第2-2話

 朝になっても兄は帰ってこない。私は心配して兄が働いている仕事場に向かった。


 門番の話では兄はすでに帰ったという。兄をよく知る同僚たちも同じことを言っていた。


「彼が失踪するなんて…考えられない」

「俺達も探すよ。君の兄にはいつも世話になっているからな」

「先輩の好だ。それに彼がいなければ俺達の仕事も2倍になっちまう」


 彼らはとても良い人たちだった。仕事で疲れているにも関わらず手分けして兄を探してくれるのだという。彼らに感謝して、一緒に探してもらった。


 兄が帰ってきたのはそれから数日後のことだった。兄は人が変わったかのように同僚たちに目もくれず言葉を返さなくなった。家に帰ってきても私を見るいな、なにを考えているのかしばらく無表情になったのうち「テクト…か」と思い出したかのように言う。


 兄はまるで人が変わってしまったみたいだ。


 それから兄は家でだらけるようになった。窓をすべて新聞紙を張りつけ、まるで誰からも見られないようにしているみたいだった。


 兄は夜になると怯え怖がっていた。私が部屋に入ろうとすると新聞紙を私の顔に投げつけ「出ていけ!」と怒鳴られた。


 兄はもう私が知る兄じゃないことを悟った。


 それから学校をあと二か月で卒業のところを退学し、兄の代わりに働くようになった。兄は学校を卒業するまでは働かなくていいといっていたのに、今では人がすっかり変わってしまったみたいだ。


 食べ物も文句を言うようになり、ジャム入りのパンや暖かいスープを欲しがるようになった。兄はだんだん贅沢になっていった。


 それから十日したころだった。


「臭うぜ。これは変わった匂いだ。人なんだが、人じゃない。複雑にからんだ臭いだ。ボス、コイツは黒だ。だが、黒じゃない。本人は知らないみたいだぜ」

「早めに処分してしまいましょう」


 二人の会話を挟むようにして縛られている男が待ってくれと声を上げた。


「ボス。コイツはもう白だ。何も知らない。アレ(魔法)のことも何も知らないようだ」

「だが、私たちのことを知っているから野放しにするわけにもいかない」

「なら殺すか?」

「私たちがただの殺し屋じゃないのよ」


 このままでは殺されてしまう。そう焦った男は、ある情報を売りに出した。その情報とは、妹についての情報だった。


「妹だ。妹が魔法使いだ!」

「……なるほどね。だからか」


 フードを被った人は口元を笑って見せた。


「ステファの鼻が鈍るわけだ」

「なるほどな。匿っていたわけだ。だから複雑に絡んだ臭いがしているわけだ。それにしても…なぜずっと割けなかった妹の情報を売った。もしかして怖いのか?」


 男は縛られながら、弱気に言った。


「俺だけでは妹を助けられない。妹は魔法が使えるが人一倍に責任感がある優しい子だ。妹がもし、なにかあったら魔法を使うだろう。俺がその光景に出くわすことがどんなにも辛い。だから、俺は――」

「はいはいもういいですよ。心情は聞きたくもないです」


 やれやれと顔を左右に振る。ステファは心情に興味はなく、こそこそと噂話をする連中と大差ないと思っている。


 ステファは男に近づき、髪を掴んで無理やり顔を近づかせこう告げる。


「お前さ、自分だけ助かる一心だろ? 妹を売ってまで助かろうとするなんてとんだ弱虫だ。俺の兄貴だったそんなことは言わない。兄は弟や妹のために守るもんだろ!」


 男は涙や鼻水を垂らしながらうなだれていた。


「もう止めな。そいつからは情報がとれた。解放してやれ」

「しかし、ボス!?」


 ステファは髪から手を離し、ボスの方へ振り返る。


「解放とは語弊があったな、そいつは私たちと同じ”罪人”として扱え」

「…ボスさんよ。少しばかし楽しんでいませんか? 本物が留守だからといって少しコイツに目をつけすぎですよ」


 フードを脱ぎ、顔をさらけ出す。銀色の髪に額に傷がある。両目は紫色、瞳はワイン色だった。


「少し遊んだけよ。それに、コイツはとても興味深い。こんだけ自分が魔法使いだっていうことをまだ知ろうともしていない」

「第一世界の人ってこんな奴らばかりですよ。魔法はおとぎ話で、存在していないと思い込んでいるんですから」

「だから魔法使いにとっては暮らしやすい世界だ。コイツみたいに野放しになる。魔法を使わなければ単純に暮らしやすい世界で、自分の趣味に没頭できる」

「さいですと」

「看守(私たちにとっての本当のボス)が戻ったら、こう伝えておいて『この子は看守になるべきだ。魔法使いを知らずに育ってきた。もしこのまま野放しにすれば大変危険な存在になりかねない。もし殺してしまえばこの人を良く知る人たちから怪しまれる。最悪大規模な事事故に発展しかけない』と」

「記憶の改ざんですか」


 状況を察したステファは男の頭の上に手を置き、


「わるいが今起きたことを忘れてもらう。君が目覚めたときは、俺達と同じ”看守になれる”と目を覚ます。大丈夫だ。新しい職場を用意しておく」


 ステファは男の記憶をいじった。

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