第8話「嘘だと思っておきたかったこと」
登校手段は電車なので、高校から最寄り駅までのそこそこの距離の道を瑠璃と歩くことになった。
「とりあえず聞いておくけど、今現在彼氏いるよな?」
「え? 何、いきなり」
「いや、この現場をその彼氏に見られたら、胸ぐらを掴まれてグーパンチ飛んでくるかもしれないじゃん。そう思うと不安で仕方ない」
「んー、まぁ大丈夫じゃない?」
「適当過ぎる……」
とりあえず、高校から急いで離れることだけを意識した方が良さそう。
「まぁ、私からしたら『私のために争わないでっ!』って言えるけどね。一度言ってみたいかも」
「先に言っとくけど、それ言える女ってクソみたいなムーブしてるってことだからな!?」
こんなことで殴られたり、嫌がらせを受けたら、割に合わなさ過ぎる。
瑠璃は一貫して楽しそうに笑っているが、本当に大丈夫か不安は募るばかり。
幸いなことに、最寄りの駅までの道には、既に放課後から一時間弱ほど経過しているために、部活をしていない人は既に帰宅している。
誰もいない道中を、瑠璃と一緒に歩く。
中学の頃は、それぞれの友人と登下校していたから、おそらく小学校の時以来、数年ぶりのこと。
「女の子と一緒に帰ったりしたことあるのー?」
「バカにすんな。何回かはあるわ」
「え、こうして二人で?」
「もちろんよ」
「へぇ、やるじゃん。つまんなぁ」
とは言っても、有田さんが紹介してくれた女子と何回か一緒に帰ったことがあるだけ。
結果が物語るように、一緒に帰ったところで微妙な雰囲気になるか、ただただ普通に楽しく友達と帰っただけでしかない。
瑠璃が意外とだと言わんばかりの顔をしているのがムカつくところだが、格好をつけて無駄に喋ると内容がしょぼかったことがすぐにバレるので黙っておくしかない。
こいつの異性経験の多さが、こんなところで俺を窮屈にさせるとは。
「ま、でもその割には落ち着かないって顔してるね」
「そりゃあ、数年ぶりに幼馴染と一緒に帰るってだけでも落ち着かねぇわ」
「ふぅん、可愛いね」
「うるせ」
落ち着かない俺とは違い、瑠璃は完全に落ち着き払っている。
というより、何回か一緒に帰ったことがあったかと思うぐらいに自然な雰囲気でいる。
バカにされて悔しいが、明らかに経験値が違うので張り合ったところでボロ負けして終わる。
終始会話の主導権を瑠璃に奪われながら、歩みを進めて駅にたどり着いた。
高校に通う生徒以外はそんなに利用しない駅なので、5時前の駅には誰も電車を待つ人がいない。
電車が来るまでには10分少々。誰も座っていない椅子に腰掛けてふぅっと一息をついた。
「ん、これあげる」
ボサッとしている俺の頬に、冷たい炭酸ジュースの入ったペットボトルを当ててきた。
「え、なんで?」
「今日手伝ってくれたから」
「いや、俺は妹が世話になってる借りを返したいからやったって言ったろ?」
「うん。だからまた手伝ってもらえるように、別の貸し作っておこうかと」
「そういうことか……」
借りを勝手に作らされるのはどうかと思うが、だからといって返すというのもどうかと思うので、そのまま受け取ることにした。
ペットボトルのフタを回すと、プシュッと勢いの良い音が静かな駅に響きわたった。
既に気候としては暑さを感じるくらいなので、炭酸がうまい。
「そういえば、連絡先とか交換してないね」
「だな」
「いい機会だし、交換しない?」
「交換して何を話すんだよ」
妹にも、連絡先を把握して話をしてみればいいと言われたが、今さら何を話すのか想像が全くつかない。
「何を話すのってなると、何も浮かばないね」
「だろ」
「まぁ、でも交換して減るものじゃないからさ。ということで、スキあり!」
そう言うと、ジュースを飲むために自分横に置いていたスマホを素早く取ると、勝手に連絡先交換の作業をしてしまった。
「はい、登録完了〜」
勝ち誇ったような顔で、スマホを返してきた。
メッセージアプリの連絡先一覧を確認したら、本当に瑠璃のアカウントが登録されていた。
「うっわ、本当にやりやがった。彼氏に男の連絡先増えたのバレて面倒なことになっちまえ」
連絡先一覧をフリックさせながら、何気なく俺はそう言った。
「大丈夫だって。それにさっきさ、彼氏に見つかったらヤバそうとか言ってたじゃん?」
「言ったな」
「心配しなくても、今の彼氏そんな気性荒くないから。何があれば、一回ヤらせたら何も言わなくなるだろうし。だから心配しないで」
「……」
瑠璃的には、俺が自分の彼氏と喧嘩になるのことを気にして言ったのだと思う。
そんなことよりも、俺はある言葉にショックを受けて、何も言えなくなってしまった。
―ヤらせたら。―
様々な所で、こいつ自身がビッチであるとか色んな男に抱かれているとか言う噂は聞いた。
噂は俺自身が確信に至るほどのものではない、と思っていた。
でもこうして今、本人の口からその言葉が出た。
瑠璃が付き合っている男と、そういう事をしている。
それが事実として突きつけられたショックは、俺にとってあまりにも衝撃的なものだった。
「……そんな顔しないでよ」
「……ごめん。今の俺には、流石にキツすぎる話だったわ」
自分でも険しい顔になっているのが分かるので、何だかんだすぐに表情から心情を見抜かれる瑠璃にはバレないわけがない。
「ウブだなぁ、ホント」
「そりゃそうだろ。女子と付き合ったこともねぇんだからよ」
視線を上げる気にもならず、炭酸の泡がペットボトルの壁面を伝って水面で弾ける光景をただ見つめながら、会話を続けた。
「ほら、こっち向いて?」
「あ?……!?」
こちらを向くように言われて、渋々瑠璃の方へと向くと両手で頬を摘まれた。
「笑えー! そういう顔をするなー」
「や、やめんか……こいつ!」
「あはは! ちょっとは陰の空気が抜けてきたかな?」
頬をグニグニとコネくり回されて、変な刺激と何をやっているのか意味が分からなくなってきた。
「悠太ってさ、小さい頃から変わらないよね。頭が人より良いから、考えすぎちゃう。あんまり深く考えないことも大事だよ?」
「……頭が良いというより、単に不器用なだけだな」
考えすぎ。
昨日の一件を含めて、その言葉はあまりにも的確すぎる。
決して自分が、頭が良いとは思わない。
不器用さだけが勝って、難しいことを避けようとして来た事が自分の性格と今の自分を取り巻く人間関係を形成しているとしか、思えない。
「あー、また陰の顔になってきた。ここまで来ると、才能だよもはや」
「うるせぇ……」
救いがないとでも言いたいのだろう。
「不器用でもいいんじゃない?」
「は?」
「考え込む性格さえ直せたら、別に不器用なのは別に直らなくてもいいんじゃない?」
変わらず俺の頬を弄り回しながら、瑠璃が続ける。
「不器用だからこそ、今の私ですら助けてくれんだもん。どういう形であれども」
「お前がいい思いするかどうかが、基準かよ」
「そりゃそうだよ。だって私は―」
いつも周りの男子に見せるような、媚びているのかあるいは控えめに見せたいのか、貼り付けたような笑顔を浮かべて、ポツリと呟いた。
「色んな男とヤッてるビッチだから」
その一言の直後、まもなく電車が駅に到着するアナウンスが流れた。
それを流れ終わると、瑠璃は静かに俺の顔から両手を話した。
俺は、頬を弄くりまわされたことによる感触と、心に残った違和感だけが残ってしまった。
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