと言うようにも。

 耳元をくすぐる柔らかな声は、フルクマにはどちらとも取れるように聞こえた。


(できるできないじゃない……やらねばならぬことだ)


 ただそれだけの決意だけが胸にあったことは確かである。

 だが、フルクマはそれを言葉にすることができなかった。

 フルクマは間近から香る甘やかな匂い、鼻をくすぐる黒髪から漂う――……。

 そう、まさに色香としかいえぬものに、心の臓が早鐘を打つのがわかった。

 柔らかな肉が、彼自身の胸元に押し付けられ、形を歪ませているのがわかる。

 ごくりと生唾をのむ。

 フルクマはどうにか柳のようにしなやかな拘束から抜け出そうと、身を捩った。


「……姉さん、離れて……っ」

「はい、はい。……すみませんね、フルクマ様。

 ヒコナったら、恥ずかしがってしまって」

「姉さん……!」


 だが、それはフルクマの力では叶わなかった。

 ヒコナもまた身を押しやり、それをスクナが受け入れたからこそ叶ったことだ。

 まったく、と。ヒコナが不満たらたらに唇を尖らせ、巫女服の襟元を整える。

 そして彼女はじろりとフルクマをにらみ、言った。


「わかったなら、行け。……もう始まっているぞ」

「……ああ」


 フルクマは頷き、呼吸を整えると、二人に一礼をして歩き出した。

 目指す先には、先達て彼が切り倒した大木の幹がある。

 そこに着物を脱いで、畳んで置くつもりだった。


 フルクマの背を送りながら、異形の姉妹、妹であるヒコナは、ぼそりと呟いた。


「……生き残るかな、姉さん」

「さあ?」


 スクナは微笑んで、言う。


「死んでしまったら、それだけの事でしょう?」


 冷えるから、戻りましょう。

 姉にそう促され、ヒコナは自分の側の足と腕を動かし、踵を返す。

 二心一体の姉妹と、フルクマの足音が遠のき、やがて何も聞こえなくなった。


               ◆


 夜の森というのは静寂そのものの世界であったはずだ。

 少なくとも、ここしばらくフルクマはそれを肌身に感じていたはずである。

 だが今は耳の奥まで響き渡るほどの騒めきに包まれた。

 彼の五感はその全てを否定されている。

 吹雪である。

 世界全てを埋め尽くす白い闇が、フルクマの上に覆い被さっていた。


(これは、異な事だ……)


 この山、森で、姉妹と共に過ごして数ヶ月。

 冬に入り、雪が降ったとはいえ、これほどにまで厳しい土地だとは思えぬ。

 とすれば、あるいはこれもまた幻術なのだろうか。フルクマには判断がつかない。

 判断がつかぬゆえに、フルクマは己にできる事をした。

 鹿を狩り、その皮を足に巻いた。

 雪の下から泥を掘り出し、脂と練って体に塗った。寒さはこれで止し。

 食料になる肉もある。

 雪の中で火を起こす術も、多少のコツはいるが、別に難しくはない。

 住居となる雪洞を掘った。風はこれで凌げる。

 雪洞の中に入り込めば、体力を温存することもできよう。

 七日過ごすのは、その繰り返しだ。


(だが、それだけで済むはずもない)


 修行というからには、何かある――……。

 彼は警戒して、気配を探る。

 しかし何も無い。ただ白銀だけが広がるばかりだ。


(どう出るか)


 考えつつ息を殺していると―-ふっと空気が変わった気がした。

 まるで氷の中に閉じこめられた、ような。自然そのものが牙を剥いた、ような。

 木々や草花は凍りつき、風までも白く色づいているようだ。

 死のような寒々しさ、これは、以前にも――……。


「……鬼」


 フルクマの口から、白い煙と共にその言葉が漏れた。

 それは呪いのように空中に漂い、掻き消える。

 同時に、今まで一切動かなかった口元が微かに動き始めた。

 軋みを上げて動くそれに呼応するように全身の筋肉が強く引き絞られていく。

 次の瞬間フルクマは弾かれたように雪洞から飛び出した。

 銀世界を転げ、鹿を屠った薪雑把を両手で構えた。

 どぉんと轟音が響き、雪洞が打ち崩される。


 そこに、鬼がいた。


 巨大な――異形の男だ。筋骨隆々としていて身の丈八尺2.4mはあるだろう。

 そして額からは一本の長く鋭い、黒々とした角が生えていた。

 鬼だ。鬼だ。鬼。忘れようはずもない。見間違えるわけもない。


(やつこそが……)

(間違いない)

(あれは――……)


 あれは、もう、どれほど前の夜だったろう。

 フルクマの家に、傷ついた男が転げ込んできた。

 男は鬼に襲われたのだと、気でも狂ったのかのように泣きわめいた。

 縮こまり、震えて、それしか口にできない様子だった。


 父は笑った。おおかた、野盗であろうから、明日にでも役人を呼んで来よう。

 母は微笑んだ。とにかく朝までは家でおやすみなさい、ここは安全ですからと。

 妹は、きりっとした表情で言った。手当をしてさしあげますと。

 フルクマは――自分は――……どうしただろうか。

 父の隣で、木剣を構えていたか。

 野盗が後を追いかけてきたら迎え撃とうとでも思ったのか。

 それとも明日、役人へ報せに行く父の供をしようとでも思ったのか。


 すべては無駄に終わった。


 鬼がきた。

 鬼がきて、男は頭から喰われて、死んだ。

 父は拳の一打ちで赤黒いものを部屋中に撒き散らして死んだ。

 母は、鬼の体躯に伸し掛かられ、ぎし、ぎしと揺さぶられるうちに潰れた。

 妹は泣き叫んでいた。自分は、自分は――……。



 吹雪の中で、にたりと、鬼が赤い口を開いて、嘲った。


「さしもの俺も、追っつかなかったぜ。

 こんな、山ン中まで逃げるとは思わなかったからなァ」


 巨大な角を持った異形の化け物が迫ってくる。

 鬼は追ってきたのだ。自分を。あの男のように。姉妹のもとまで。

 己の失態だ。これは。

 フルクマは、死ぬかもしれないと、思った。

 頭の中で、声が騒ぐ。

 逃げろ、走れ、振り返らずひたすら前だけ見て走るのだ。

 そうすれば助かるはずだ。しかし、体は動かない。

 恐怖心に支配されてしまった――――否。


「………………」


 棒を握る手から、みしみしと音が立つ。

 雪を踏み抜き地についた足が、ぎりぎりと軋む。

 食いしばった歯が、と、砕けた。


「お、おおおおお……ッ!」


 フルクマは吠え、跳んだ。

 鬼、目掛けて。渾身の力で。

 そして、一太刀。


「グウゥォオオアァアッ!?」

 悲鳴が上がる。

 腕を打たれた鬼の顔に浮かぶ苦痛の色を見て、一瞬フルクマは笑った。


 ――棒きれで、鬼が痛がる?


(ざまあ、ない)


 フルクマはみしみしと骨を軋ませながら、大きく空中でその身を捻らせた。

 弾けた独楽のように、体が渦を巻く。振るわれる棒。狙うのは鬼の首。だが。


「ギィウッ!?」

「ち……ッ!」


 薪は鬼の首を打ち据えた途端、粉微塵に砕けてしまった。

 フルクマは虚空を蹴るようにして蜻蛉を切り、雪面に着地する。息を吐く。


「小僧ゥ――……!!」


 怒りに目を燃やした鬼が、来る。


(そうだ)


 戦え。殺せ。ただ鬼を殺すことのみを考えよ。それがお前のつとめだ。


(ああ)


 フルクマは再び跳躍しようとした。だが、それは叶わなかった。

 全身を貫く激烈な痛みによって。喉から血が込み上げた。口から、溢れる。


「死ィねえええ……!!」

「ぎ、う……ッ!!」


 鬼の拳が迫る。フルクマは、後方へ身を送る。

 顎先を、じっと音を立てて大木のような腕がかすめた。脳が揺れる。

 暗黒。

 闇の中に。金色の瞳。四つ。煌めいて。フルクマを見つめていた。


「あ、ぁあ……ッ!!」


 フルクマは吠えた。

 渾身の力、波のように砕けて降り注ぐ雪の中、転げるようにして受け身を取った。

 咳き込み、口の中の血を吐き捨てる。


(俺は、馬鹿だ……!)


 今まであの姉妹から何を教わってきたというのだ。

 鬼を殺す。そんな考えは捨てろと、言われたではないか。


『人は簡単に死ぬからな』

『死んでしまったならそこまでですねー』


(故に、まず生き延びる事だけを考えろ……!)


 フルクマは、鬼を睨みつけ、ゆっくりと身を起こした。


「……ふっ……」


 小さく笑う。鬼を見る。恐怖はないのか。ないとも。

 震えている。それは膝も手も情けないほどガタついているからだ。

 それでも、立ち上がれるのは何故か。


(この程度では、死なない)


 あの姉妹が、散々にこの身を打ちのめし、骨身に叩き込んでくれた。

 まだ死なない。まだ戦える。まだ、生きている。


「この俺様の顔面に、ボウッ切れを叩き込んでくれるたァ……舐めやがって……!」

「……ふぅー……」


 呼吸を整える。鬼を睨む。


「てめえをぶっ潰したら、次は――


 鬼は鼻をひくつかして、にたりと笑った。


「てめえに染み付いてる、女をやってやる。

 一人か? 二人か? まあ、どっちでも構わねえな。

 両手足へし折った、てめえの目の前で、頂いてやるわ!」


 母のように。妹の時は逃げちまったからな。

 此方を嘲る言葉も、フルクマには届かなかった。


「どうかな」

「ああ?」

「あの娘らは、俺よりも強いぞ」

「ぬかせぇい!!」


 鬼の拳が、振るわれる。フルクマは、跳んだ。


               ◆


 スクナは、と顔を上げた。

 遠くから、何かが来る。

 スクナはその方向へ視線を向けた。

 遥か彼方の地平線の彼方。社の壁と、雪と、森の向こう。

 だが、夜空の向こう側まで見通せる彼女に、距離などあって無いようなものだ。


(今の気配は――……)


 明らかに人間のものではなかった。

 人間にしてはあまりに大きく重すぎる存在感を放って、此方へ来る。


「……姉さん?」


 ヒコナの言葉にも応じず、じっと壁を見つめ続ける。

 その姉の姿を見ているうちに、妹も胸騒ぎを覚え始めた時だった。


「……来ますねー」


 その一言だけで、ヒコナはそれが誰なのかを理解してしまった。

 あの男がまた来たのだ。そしてその男は――……。


「……楽しかった、んですけどね」


 少しだけ。そう言って、スクナは自分の側の手足に力を入れた。

 応じて、ヒコナもまた手足を動かす。

 姉妹は立ち上がった。


「でも、これでおしまいです。おしまい」

「面倒くさい事が終わって、清々する」

「私はちょっと残念ですね」

「……」

「まだまだやりたかったことがいっぱいあったのですけれど。

 ……まぁ仕方ありませんか」


 スクナは相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。

 それがヒコナには悲しくなるほどに悔しかった。

 姉の手が伸びて、襷と鉢巻を袂から取り出す。

 ヒコナは襷を受け取って、四つの袖を縛りにかかった。

 ふと、柔らかい指の感触が、ヒコナの髪に触れた。

 ヒコナは目をまたたかせ、わずかに身を捩る。


「なんだよ、姉さん。……くすぐったいよ」

「ふふ、ごめんなさいね。触っていたくて……」

「……私も、撫でて良いか?」

「はい、どうぞ?」

「うん……」


 ヒコナはそうっと、姉の髪に手を伸ばし、触れた。

 生まれた時から今この瞬間まで、片時も離れなかった大事な姉。

 きっと最後の時まで、ずっと傍にいてくれる、大事なひと。

 姉妹はしばし顔を寄せ合い、頬を擦り寄せ、抱擁を交わした。

 ずっと感じる温もりが、抱きしめてもそれ以上に増えない事だけが、残念だった。


               ◆


 ドッと雪が爆発四散する。

 フルクマは幾度目かになる跳躍を、全身を引き裂く痛みに耐えながら行った。

 鬼の一撃を、避ける。


「ええい、ちょこまかと! あの晩から相変わらず、逃げ足だけは早い奴だ……!」

(だが、生きている――……!)


 呼吸を整える。鬼を睨む。

 あの晩と変わらず徒手空拳、寸鉄すら帯びない身で鬼と相対している。

 だが、その差は歴然としていた。

 あの夜は、ただ逃げただけだ。

 今は、違う。

 鬼を殺す。鬼を殺すために、生き延びている。鬼の隙を探っている。


(探った、として――……)


 どう殺すか。フルグマは白い呼気を吐きながら、頭を動かした。


「だがよォ、俺に勝てねえってのはわかってんだろォ? 諦めたらどうだァ?」

(いや――……武器は、ある)


 フルクマは無言のまま、大太刀を抜き放つかの構えを取りつつ疾走を開始した。

 鬼に向かってまっすぐ、左右に揺れ、稲妻走りすることで距離を詰める。

 鬼の拳を、紙一重でかわす。


「ギ、アッ!?」


 悲鳴が、上がった。

 鬼の手に、折れ砕けた棒きれの断片が、深々と突き刺さっていた。

 フルクマの手に残った、あの棒の断片だった。

 すれ違いざま、フルクマが鬼の拳に鋭く突き込んだのだ。

 全力を出した鬼の力なら、鬼の肉体とても壊せる。人でさえ、そうなのだから。


「てめえ、この……小僧……ッ!!」

(まずは、よし)


 フルクマは己の考えが正しい事を確信しながら、再度間合いに飛び込む。

 鬼が拳を振り回すのに合わせ、棒の断片を繰り出す。また、悲鳴が上がった。


「ギヤアアッ!?」

(あの姉妹より――……)


 鬼の動きは遅くはない。巨大だ。

 筋肉の塊は、それだけで速度につながる。

 だが……。


(……見える)


 巨体ゆえの、予備動作がある。二心一体のあの姉妹の、変幻さが無い。

 拳を振り上げ、下ろす。足を振り上げ、下ろす。その動きが、見える。

 フルクマのやるべき事は、合わせて武器――と呼ぶには頼りない――を繰り出す。

 ただ、それだけであった。


「……ッ、く……」


 それだけ。だが。

 繰り返し、繰り返し、鬼の一撃を、人の全力で持って受け止める事。

 それが、ただ『それだけ』で済むはずもない。

 フルクマは、胃の腑からこみ上げるものを飲み下す。苦い、鉄の味がした。

 喉の奥まで逆流してきたものが、堪えきれず口元から溢れた。

 びちゃりと音を立てて落ちる。

 雪の白さに、どす黒い血の色はよく映えた。


「ハハッ! なんだァ!? もう終わりかァ!?」

(……ああ)


 嘲笑する鬼の、首元。そこに、一筋の線が、すっと見えた。

 斬れる、と思った。

 武器が――刀が、あれば――……。


「フルクマ様!!」

「フルクマ!!」


 その時だった。

 ごうごうと吹雪く風の中を、瀟と鈴のような声がすり抜けて、届いた。

 スクナの声だった。ヒコナのものでもあった。

 二人の声はは双子故、同じ響きを持っている。

 喉は違えど、肺が同じなせいだろうか。それとも肺も同じなのか。

 だからどちらなのかわからない時がある。

 だが、この時ばかりはその違いがよくわかった。


「……スクナ殿、ヒコナ殿」

「これを!」

「使え……!」


 吹雪の中、何かが投じられたのが、わかった。腕を伸ばす。掴み取る。

 それは、刀であった。

 あの大太刀。転げながら、ただそれだけを持ち出した。父の。

 手に馴染む重さを感じる。

 同時に、全身の血潮が激しく脈打ったような気がして――……。

 それが錯覚だと気づいた時には、既にフルクマは身体を動かしていた。

 踏み込みながら腰を落とし、柄を握る両手に力を入れた瞬間には刃を抜いている。

 狙う先は正面に立つ大男の首一つのみ。渾身の一閃を放つべく力を溜める。

 ぎりぎりと、体を引き絞る。鬼が、目を見開いていた。


「ス、宿儺……!? ナラカ様の――……!」


 フルクマは地を蹴って、跳んだ。

 風を切る音が耳を打つ。

 視界に広がる世界全てがゆっくりと動いているようだった。

 吹きすさぶ雪も、流れる空気さえも止まっている。

 その中で自分だけが加速していく感覚。

 そして振り下ろした切っ先が肉を切り裂き、硬い手応えを感じた。

 次の刹那には、フルクマは雪の中に降り立つ自分を見出している。

 見上げる。鬼の巨体。

 首は、無い。

 どす黒い血が、吹き上がった。


「ア……? ……あぁ……」


 鬼の目が大きく開かれる。

 信じられないものを見たような表情を浮かべたまま、鬼の顔が雪の上に落ちた。

 ぼん、ぼん、と鞠のように弾み、姉妹の足元へと転がっていく。

 その瞳が、宿儺を見た。


「も、申し訳、ありません……! まさか、まさか、この山が――……」

「だったら」

「何だというのですか」


 姉妹はそれ以上、鬼に何かを言わせようとはしなかった。

 左右から挟むようにして振るわれた二本の太刀が、その首を微塵に切り刻んだ。

 赤黒い血肉が雪に混ざって吹き抜ける。

 その頃には、胴もまた、と大きな音を立てて落ちていた。

 姉妹の手に太刀は無い。

 何処から揮われて、何処へ消えたのか、フルクマには見えなかった。

 だが、見えなくともフルクマには関係なかった。

 鬼の死に様を見て、フルクマは大きく肩を落とした後、息を吐いた。


「ああ……終わったか……」


 そう呟いて、その場に崩れるようにして、座り込む。

 終わった。終わったのだ。これで。

 鬼を殺したという実感は、あった。

 だが、家族の仇を討てたという実感は、何もなかった。

 自分が何かをやったのだとは、まるで思えなかった。

 泣き叫びたかった。天を見上げて声を上げたかった。

 だが、彼にはもう何も残っていなかった。ただ座り込み、雪を握りしめた。

 それだけだった。

 スクナは、ただそれを黙って、じいっと見つめていた。

 金色の瞳は、妙に冷たい光を孕む。

 それを見たヒコナは小さく息をついた。

 そして、自分の傍らにいる姉の顔色を窺いながら口を開いた。


「それで、これからのことだが―――」


 その時だった。

 不意に吹雪を切り裂いて月が輝き、辺り一帯が闇に包まれたのは。

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