第2-1話

「兄が失踪してはや4年…か」


 4年前――兄が突然手紙をよこさなくなった。何があったのかは誰も教えてくれない。ただ、兄はなにか事件に巻き込まれたと思われる。


 人から恨みを買うことが多い「監視塔の看守」。魔術を規制するという名目で人々から魔法を奪う彼らのことを「略奪者」と呼ぶ者もいる。


 兄もそうだった。4年前、「監視塔の看守」に選ばれて半年ほど勤務していた。当時、兄は手紙どころか電話をよこすほどたいそうに喜んでいたのが昨日のようだ。


 兄は働けない両親の代わりに学校をやめ、バイトを重ねてせっせと働いている姿を私はただ見つめる事しかできなかった。朝早く出かけて日が昇る前に帰ってくる日課を繰り返している兄を私は耐えられなかった。


 兄と同じく働けるようになり、私も家計の支えになればと働くも兄は「俺と同じになるな。テクトは学校へいくべきだ」と兄は積み立てていた貯金を崩して私を学校へ行かせてくれた。


 兄はそこまでして私たちの面倒を見てくれていた。


 事件が起きたのは兄が看守になる2年前の話だ。


 この世界は第一世界、第二世界、第三世界に分けられている。海を越え大きな大陸ごとにそう区別されていた。


 第一世界では魔法がない世界。一般に公開されている魔法でさえも使用を禁止し、もし使ってしまったり知ってしまえば、「魔術狩り」の連中に連れていかれてしまう。そのためか、魔法のことを一切知ろうとも子供たちにも教えないようにしている。


 第二世界は、魔法が存在し一般に公開されている。人々は子供たちに隠すことなく魔法のお祭り(パレード)が大々的に行われているほど隠す素振りは一切ない。


 第一世界の人が言っていた。「魔法は素晴らしい、どうして私たちの世界にはないのだろうか」と彼は後に後悔して自殺を遂げている。彼をよく知る人が言うには「魔術狩り」の犠牲になったとも言われている。真相は誰も分からないが。


 第三世界、この世界を統一し監視している。監視塔――略奪者(魔術狩り)たちがいる世界だ。彼らは罪人(魔術を使用した者)を捕らえ、毎日地獄の生活を虐げられていると噂されている。


 一度捕まった人は、二度と外(シャバ)の世界に出られることなく一生その世界に暮らされるのだという。脱走した人が誰もいないことからその世界に自ら入りたいと申す人はいないほどだ。


 第一世界に住んでいた私たちは、魔法を知らない。知らないはずなのだが、私は魔法が使えた。無意識だった。


 夜遅く、兄に魔法を見せたことがある。部屋の照明が切れ、兄が替えを用意しているところを私は光を見せたのだ。真っ白く雪のようなフワフワとしていて白く光っている。手に取れば氷の結晶のようでそれが宝石のように光っているのだ。私はそれを魔法とは知らず、兄に嬉しそうに話していたのを今も覚えている。


 兄はそれを見てすぐさま顔つきを変えた。光を布で遮り、私を覆いかぶさるようにして床に倒した。私は兄の体重に圧し掛かられ身動きは手を動かすほどしかできなかったほどだ。


「このことはテクトと俺だけの秘密だ。誰にも言うなよ。もし、誰かに見せたいと思ったら、俺に見せてくれ」


 兄は私から光を奪い取ると照明を付け替え部屋を明るくした。兄がどうして怒ったのか理解できなかったが、後にそれが魔法であることを知ることとなったのは事件がきっかけだった。


 通達を受けて朝早く仕事場に出かけた兄が、同僚からこうささやかれた。「第二世界から脱走者が出た」と。魔法を知らない同僚たちはそれが大きな問題だという事を誰も知ろうとはしなかった。なぜなら魔法と言う存在を知りながらも野放しにできるほど彼らは魔法というものに否定的ではなかったからだ。


 第二世界から脱走する輩は一年に一度はいる。みんな、略奪者(魔術狩り)から逃げるために生まれた家を捨てて逃げ出すのだ。捕まれば一生塀のなか。晴れた空を見ることも大地を駆けまわることも許されない。そんな世界に押し込まれるよりは、生まれた故郷を捨ててでも自分がやりたいことを優先して逃げ出すだろう。


(俺も……魔法が使えたら、こんな場所で働くこともあんな暗い場所で過ごすこともなかっただろうな)


 脱走者の話をずっと頭の中で考えていた。魔法がもし自分の手に会ったら、家族と一緒にここから脱走していただろうと、想う。


 仕事場から家に帰宅していた時だった。帰り道で紫色のローブに身を包みフードで顔を隠している怪しげな人と遭遇した。白い布のようなものを両手両足につけ手には何かの模様と思われるペイントがしてあった。


 変わった人がいると思い、軽く会釈を交わす。すると白い布をつけていた一人の男がこっちへ顔を近づけてきた。


「匂いがする。コイツは黒だ」


 兄はなんのことかと耳を疑った。


「な、なんなのですか…あなたたちは…?」

「とぼけても無駄だぜ。俺の鼻は犬よりも優れている。お前らが隠すほど魔力の匂いは敏感なんだぜ」


 鼻に指さしながら男は言った。


「そんなことを…言われても…」

「ボス。どうします?」


 兄はその日、帰らなかった。

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