第1-3話

 男が逮捕されたのはそれから数時間後だった。痺れを切らしたステファが単身で突入し、男をその場で身柄を拘束し、室内を物色。奥の部屋で男の家内であろう死体を発見した。

 男は執拗に「家内は病気なんだ。体調がすぐれないんだ。だから俺が助けてやるんだ。邪魔をするな!!」

 ステファは昔のことを思い出した。思い出したくない記憶だ。ステファは頭を掻きむしりながら男の腹を何度も蹴った。嫌な記憶を消すために何度も蹴った。

 その様子を見かねた看守はすぐに執行した。

 ステファを強制的に待機命令を下したことで男は気を失うことを許された。


 男の身柄とともに監視塔へ送還途中でステファは窓の外を見つめながらふと昔のことを呟いた。

「看守は俺の過去を知っているんだっけねん」

 看守は黙って頷いた。

「俺は弟妹を大事にしていたねん。あのクソ野郎がしたことを――」

 ステファはイラ立つかのように頭を掻きむしりだした。

「ああクソ!! イヤダ嫌だ!! 思い出しくもない!!!」

 声を震わせる。足をガタガタと震わせる。ろれつが回らない。

「あのクソ野郎がああああ!!!!」

「眠りなさい。あなたはよくやりました。このことは上官に報告しておきます。ですから今は休みなさい。目を覚めたらあなたはきっとまたいつものようになれますから」

 ステファは眠るかのように倒れこんだ。荷車の中、アンジーと一緒に監視塔へ帰還するなか、ステファの闇の一部を目の当たりにした。



 ステファ・カルシファ。年齢26歳。茶色い髪に猫のような髭を生やした変わった顔をしている。

 罪は村人の命を危険にさらしたこと。辛うじて生き延びた村人の証言によると。

 ステファには妹弟がいたが、ステファの母の再婚相手である義理父により虐待され餓死した。魔法使いのもとで修業中だったステファが帰宅後、妹弟がいないことを酒に酔った義理父から伝えられたことにより激怒したステファは義理父とともに、村を消し飛ばした。

 その原因は不明だが、ステファが教えを乞うていた相手は魔法使いではなく魔術師だった可能性もあることから、ステファの記憶を復元次第、魔術師の正体を探れ―――いまだにその正体も素性もまだわかっていない。


 ステファには悪いことをしてしまったが、これも任務だ。

 報告書を上官に届けた帰り道、アンジーが人形を通して言伝した。

『茶髪(ステファ)の奴。自殺した。自ら首を切ったようだ。今騒ぎになっているから近づかない方がいい』

 人形はその場に倒れこんだ。再び息を吹き返すことはなかったが、アンジーが少しばかりか心を開いてくれたようで少しだけ嬉しい気持ちになった。



 壁からまるで扉を開けるかのようにアリシアは現れた。専用の鍵で扉を閉める。扉は霧のように消えていった。まるで初めから扉なんて存在しなかったかのように壁があるだけだ。

 廊下を歩いているとなにやら騒ぎが聞こえてきた。

「現場は保護するように――」

 見慣れない男らが集まっていた。みんな紺色のローブに身を包み顔を隠すように仮面をつけ頭からフードを被っていた。

「なにかあったのですか?」

 一人の年配の人が振り返った。

「ああ、これはアリシアさん。どうやら何者かの仕業のようです」

 男の前には血まみれになった女性の死体が横たわっていた。

「あ、この人は…」

「お知合いですか?」

 見覚えがあった。朝方、張り切って出かけていった女性の看守だ。名前は聞いていなかったが、はっきり覚えている。顔の輪郭と体の特徴を忘れることはない。

「ええ。今朝方お話ししました。張り切って任務に出かけていったのをよく覚えています」

 その死体はあまりにも無残だった。四肢と胴体は切断され、辺り一面は赤い水たまりに広がっている。鋭利な刃物というよりもノコギリのようなもので時間かけて切ったような切断面をしていた。

「酷いことだ。将来、有望だっただろうに…」

 女性の遺体を見て、アリシアはなんとも思わなかった。むしろ死んで当然という思いに浸っていた。

「…罪人が逃げたという情報もあります。ひとりで出歩かないほうがいいと思います」

 誘っているのか男は手を差し向けてきた。

 アリシアはその手を振り払う。余計なお世話だと。

「あ、すみません。ひとりの方が慣れているので大丈夫ですよ。それに…」

「それに?」

「いえ、なんでもありません」

 男に礼儀正しく頭を下げてその場を後にした。


 廊下の突き当りを曲がったあたりでアンジーとステファが待っていた。ステファは両手を組み、アンジーはパペットを大事そうに抱え座っていた。殺されたと噂されていたはずのステファはピンピンとしていた。

「さて、まだ始まったばかりです。この調子で減らしていきましょう」


 アリシアの計画は静かに実行していく。この世界を破滅に向かわせる終焉の物語になることをまだ誰も知らない。

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