第10話「妹、限界化」

「あれ、鍵開いてる。もう帰ってるのか」


 帰宅すると、ドアの鍵は開けられていて誰かが先に帰宅しているらしい。

 もっとも、この時間帯に帰ってくる可能性がある人物は一人しかいないが。


「ただいまー」

「お、やっと帰ってきた。部活もしてないくせに五時過ぎるなんて、珍しいじゃーん」

「部活もしていないくせにっていう一言は、余計だろ」

「事実だもーん」


 もうすぐ夕食を食べるのに、大量にお菓子を口にしている妹がリビングでくつろいでいる。

 俺はそんな妹の隣を横切って、台所の流し台で弁当箱を洗う。


「ねぇ、何で今日帰ってくるのこんなに遅かったの? 鍵かかっててびっくりしたんだけど」

「たまにはそういう事もあるだろ」

「私、時々鍵持って行ってないときあるから、なんか特別な理由が無いなら困るよ」

「鍵ぐらい何かに付けておくとか、常備しておけよ」

「失くしたら大変じゃ~ん」


 もう中学生なのだから、鍵とかの管理くらいはやって欲しいのだが、失くしたら親子喧嘩がものすごいことになりそうなので、早く帰るべきか。

 そんな話をしているうちに、弁当箱を洗い終えた。

 ふうっと近くのテーブルに着いた。

 すると、妹が自分の食べているお菓子を手に取りつつ、俺と向き合うようにしてテーブルに着いた。


「その顔、何か色々あったって顔ですねぇ。この妹に話してみません?」

「んー、遠慮しとく」

「お菓子あげるから、聞かせろよ! 今回、遅く帰ってきた事に関係してるんでしょ!」


 お菓子をシャッとこちらに滑らしながら、こちらによこしてきた。

 食べていたのは、そこそこ単価の高いチョコレート菓子。

 いつこんなものをゲットしたのかと思いながら、そのチョコレート菓子を口にした。


「あ! 食べたな? これでダンマリは許さんぞ」

「あ……。しまった」


 自然な流れで口にしたが、妹のトラップだった。


「この高くてうまいやつを一個あげた貸しはデカいぞ!」

「お前も貸しっていうのか……」

「???」


 兄妹仲良く、使う単語が似ている。


「遅くなったのは、瑠璃と放課後用事をしてから、一緒に帰ってきたからだ」

「ええええ!?」


 妹は、椅子から転がり落ちそうな反応をしている。

 慌てて体制を直すと、気持ち悪いぐらいニヤついた顔で食い付いてきた。


「昨日家であんな感じだったのに、どんなマジックを使ったんですか〜!?」

「あー……。お前が昨日言ったろ? お礼言っといてくれって。そこから色々とな」


 クラスのやつに瑠璃が仕事を押し付けられた、ということは、とてもじゃないが言えそうにもない。

 冴えない頭で言葉を選びながら、伝えようとした。


「その色々で何があったんでしょ!? それ言わなきゃ何もわかんないじゃん!」


 ダメだった。

 確かに自分で話していても、結局妹に聞かれた本質的なところの回答を全くしていないとは感じた。


「瑠璃が放課後に、提出物を持っていかないといけない役割でな。その提出物が中々に重いから、お前を助けてくれた件もあるからって手伝った」

「……偉いぞ兄よ! なかなかに機転を聞かせて、自然な感じの理由で行けたじゃん!」

「褒められるようなことなのか?」

「情けない兄さんにしては、ナイスすぎる! その流れで一緒に帰ってきたってこと!?」

「そうそう」

「くぅ〜〜!! 激アツじゃん!」


 何が激アツなのかはよくわからないが、感極まるという顔をしている。

 そんな妹の様子に、ちょっと引く。


「色々と話とか出来た!? っていうか、そのまま二人で帰ってきたんだよね!?」

「食いつき方がキモいキモい!」

「キモくても何でもいい! どうなの!?」

「あーはいはい。二人で帰ったし、色々と話も出来たよ」


 なお、その話をしたことで俺の心はゴリゴリと削られてしまったが。


「いいねぇ。昨日の私、グッジョブ過ぎじゃない?」

「ごめん、何言ってるかよく分からない」


 おそらくは、恋してた可愛い幼馴染と帰るイベントを作り出した自分はナイスだろうと主張したいのだろう。

 どっちかと言うと、俺の目線からはただ自分にとって近い二人が恋愛する可能性のあるイベントが起きたことに、テンションが上がっているだけだと思う。


「いいなぁ。手ぐらい繋いだ?」

「繋ぐわけねぇだろ。そもそもあいつ、彼氏持ちだって分かってるだろ」

「えー。そこはさぁ、多少の強引さがあってもいいと思うけどなぁ?」

「は? 俺にNTRでもしろと言いたいわけ?」

「兄さんにそんなこと出来るわけなさそうだけど、こういうチャンスは攻めていくべきだと思うのよ!」

「傍から見てて楽しいからって、無茶苦茶なこと言いすぎだろ……」

「まぁでも、この機会を逃すわけにはいかないよね! 瑠璃姉ちゃんの連絡先、今から教えるから今日のことをきっかけに、お話からしていこ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 いそいそとスマホを取り出そうとする妹に、俺は待ったをかけた。


「えっと、連絡先も交換したから」

「……マジで?」

「うん、マジ」

「本当にやるじゃんか! 何だかんだ言って、積極的なんじゃないの〜?」

「いや、あいつの方から交換しようって言ってきただけだからな! 俺からは何も言ってない」

「瑠璃姉ちゃんの方から……。だめだ。最高のシチュエーションすぎて、想像しただけで鼻血でそう」

「……」


 こいつはただ、あいつの限界オタクになっているだけなのではないのだろうか。


「それ以外に何があった?」

「それ以外に……?」


 頬をいじくり回されたとか、電車でご婦人たちからカップルに間違えられたこと……。

 こんなこと言ったら、妹がどんな挙動を始めるか分からない。

 別れ際に「浮気楽しかったよ?」とか言われたなんて言った時には、感情が昂りすぎて爆発でもするんじゃなかろうか。


「特に無かったかな。だって、ああやって再会してまだ二日目だし」


 自分で振り返りながら話していて、色々とおかしな事が盛り沢山だった事が、改めて理解出来た。


「本当かなぁ……? まだなんか隠してそうな顔してるけど」

「気になるなら、直接あいつに聞いてみればいいだろうよ。お前になら、何でも答えるだろ」

「ふむ。確かにそうしようかな。よし、兄の行動力と今日のお話から、更に追加報酬だ」

「あざす」


 お気に召したのか、追加でチョコレート菓子をゲットした。

 あいつも妹の前では、それなりに自重しながら話を進めてくれるだろう。

 後は、妹がそれを聞いて満足してもらえば全てが丸く収まる。

 妹は早速、スマホを起動させて素早いフリック操作で何やら行っている。

 おそらくは、瑠璃に今回の事を尋ねようとしているようだ。

 俺は、瑠璃が余計な事を言わないようにと思いつつ、チョコレート菓子を口に含んだ。


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