第1-2話

 罪人――この世には魔法とは異なる存在、異質な存在として数えられる魔法が存在する。それは魔術。魔術は大自然の恵みを得ることなく人体や動物から無造作に生命力エネルギーを奪いとる。

 罪人たちは魔術を使い、多くの罪がない者たちを犠牲にして、自分たちの叶えたい欲求のために使い果たしてきた。


 看守は罪人を狩る名目で動いているのである。


 *


 小さな村に三人の男女が現れた。紫色のローブを着用した人物と両手両足に白い布をはめられた男二人が立っていた。

「気配はここからするねん」

 この男はステファ。茶髪に顔は猫のように髭を生やした特徴ある顔つき。魔術で村人の命を危険にさらした過去があり、八年前に確保されたひとり。

「……」

『歩くのは疲れた…休憩がてらお茶にしたい』

 黒髪の男がパペットを器用に動かし、代わりに喋っている。この男はアンジー。魔術で無機質なものに命を吹き込んだ罪で永らく幽閉されてきた。パペットとは常に一緒で牢の中でも唯一安心して会話ができる唯一の友達だ。

「お人形さんかねん。俺はステファっていうねん。よろしくねん」

 特徴ある口癖にステファはアンジーに明るくあいさつした。

「……」

『俺はお前と仲良くする義理はねぇ!』

 アンジーはパペットを通して代わりにあいさつをする。

「うわっは!」

 大げさに驚いた。ステファはアンジーにちゃかすが、アンジーは顔色一つ変えず『お前のことは嫌いだ!』とパペットが代わりに言い放った。

「いやー面白いよねん。俺もこういう友達がほしかったねん」

 両手で腹を抱えながら一人で笑うステファにローブを着た看守が「静かにしろ」と下すと二人は突如唇がチャックで閉められたかのように口が開かなくなった。

(これが、看守の命令か…あいからわず異質なものねん。こんなのさえなければ俺の魔術でこんな生活もおさばらなのにねん…)

 ステファは腹の底で企んでいた。外見は笑っていても罪人は心の奥底で何を考えているのかを視なくてはならない。看守はそれほど大変な仕事なのだ。


 小さな平屋の民家の戸をノックした。

 中から出てきたのは初老の男だった。

「な、なにか…ごようで?」

 紫色のローブを見て、男は一瞬驚いたように見せた。男はすぐに平常心に戻り、扉の取っ手にぎゅっと力がこめられた。

「特に用はないんだねん。俺たちの上司が”ここ”を調べたいってうるさいねん。だから、少しだけでいいから部屋の中を見せてほしいねん」

 ステファが強引に足で扉を抑え込む。男は肩を震わせた。

「いま、家内が疲れて寝ているので、また日を改めてもらえませんか?」

「俺もそうしたいだけどねん。上司は怒わすと怖いねん。だから、すこーしだけでいいから見せてほしいねん。奥さんにもなにもしないからねん」

「い、いや! ダメです!!!」

 男は怒声を上げた。扉の取っ手に力が強く握りステファノ足ごと扉を閉めようと強引に引っ張る。

「とっとっとっと!?」

 ステファはバランスを崩しその場で尻餅をついた。扉は勢いよく閉められた。

「あぶないねん。すこーしだけでいいから、見せてほしいねん」

 しつこく扉にノックするステファに男は再度怒号を浴びせた。

「しつこいですよ!! 帰ってください!! 家内が苦しんでいるんです!! 早く帰ってくれないと困ります!!」

 扉ごしに男はしつこいステファに困り果てていた。


 一枚の扉を隔てて男とステファが言い争っている中、アンジーは男の家の中に忍び込んでいた。本体は外にいるが、人形パペットだけが窓の隙間から失敬してもらった。

 中は薄暗く入ってきた窓以外はすべてカーテンで閉められている。電気ひとつつげず、よくこんなところで生活ができるなと感心しながら、アンジーはパペットを遠隔操作で中を探検する。

 すべての部屋の扉が開いている中、一室だけ扉が厳重に閉められている部屋を発見した。壁には見たこともない文字が重なるようにして書かれている。

『この文字は……エステック語か!?』

 エステック――五十七年前、大罪人になった魔術師。魔術には指で自分の血を使って文字を書く魔術もある。その魔術の中で自ら文字を考案し発明した男がいる。そいつは千十七人の犠牲を出した大物罪人で当時看守五十一人とそいつを捉えるべく働いた罪人百八人を亡き者にした大罪人だ。彼は生涯、監視塔の中を過ごしたようだ。

 エステックの文字はすでに廃棄され、存在しないはずだ。それがどういうわけかこの男は知っている。闇の流通にでも流されたのだろうか。だとしたら、再び惨劇を引き起こしかねない状況となる。

「アンジー、その扉の先の秘密を解き明かせ。君にはできるだろう?」

 アンジーは首を横に振った。

「なぜだ? 君の遠隔操作は右に出る者はいない。物を自由自在に操り無機物に命を注ぐことができる。君の力で室内にある者を操作することはたやすいはずだ」

 アンジーの懐から親指サイズほどの人形が顔を覗かせ、アンジーの代わりに弁護する。

『友達を犠牲にできない。君はアンジーの気持ちを何も知らない。アンジーがなぜ友達を行かせたのかを。アンジーは危険な場所に友達を行かせたりしない。アンジーは知ってほしいんだ。アンジーから離れて一人で探検する気持ちを存分に味わってほしいんだ。親が子供を外の世界に歩いてほしいと思うように…』

 アンジーの人形はそれ以上動くことを止めた。アンジーは再度室内にいる人形を戻ってくるよう指示する。

「続行しなさい。これは命令です」

 まただ。今度は体全身を電気を浸した水風呂に落されたかのように電流が身体中を走り抜けた。アンジーは気絶することを許されずその場に倒れこむ。辛うじて生きているが、友達を呼び寄せるほど力が足りない。

「君が思うように。これは個人の心情で自由にしていいという話ではないのですよ。これも仕事です。それに、アンジーは”自由になりたい”と報酬にしていました。この仕事が成功しなければその”自由”は永久的にお預けになるのですよ」

 アンジーは息を切らしながら親指サイズの人形が声を震わせながら訴えた。

『いやだ。それだけはいやだ!』

 涙ぐむ声が本人のようでとても嫌な気持ちになった。

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