鏖殺の村

危険な村



「狼から助けてくれてありがとう。でも、ウチの村は来ない方がいいよ」


「なぜ?」


「殺されちゃうから。神官様達でも、危ないよ」


 夕暮れ時の街道で出会った少女は、そんな物騒なことを言ってきた。


 神官様の護衛としては、あまり物騒なところには立ち寄りたくない。少女の住んでいる村が最寄りの村のようだが、そこに立ち寄るのは諦めよう。


 今夜は野宿にだな――と思っていたが、僕の護衛対象である神官様はウキウキした様子で「なぜそんな事になるのですか?」と問いかけた。


 問いかけられた少女はしどろもどろになり、まともな答えを言ってくれなかった。そんな様子でも、神官様は少女の村に一泊するつもりのようだ。


 少女は僕らが村に行くと聞くと、涙ぐんで俯いたが……それでも神官様が少女の手をとって再度頼み込むと、コクンと頷いて案内を買って出てくれた。


 村人達が僕らを殺しに来た時、直ぐにでも対応できるよう備えていたが、彼らは直ぐに襲ってくる様子はなかった。


 他の村と同じく活気はなく、村人達の多くはやせ細っていたが、目にはまだ光があった。神官様に気づくと、驚きつつも丁重に出迎えてくれた。


 旅人法りょじんほうに則って最大3日までの滞在を許可してくれた村人達は、僕らの宿泊場所と食事だけではなく、馬の飼葉も用意してくれた。


 襲ってくるとしたら、食事時かな――と思っていたが、彼らは一向に襲ってこなかった。粗末な食事を前に「大したお構いもできませんで……」と申し訳なさそうにしている村長に対し、神官様は笑顔を浮かべながら気遣いの言葉を投げかけた。


「いまは大変な時でしょう。この辺りは飢饉で苦しい状況ですから」


「ええ、ええ、仰る通りです。手前共も、食っていくのが精一杯で……」


 村長は「ゲッヘッヘ! 貴様らの食事に毒を盛らせてもらった!」と言うでもなく、涙ぐみながら苦しい現状を吐露するばかりだった。


 拍子抜けしつつも警戒は続けていたが、寝所で神官様と2人きりになると「そこまで肩肘張らなくて良いですよ」と言われた。


「貴方も寝てしまいなさいな」


「いえ、起きて見張っておきます。あの少女の言葉が気になるので」


「この村の人達は大丈夫ですよ。心配性ですね」


「この間立ち寄った村でも襲われましたからね」


 先日のことを思い出しつつ、嘆息する。


 僕らは先日、立ち寄った村で襲われた。


 ここと同じく、飢饉に見舞われた村に立ち寄ったところ、村人達が僕らを襲ってきたのだ。こちらには神官様がいるというのに。


 あの時は護衛の務めをキチンと果たせた。今回もそうするつもりだ。


「先日とは状況が違いますよ。あの時は、街道で旅人を物色する役目の者がいたでしょう? 今回は狼に襲われかけていた少女がいただけです」


「助けたから、あの子だけ恩義を感じてくれたのかもしれない。ウチの荷馬車には荷物がいっぱいですから……それ狙いに襲ってこられてもおかしくないですよ」


「そんな清い心の持ち主を、危険な村に置いていくのは可哀想でしょう? 幸い、先日の村と違って、この村には善の心を持つ者しかいないようです」


「では、あの子はなぜあんなことを?」


「家族と村を守ろうとして言ったのでしょう」


 この村もまた、苦しい状況にある。


 僕らのような旅人をもてなす余裕などないほどに。


 しかし、旅人法で「旅人は持て成しなさい」とされているため、懐事情が苦しかろうが僕らが滞在できるようにしなければならなかった。


「あの子が気にしたのはそこです。私達が立ち寄らなければ、村の人々はわずかな蓄えを私達のために使う必要がなかった」


「僕らを立ち寄らせないために、嘘をついたという事ですか」


「そういう事です。なので大丈夫。もう寝ましょう」


 そう仰ると、神官様はスヤスヤと眠り始めた。


 僕は護衛として夜通し起きていたが、そうする必要はなかった。


 夜中の間も誰も襲ってこなかった。朝早くに起きた神官様に「本当に心配性ですねぇ」と苦笑されてしまった。


 神官様の見立ては正しかったらしい。敬服の念を抱きつつ、神官様に付き従って村の祠に行き、逆さ聖十字を前に祈りを捧げる。


 そうしていると村人達もやってきて、皆で神官様に導かれながら祈り続けた。それが終わった後、昨日の少女が近づいてきた。


 表情を青ざめさせた両親と共に。


「も、申し訳ありません、神官様……!」


「ウチの娘がとんでもない嘘を……!」


 何から何まで神官様の考えていた通りらしい。娘が神官様相手に嘘をついてしまったことを知った両親は、怯えた様子で平伏してきた。


 神は悪に対する計略以外の嘘を禁じている。悪人に対しては何をしてもいいが、善人に対しては違う。


 神に仕える神官様は当然、善の存在だ。それなのに少女は嘘をついてしまった。


「嘘は腕落とし相当の罪です」


 剣を抜こうとすると、神官様が僕を遮ってきた。


 遮り、血の気を失っている少女に声をかけた。


「私は救世神様の信徒として、悪人には拳を向けるようにしています。……ですが、善人には握手を求めます」


 神官様は言った。


 少女の嘘は家族や仲間を想う善の心から生じたものである、と。


「貴女は家族想いの良い子です。貴女の罪を許しましょう」


 神官様がそう言うと、少女とその家族は安堵の表情を見せた。


「でも、嘘はよくない事です。善の嘘とはいえ、多用は控えなさい」


「は、はい……。本当に、ごめんなさいでした……」


「貴女は本当に良い子です。そんな子が嘘をつかないといけない状況に置かれていた事が、私はとてもつらいです……」


 だから救ってあげましょう、と神官様は言った。


 僕らの荷馬車から、不用品を好きなだけ持っていきなさいと告げた。


 少女だけではなく、村人全員に対してそう言った。


 突然の大盤振る舞いに村人が湧く中、慌てて神官様に問いかけた。


「良いのですか? アレらは街についたら売り払うと言っていたのに」


「良いのです。どうせタダで手に入れたものですからね」


 神官様はニッコリと笑い、「あの子が嘘などつかないで済むよう、村全体を潤わせる方が優先です」と言い、荷馬車の荷物の多くを村人達に恵み始めた。


 僕らの旅がおぼつかなくなってはいけないので、ほどほどにしてもらいつつ、先日立ち寄った村で拾った農具や鉄製品、それと余分な食料も配っていく。


 勿体ないけど……まあいいか。神官様が楽しそうにしているし。


「神官様! わたし、この赤い人形が欲しいですっ!」


 嬉しそうにそう言った少女に対し、神官様は優しく微笑みながら「どうぞ。貴女に引き取ってもらえた方が、その子も喜ぶでしょう」と返した。


「大事にしてくださいね」


「はいっ!」


「あ、そうそう。その赤いのは汚れなので、水洗いしてあげてくださいね」



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鏖殺の村 @yamadayarou

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