第9話「浮気、楽しかったよ」

 電車に乗り込むと、仕事帰りの人や買い物帰りの人などがポツポツと乗っている。

 座れる席も多く残っているので、まずは座っている人がより少ないシートを選んで腰掛けた。

 瑠璃も当たり前のように、俺の隣に座ってきた。


「……」

「……」


 先程までは多く話をしていたが、周りに乗客もいるため、静かにしておく意味もあって話をすることはない。

 ボッーとしたり、スマホを触ったり、流れ行く景色を眺めたり。

 電車に乗っているのは、約20分ほど。

 田舎の各駅停車なので、加速とブレーキが短い間隔で訪れていい感じに眠くなる。


「……んと、いけね」


 ウトウトと一瞬気を失いかけて、慌てて頭を上げた。

 寝過ごしてしまうと、少なくとも30分以上帰宅するのが遅れてしまう。

 運賃も無駄にかかってしまうので、損失がバカにならないので頑張って起きておくしかない。

 意識を保とうと頑張るが、新学期が始まって6時間目までしっかりと授業が始まったことで、疲労してしまっていた。

 再びウトウトした俺は、頭がぐらりと横に頭が傾いた。

 そこに、瑠璃の頭がぶつかってしまった。


「いったい!」

「っ! ごめん……」

「何〜? 頭突きでさっきの仕返しのつもり〜?」

「いや、眠くてフラついた」

「実は私も……。なんかよく分からないけど、すっごく眠いね」

「同感。どうにもならないくらいの眠気に襲われてたわ」


 瑠璃もウトウトしていたらしく、眠いのは俺だけではないらしい。


「寝過ごしちゃうから、降りるまでは何とか起きておかないとね」

「俺は今のでしっかり目が覚めたわ……」


 いくら幼馴染相手とはいえ、ウトウトしていてそこそこの勢いで頭をぶつけてしまった恥ずかしさで、すっかり目が冴えた。

 先程までの眠さはどこに行ったのかと思うほど。

 気を取り直して、スマホをいじりながら降りる駅まで時間をつぶすことに決めた。

 と言っても、陸人を含め友人はみんな部活をしているので連絡などがあるわけもなく。

 ソシャゲを適当にやっていると、肩にポスッと瑠璃がもたれかかってきた。


「おいこら……」


 また冷やかしをしているものだと思ったら、スースーと寝息を立てて眠っている。

 眠ってしまったことで、こちらに寄りかかってきたということだろう。

 瑠璃のサラサラの髪が、地肌が剥き出しの首に若干触れて、絶妙にゾワッとさせるむず痒さがある。


「俺はさっきので恥ずかしくて目が冴えてしまったのに、こいつは何も感じないのか……」


 こうして異性にもたれかかるということにも慣れていて、特に抵抗が無いのかなと感じる。

 本当は「重てぇ」と言って起こしたい気持ちがあるが、さっきの図付きの功罪があるので、我慢することにした。


「うーん……」

「動くなよ……。くすぐったくて仕方ない」


 微妙に頭を動かしてくるので、絶妙なくすぐったさに耐える。

 結局、ソシャゲにも集中出来ず、アプリやSNSの閲覧でも気を紛らわすことが全くできなかった。


「見て! あそこの二人、素敵だわ〜!」

「若いって羨ましいわ〜!」


 途中から、乗ってきたお買い物帰りのご婦人たちから好奇の目で見られ、より恥ずかしさを感じた。

 瑠璃と二日間関わっただけで、劣等感や羞恥心、緊迫感や言葉にし難い苦しみなど、色んな感情を与えられ過ぎではないか。

 主に負の感情ばかりで、恩恵らしいものは特にないが。

 何だかんだしていると、ようやく降りる駅にたどり着いた。


「ほら、着いたから降りるぞ。起きろ」

「……ん」


 ちょんちょんと続きながら起こすと、眠そうに目をこすりながら起きて、共に電車から降りるべく席から立ち上がった。

 下車するとお互いに伸びをしつつ、改札を抜けて歩みを進める。


「私、どれくらい寝てた?」

「あの話をした直後から寝てたぞ」

「そっかぁ。まぁ、眠かったから仕方ないよねぇ」

「俺と頭をぶつけて、ちょっとはウトウトしていられねぇとかならないわけ?」

「んー、全然」

「そうっすか……」


 無駄に色々と意識していたのは俺だけで、何も考えていないということが、話を聞けば聞くほどよく分かる。


「そんなに寝てたのに、起こそうとは思わなかったんだ?」

「頭ぶつけた罪悪感から、起こそうという勢力が負けたらしい」

「何で心の中の話なのに、他人事なの?」


 変なのと、瑠璃は面白そうに笑っている。


「でもな、途中から乗ってきた人たちから、微笑ましい光景として捉えられたらしいぞ」

「あらら、青春の1ページってやつ?」

「お前の実情をきかせたら、あのお姉様方も顔真っ青だと思うけどな」

「いや、むしろ爽やか目な昼ドラって言われてテンション上がると思う!」

「そんなこと意気揚々と言うことじゃねぇんだよなぁ……」


 昼ドラとか言う単語を出すということは、自分が今どういうことをしているのか、一応自覚はあるってことなんだろうか。

 歩みを進めると、お互いに別々に進む必要のある分かれ道まで来た。


「ここでお別れだね」

「そうだな。じゃ、お疲れ」

「うん。また明日ね」

「おう」


 別れを告げて、家への歩みを進めようとしたときだった。


「悠太、もう一回こっち向いて?」

「ん? ……!?」


 瑠璃の声に振り向くと、先程電車で駅を待っていたときのように、両手で頬をまた掴まれた。


「浮気、楽しかったよ?」

「……」

「また一緒に帰ろうね? じゃあね!」


 そう言い終わると、ぱっと両手を離した。

 こちらから帰る方向に振り向くまでの間、瑠璃は笑顔を絶やさなかった。


「これで変なことに巻き込まれたら、承知しねぇぞ……」


 自分でそんなことを言いながら動揺を打ち払おうとした。

 しかし、瑠璃に言われた言葉が心に突き刺さって、全くと言っていいほど動揺は無くならなかった。


「ああ!もう……!」


 頭をガシガシと乱暴に掻きむしりながら、一人での帰路に着いた。


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