第11話「どんどん貸付が増えていく」

 家族揃っての夕食を終えると、自室に戻って一息ついた。

 帰ってから復習やら予習やらを行う予定だったが、妹に今日の一件の話をしたために、妹のテンションが上がりすぎて、あんまり進まなかった。

 これからしなければならないが、腹が満たされると眠気などでモチベーションがガタ落ちする。

 一日ぐらいサボっても……とか思いがちだが、ほぼ毎日授業のある英語などは、明日行う範囲の予習は絶対にしておかないといけない。


「面倒くさい……」


 一回の授業で、少なくとも一回は指名されると考えておかないといけない。

 順番が悪いとたまに二周目がくることもある。

 それに、陸人には結構な頻度で予習を見せてくれとか泣きつかれることもあるし、ちょっと有田さんにも分からない内容を聞かれたりもする。

 明日大慌てしないためにも、渋々ノートと教科書、辞書を開いて予習を行う。

 ペンを動かしていると、隣からは楽しそうに笑っている妹の声が壁越しに伝わってくる。

 おそらくは、瑠璃に今日のことを電話で聞いたりしているのではないか、と勝手に思っている。

 しばらく予習を続けていると、隣でずっと聞こえていた妹の話し声が聞こえなくなった。


「兄さん、入るよー」


 ドアを開けて部屋に入ってきたあとに、妹がそんなことを口にした。


「入ってから入るって言うなよ」

「細かいことは別にどーでもいいじゃん」


 どうでもいい訳がない。

 こんなノリでいつでも入ってくるのなら、男として隠れてしたいことも出来ないではないか。


「さっきさ、瑠璃姉ちゃんと話したー」

「だろうな。壁越しにお前の笑い声とテンション高い声が響きまくってたし」

「うん、楽しかった。瑠璃姉ちゃんからも聞くと、よりいいね。ごちそうさまでしたって感じ」

「ただのオタクじゃねぇか」

「うっわ、色んなとこに喧嘩売る言い方だ。って別にそんなことはどうでもいいや。今から瑠璃姉ちゃんに電話して」

「は? 何でそんな事しなくちゃならないんだ」

「私がこの後、兄さんから電話するからお話してみてーって言ったから」

「なんて余計な事を……」


 ただでさえ気まずい状態で再会して、二日目で一時間以上二人で話したのに、これ以上何を話すというのか。

 一体妹は、俺と彼氏持ちの幼馴染とどんな関係性になれば満足するのだろうか。

 ……まさか、本当にNTRとか言わないだろうな?


「とりあえず早くかける。これで兄さんかけなかったら、男として普通に最低だからね?」

「はいはい、分かった。かけるから、取り敢えず出ていけ」

 

 まず妹を自室から追い出して、再び部屋は静けさを取り戻した。

 スマホを手に取り、夕方に追加された瑠璃の連絡先を表示する。


「おわっ!?」


 なかなか通話ボタンを押す気にならないでいると、逆に瑠璃から着信が来た。


「……もしもし」

「何でなかなかかけてこないのよ。海咲からかかってくるって聞いたから、待ってるんだけど」

「あいつが、勝手にかかってくるってことを言っただけなんだよ……」

「やっぱり、そんなことだろうとは思った」

「楽しそうに話してたな」

「だって、海咲が今日のこと知ってるんだもん。色々と聞かれてさぁ。普通に話したんだね」

「なんで今日帰ってくるの遅かったんだって、しつこく理由聞いてくるからどうしようもなくってさ」

「ふふ……。表情もそうだけど、言葉でも嘘とかついて誤魔化せないのも変わらないね」

「何度も言ってるだろ? 人はそんなに変わらないって」


 高校生なった今でも、小学生の頃とそんなに頭の中で考えることが変わったような気がしない。

 それと同じで、自分でどんな気持ちになってどんな顔をしているか考えたら、何も変わっていない。


「そういえば今、何してるの?」

「明日の英語の予習だな。本当は夕方のうちにやっておきたかったけど、妹がテンション上がりすぎたのに巻き込まれて全然出来なかったからな」

「それは災難だねぇ」

「なのに、こうしてお前と話をしろってなんか促されて今に至るってとこだな」

「なるほどねぇ。明日の範囲、ボチボチ面倒な内容なとこでしょ」

「ああ、やってて怠すぎる。もうそっちは終わってんのか?」

「もちろん。教えて欲しいの?」

「え? いや……」


 そんなつもりはないが、予習は面倒で間違っていたら萎える。

 瑠璃は妹の成績を上げただけでなく、到達度テストや全国模試のような、校内全体で順位が発表されるテストで10位前後にいるくらい頭がいい。

 聞けばあっさりと終わるし、間違いがないと思われる。


「貸し一つで教えてあげる。どうよ?」

「……今日の夕方からさ、やたら俺に対して貸し付けしてくるけど、なんか意味あんの?」

「そうね。10個くらい貸し作ったら、一つ何でも私のお願いを聞くとか、面白そうだなとは思うよー?」

「えぐい……。まだ顔に傷作りたくないんですけど」

「どんなお願いされると思ってんの……?」

「飽きた彼氏が粘着してきた時にうまく回避出来るように、ヘイトタンク役をやれってことでしょ? 間違いなく殴られんじゃん」

「どういう発想してんのよ……。そういう事は自分で丸く収めるし」

「なら、金銭関係ですか……? 普通に無理なんですけど」

「そんなどうにもならないこと、言うだけ無駄でしょうよ……」

「じゃあ、何をお願いするのよ」

「そうね……。考えておこうかな」


 電話越しに、楽しそうに笑いながら話す瑠璃の声が聞こえてくる。


「ま、貸しを10個作らないように精々私に尽くしてくれたら、何とかなるよ」

「じゃあ、今から手堅く行こう。英語の予習については、自分でなんとかするんで、結構ですわ」

「ええ、本当にいいの?」


 このペースだと、毎日一個くらいイチャモンをつけられる感覚で増やされそうなので、予習についてのフォローは拒否することにした。

 すると、何か大袈裟な様子で本当にいいのかと確認をしてきた。


「何だ、その言い方は」

「今回の予習、あの文法は落とし穴だったのにな〜。みんなあっちの意味で捉えがちで、間違えるって知らなかったな〜」

「……」


 瑠璃で知らなかった? 危うく引っかかりそうになった?

 なら、英語の苦手な俺は間違いなく引っかかっているのではないか。


「あ、予習の邪魔だよね。そろそろ終わろっか」

「待て待て!」

「ん? どうしたぁ〜?」


 俺が引き止めてくるのを、分かっていたと言わんばかりの反応である。

 ここまでおそらく、計算通りに動かされている。

 それが自分にもよく分かったが、気になって仕方がない。

 明日、嫌な思いをしないためにもここは……。


「貸しでいいので、教えてください……」

「うんうん。素直で可愛いぞ、悠太」

「畜生……」

「これで貸し、二つ目ね」


 結局の所、教えてもらって予習は早く終わったが、気になる文法は、そこまで間違えやすいというほどの内容ではなく、普通に自分で正しく訳せていた。

 ほぼ、騙されたような形で貸しを作らされて恨み節を並べる俺を、瑠璃は終始楽しそうに笑っていた。























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