四.修行

 百足――幻覚だが――を討つ試験を経て、フルクマは姉妹の庵へと案内された。


 そして水桶と手拭いを、四本の腕で差し出された。

 ひとまずフルクマは顔と頬を拭い、泥を落とす。

 あれほどの戦いを繰り広げたというのに、フルクマには一切の傷も残っていない。

 とすれば、自分はただ洞窟の中で転げ回っていただけなのだろうか。


 ひとまず着座して身を正したフルクマの前に、姉妹が優雅な姿勢で正座する。

 フルクマは、彼女たちの姿を見る度に、心の臓がどきりと跳ねる感覚に戸惑った。

 ただでさえ美しい少女二人たちを間近に見詰めているのだ。

 その細い肩からは四本の腕がすらりと伸び、白い喉と頭も、二つある。


 しかし、それが何だというのだろう。


 色香、魔性、妖しげな……花のような美しさは、損なわれない。

 むしろその異形があるからこそ、際立っている。

 また二人分の存在感がありながら、一人を相手にしているようでもあり……。

 フルクマは、はたして姉妹どちらの顔を見れば良いかわからなかった。

 したがって言葉も発せられず、彼女らに対して受け身に廻るより無い。


「まぁそう緊張せずともよろしいですわよ? あなたは既に合格していますもの」


 くすり、微笑むスクナの姿もまた可憐そのものだが……、

 それがふと仕草に同時に姉妹二人の姿が重なり合い、一つになって見える。

 フルクマの困惑は、続くままだ。


(……この娘らは本当に人間なのか? それともまさしく宿儺、そのものか……)


 それほどに二人は美しく魅力的であり、異様でもあった。

 だからこそ、奇妙にも正反対の事さえもが思い浮かぶのだ。

 自らを宿儺と認めた、この娘らの言うことはどこまで本当なのだろうか――と。

 あやかしの言葉に、信ずるに足るものがあるのだろうか。

 一方その異様と、幻術、体術、そのどれもが真実である事を思い知っている。

 なにより――……。


(……鬼)


 鬼が実在することを、フルクマは知っている。

 であれば、相手が宿儺であろうが、なかろうが、関係は無い。


「では、鬼を殺す術を授けてくれる……稽古をつけてくれるという事で、宜しいか」

「面倒だがな」


 ヒコナがぶっきらぼうに呟き、すぐに「こら」とたしなめられ、鼻を鳴らした。

 面倒だが。つまり、面倒だが稽古をつけてくれるという事で、良いのだろう。


「それではまず基礎体力をつけて頂くところから始めましょうか……」

「体力とな?」


 フルクマの問いに、スクナは微笑みを一切崩さぬままに頷いた。


「百足一匹を仕留めるのに疲弊していては、お話になりませんもの」


 まさに、その通りであった。

 それから朝起きて夜寝るまで、フルクマは一日中、山の中を走り回るはめになる。

 そしてそれは、筆舌に尽くしがたいほどに、過酷なものであった。


                ◆


 まず第一に、彼女たちはその身を以て『鬼とはどういうモノであるか』を教えた。


 鬼とは何か――人を喰らう怪物である。

 鬼と戦うならば、まずは相手を殺すとかいう思考を捨てなければならない。

 鬼とは、ただ殺せば死ぬような生物ではないのだから。

 故に殺す方法を知るよりも先に、生き延びる方法を学ばねばならないのだ。

 そう、姉妹は言った。


「人は簡単に死ぬからな」

「死んでしまったならそこまでですねー」


 ……などと言いながら、笑顔で他人を散々に打ちのめし谷底に蹴落とせる

 それが他にいれば、会ってみたいものだとフルクマは思う。


 彼女たちはフルクマを相手取るのに、武器を持たなかった。

 フルクマは先も用いた鉄棒を与えられたが、いくら振っても姉妹に掠りもしない。

 ただただ一方的に打ちのめされるだけに終わった。

 それが何度も続いた。朝から晩まで、毎日。

 それでも何とか立ち上がるようになったのはいつからだっただろうか?

 鉄棒を攻撃ではなく、防御の為に用いる事に気づいたからのように思う。


「無論、鬼の攻撃なぞ防いだところで一撃で潰されてしまいますけれども――……」

「――運良く一撃を凌げば、次に繋がる。だから、まずは生き延びる事を考えろ」


 そうした稽古の中でフルクマが学んだのは、姉妹の違いだった。

 穏やかそうに笑うスクナは徹底的に丁寧に此方を痛めつけてくる。

 面倒くさそうなヒコナは一撃で此方の意識を刈り取ろうとする、という事だった。

 しかし二人とも容赦が無いわけではない。

 少なくとも翌日の稽古に差し支えるほどの重たい傷を受けることは無かった。

 手加減しているのかと、一度問うた。


『どうせお前はすぐに立ち上がってくるからな』

『何度倒れても向かって来られると手間なので、早めに気絶して欲しいのですけど』


 等と、姉妹は言う。


(だが――……!)


 そんな日々の中で、フルクマが二人に食いついていったのも、また事実であった。

 フルクマには戦う理由があるのだ。

 その為に必要な事は、なんでもやる覚悟があった。

 痛みが何だ。


(鬼を、殺す……!!)


 この程度、鬼に喰い殺される苦痛に比べたら、どれほど軽いものだろう。

 比べるのさえおこがましいと、フルクマは思った。


               ◆


 第二にフルクマが教わったのは、己の限界を超えるという技術であった。


 限界を超えた動きというのは、すなわち常識の外にあるものだ。

 常識の外とは、人の理の外側。それを身につければ、鬼と対等になりうるという。


「鬼というのは尋常な存在ではない」

「つまり、尋常でない存在にならなければ、同じ土俵にすら上がれないのですよ」


 スクナはそう言って、自身の側にある腕で、彼女自身の体をそうっと撫でた。

 ヒコナはそれを見て、ふてくされたように頬をふくらませる。


 言葉を理解するよりも前に、フルクマに課せられたのは、奇妙な鍛錬であった。

 姉妹はフルクマを、社の外に広がる深き森の中へと誘い、木の下で立ち止まる。

 気づけば、秋になっていた。

 足元には木の葉が散らばり、黒々とした硬い木の実が幾つも落ちている。


「体というものは基本的に、自らに枷をはめているのですが―……」

「……?」

「たとえばここに、一つの木の実がありまして――これをこうして、こうします」


 スクナは拾い上げた木の実を、そっと掌で包み込み、と握り潰した。

 いや、木の実だけではない。

 飛び散り滴り落ちる赤黒い汁や果肉、白い種。

 それは、彼女自身の血肉であり、骨であった。


「な……!」

「このように力を込めすぎると、自分の骨や肉まで一緒に砕けてしまうわけですね」


 思わず瞠目したフルクマ。

 その前で、スクナは穏やかな表情を崩さず、にこにことしている。

 ――が、ヒコナの表情は対照的に、不機嫌極まりない。


「おい、姉さん」

「……ふふっ、ごめんなさいね。でも、これが一番わかりやすいでしょう?」

「無駄に見せびらかすものじゃあないだろう」

「平気よ、すぐに治るもの。ほら」


 と言って彼女がもう一本の手で、ぐしゃぐしゃに潰れた掌を撫でると――……。

 ああ、まさに、その通りの事が起こった。

 見る間に肉が膨れて、骨が繋がり、皮が生えて……。

 ただ血で汚れただけの、白い掌が再び蘇ってきたのだ。


「ね?」

「――――……」


 それを見て、フルクマに何が言えただろう。

 言葉を失った彼に一切構うことなく、スクナは春風のように、ただ言葉を重ねる。


「これくらいの力は出せるものです。が、最初からは無理ですから。

 まずはもっと柔らかく優しく、力み過ぎない程度で……あら、あらっ?」


 と、その半身が不意につんのめるようにして引きずられた。

 いや、ヒコナの側が強引に足を動かし、向きを変えたのだ。


「おい」とヒコナはフルクマをじろりと睨んで、言った。


「あたしは姉さんの面倒を見る。お前は好きにやっていろ」

「あ、ああ……」

「ちょっと、ヒコナ? まだお話の途中――……」

「五月蝿い、黙れ」


 そうして姉妹は社の奥へ立ち去り、フルクマだけが取り残された。

 フルクマは足元の木の実を取り上げ、握りしめる。ひどく、硬い。


「これを、握り潰せ、か……」


 そうしなくては鬼とも――そして姉妹とも、同じ土俵には立てない。

 フルクマは、ぐっと歯を食いしばり、鍛錬に挑んだ。

 だが、この鍛錬もまた、フルクマの予想以上に過酷であった。

 まず全身全霊をもって拳を握るだけで、意識を失いそうになるほど辛くなる。

 そういう事があるのだと、フルクマは初めて知った。

 朝から晩まで、ただ木の実を握る。握りしめる。

 それ以外に一切の余力を残さぬよう、それをひたすらにやれ。

 そう、ヒコナはぶっきらぼうに言った。


 山にこもってから数日か、数週間か。

 過ごしているうちにわかったのだが、ヒコナはどうも気が短いらしい。

 いつも言葉は荒っぽく、斬りつけるよう。

 そしてその鋭さを持って常に必要なことを、十分なだけ、フルクマに伝えるのだ。


 一方姉のスクナ――常に微笑を絶やさず、どこか掴めない雰囲気があった。

 穏やかで、柔らかいのは変わらない。それ以外の側面を決して見せない。

 言葉も教え諭すようなものだが、それ以上の期待が一切感じられない。

 ただ一度。


「こう握るのですよ」


 と手を重ねられた時、フルクマはスクナの違う顔を見たように思った。

 フルクマが掌の柔らかさに驚いていると、スクナはふふっと嬉しそうに笑った。

 そして、こう言ったのだ。


「私達はこう見えても双子なんですよ?」


 フルクマは、何も言えなかった。

 ヒコナは「見ればわかるだろう」と言っていた。

 確かに、そうだ。しかし――……。


(宿儺とは、何なのだろうか。)


 そんな疑問を、フルクマは鍛錬の最中、ふと覚えた。

 そしてそれを振り払い、木の実へ意識を集中させる。

 今は他に考える事はないはずだからだ。


 修行の内容は単純だ。山の中で日のある間中ずっと木の実を掴み続けるだけだ。

 ただしそれは想像していたよりも遥かに辛く苦しいものであった。

 十日間かけて一つの実を砕くことが出来たら上出来である。

 出来ない時はさらに三日から五日の期間を費やし、やっと木の実が砕ける。


 そしてフルクマが七日で実を割れるようになると、立ち会いの稽古が再開された。

 二人の教え方は乱暴そのものと言ってよかった。前にも増して、だ。

 まるで限界を見定めるように振るわれる打撃の数々は、もはや拷問にも等しい。

 しかもそれら全てが致命傷にならないぎりぎりの力加減なのだ。

 つまり死ぬような傷ではないと同時に、死にたくなるような痛みなのだ。


「限界を超えろ」とヒコナは言う。

「まだまだ限界ではありませんね?」とスクナは笑う。


 姉妹に打ちのめされるか、木の実を握りしめるか。

 ただそれだけしか無い日々が、どれほど続いただろうか。

 フルクマがやっと一握りで実を砕けるようになる頃には、冬が訪れていた。


               ◆


 第三の修行では、ヒコナが手本を見せてくれた。


 雪の舞い散る中、ヒコナの前に、一本の木がある。

 ヒコナはその前に正座し目を閉じて両手を合わせていた。

 すぐ横ではスクナが、相変わらずの微笑を浮かべている。

 ややあって、ヒコナは傍らに置かれた小太刀を手に取り、静かに立ち上がった。

 雪のせいだろうか、彼女の足音は一切しなかった。

 ヒコナはゆっくりと、だが確実に距離を詰めていく。

 やがて大木を目の前に迫ったところで――ぴたりとその動きを止める。

 そこでようやくヒコナは目を開き、正面の木を見る。

 ヒコナは無表情のまま、フルクマに向けて口を開いた。


「あたしはお前とは違う。だから、お前がこれをできるのかどうかは、知らない」


 フルクマに対して、最初に言われたのはそれだった。


「何故これができるのかはわからん。息を吸って吐くのと同じようなものだ」


 彼女は切っ先をわずかに揺らすこともなく、常通り刃のような言葉を投げた。


「このやり方しか知らんし、教え方も知らん。やってみせるから、後は自分でやれ」


 フルクマは神妙な面持ちで頷いた。

 ヒコナが「ふ」と息を漏らした。笑ったようだった。

 彼女が微笑むのを、フルクマは大百足の時以来、初めて見たように思った。


「――――イ、ヤッ!!」


 そしてヒコナは、その小刀を横一閃、目にも留まらぬ速度で振り抜いた。

 一瞬の空白、そして―――……。


「……こうだ」


 ずん、と。

 大きな音を轟かせて、木が真横に滑るようにして崩れ、斬り倒された。


「やってみろ」


 ぽんと小刀を投げ渡された。

 フルクマはそれを握りしめて、近くの木へと向かい合った。

 吐く息は白く、寒さは肺にまで突き刺さる。

 明らかに刃よりも幹は太く、木は大きい。

 だが――……。


(できたのだ)


 ヒコナはやってみせると言って、やってのけた。

 であれば、無理だ、できないだ、そんな言い訳は端から存在しない。

 やる。ただそれだけだ。

 フルクマは大きく深呼吸をして心を落ち着ける。

 先程のヒコナと同じように精神統一を行い、全身全霊をもって木に相対する。


「や、ああッ!!」


 そして――どれほどの時間がたったか。


 フルクマは大の字になって地面に倒れ込んでいた。

 見上げた空は黒く、ただ雪だけが白い。

 指先は凍り付いたかのように冷たく痺れて感覚がない。

 身体は熱を帯びているが、骨まで寒く、臓腑が冷えていた。

 そして傍らには、小刀が落ちている。


「ええい……」


 斬れない。

 それはひとえに、自身の未熟が故だった。ヒコナにはできたのだから。

 だから誰に当たり散らすでもなく、フルクマはただ、己の未熟を噛み締める。

 それが一番辛いことだった。

 だが――……。


(それを認められないうちは何も成せん……!)


 自分は弱いのだ。そんなことは最初からわかっている。

 同時に思うのは『それでも』ということであった。

 そして『ならばどうすればいい?』という問いである。


「なんだ、まだ斬れないか」


 不意に、声が聞こえた。

 のろのろと立ち上がろうとし、つんのめり、顔だけを上げる。

 ――そこに、姉妹一体の影が、ある。

 いや――……。


「……ヒコナ殿、だけか?」

「ああ」


 頷くヒコナの顔の横では、目を瞑ったスクナの顔。

 彼女は、うとうとと船を漕ぐように頭を揺らしていた。

 見ればヒコナの手は杖を握り、半身――スクナ側は、ぐたりと脱力している。


「姉さんが様子を見に行けと言っていた。……面倒だが、仕方がない」

「いや……」


 フルクマは首を横に振り、どうにかこうにか、立ち上がっていった。


「スクナ殿にも、ヒコナ殿にも、悪い。迷惑をかけて、すまんな」

「別に、無理を言っているのはあたしの方だ」


 ヒコナはじいっと、フルクマの様子を見つめた。

 冷たい目が、フルクマの、血豆の潰れて赤黒く腫れた掌と、青ざめた唇をなぞる。


「死なない程度にやれよ。死なれると、獣がやってきて――……」

「――面倒だからな。死なんとも」


 ふん、と。ヒコナは鼻を鳴らして、そっぽを向いた。


「帰る」

「ああ」


 ず、ず、と。姉の体を引きずるヒコナの足音が遠ざかる。

 それを見送って、フルクマは呼吸を整え、取り落した小刀を拾い、握りしめた。


(あの二人は――……)


 フルクマには理解できない強さを持っている。

 おそらくあれらは天性のものだ。

 自分のような凡人が真似したところで、どうにもなるまい。

 しかしだからこそ、学べることがあるはずだと思った。

 自分の足りないものを補えるかもしれないと考えた。

 そうでなければきっと自分は――……


(鬼を殺すことなど、できやしないのだ……!)


 フルクマは裂帛の気合とともに、大木目掛けて小刀を一閃させた。

 ぶうんっという音と共に刃先が幹へと食い込み……。

 そしてそのまま、止まってしまった。

 ぎゅっと歯噛みする。柄を握る手が汗ばんだ。

 ――どうしてもうまくいかない。それが無性に悔しかった。


 ふーッ、ふう――…………。


 深く息をするたびに、凍えた空気が頭を冷やしていく。


(ただ闇雲に、何も考えずに刃を揮ってはダメだ)


 ヒコナは、必要なことしか言わない娘だ。

 つまり、あれだけの説明があれば、自分にもできると考えているのだろう。

 ならば――……。


 ――ふと、フルクマの脳裏に、百足との戦いが過ぎった。


(幾度も打ち込む。あるいは……)


 弱いところを、斬る。

 フルクマは改めて、じ、と大木を睨みつけた。

 刃の通る線、筋、斬るべき軌跡が――ある、はずだ。

 見ろ。よく観察しろ。感じ取れ。


 すううぅゥ―――……。


 意識して長くゆっくりと吐く深呼吸の音だけが響く。

 静寂の中、ぴん、という張り詰めた気配が満ちていく感覚があった。

 それは研いだ刃物のように鋭利でありながら。

 柔らかい春の日差しのように穏やかなものだ。

 フルクマは、その線を見た。大木の幹に一筋走る、か細くも確かな、その線を。

 それを断ち切ることだけを考えて腕を振るえばいい。

 あとはそれをなぞればいいだけ。何も、難しいことはない――はずだが。


 か、ん……っ!


 小刀は、木肌を傷つけただけで終わってしまった。


(いや……!)


 刃が食い込みすらしなかった、先程とは違う。

 フルクマは躊躇なく、もう一度繰り返す。

 今度は先ほどよりももっと集中しながら、じっくりとその線を観察する。

 どこへ力を加えればよいのか考える。どこを断ち切ればよいのか、見極める。


「き、えええええいッ!!」


 裂帛の気合と共に、大木が倒れ、雪が落ちた。


               ◆


「なぜ、俺を鍛えてくれるのだ?」


 修行が始まってから、どれほどであろうか。食事の席で、ふと、言葉が漏れた。

 フルクマにはそれが朝餉なのか夕餉なのか、さだかではない。

 それほどに、疲労困憊していた。

 だからこそ、そんな、普段なら決して漏らさぬ言葉が溢れたのだろう。

 ヒコナが遠ざけた煮転がしの椀から、スクナが野菜を摘んでヒコナの口へ運ぶ。

 その動きが、はたと止まった。


「なぜ?」

「お前が教えてくれと言ったのではないか」


 スクナは緩やかに首を傾げ、ヒコナは不満でもあるのかと此方を睨む。

 彼女たちは二対四本の腕で、優雅に食事を取る。

 片側の腕は、片側の姉妹のものであろうに。

 箸と椀を持つ手の動きが、まるで乱れない。

 流れるように椀を、箸を動かし、互いの口に運ぶ――、

 いや、姉が妹に食べさせているのか。

 一同体。

 まさしくだが、それを此処まで体現できる者は、この世に他にいないだろう。

 そのいつまでも見飽きぬ洗練された食事の手を止めさせ、フルクマは言った。


「そうだ。だが、俺と二人」


 そう、二人だ。宿儺である姉妹は、一人ではない。


「二人は、縁もゆかりもない。訪ねてきた所で、追い返せばよかった」


 だのに、なぜ。

 フルクマに問われ、姉妹は顔を見合わせた。少し思案し、スクナは答える。


「理由など特にありません」


 フルクマは、ぼんやりとスクナを見た。


「私は私のやりたいようにやるのです。そこに貴方の意思は関係ありませぬゆえ」

「同じく」


 スクナの言葉を継ぐようにして、妹のヒコナが続く。

 二人の表情に浮かぶ色は嫌悪に近いものだったが、どこか嬉しそうでもあった。

 それがフルクマには、奇妙だった。


「やりたいように、とは?」


 問う声音に含まれたのは、疑念であったろうか。

 あるいは、好奇心であったのやもしれぬ。


「そのままの意味ですよ」


 スクナは穏やかに、そうっと手元の椀から汁をすする。わずかに吐息を漏らした。

 その姉に変わって、ヒコナが変わらず、斬りつけるような口ぶりで言う。


「私たちは私たちの都合でしか行動しないってことだ」

「そしてそれは常に私たち自身の意思ですから。

 貴方の意向を問う必要はないと考えました」


(傲慢な――……)


 人を人とも思わぬ口ぶりだが、姉妹が口にすると、それが自然なように思えた。

 彼女らは、そう在るものなのだ。人とは、違う。


(人とは違う)


 本当にそうなのか。

 そうであれば、彼女たちは何なのか。

 双面四臂。尋常ではない。

 人ではない。では――……鬼か? あるいは……。


(宿儺……)


 宿儺とは、何なのか。それを問う勇気は、フルクマにはなかった。

 踏み込ませない一線が、姉妹と己との間にあるように思えた。

 かわりに、フルクマは尋ねた。


「……では、その都合とは?」

「鬼を殺す」


 姉妹の口が重なり、同じ音を発した。


「それで十分」

「ではないのか」

「フルクマ様?」

「フルクマ?」


 フルクマは、無言のままに膳を取った。

 年が開けたことを知ったのは、翌朝、餅を出されたためだった。

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