第7話「借りを返すだけ」

 放課後のチャイムが鳴ると、教室から生徒たちが一斉に出ていく。

 担任教師のいない教卓には、昼休みの際に教師がおいていった提出箱の中に乱雑に提出冊子が積み重ねられている。


「悠太、また明日な〜」

「悠太、またね」

「うん。ふたりとも怪我とかしないようにね」


 陸人と有田さんも部活へと向かうべく、教室から出ていった。

 なお、部活もしていない俺はこれから急いで向かう場所もないので、ゆっくりと片付けをしている。

 そんなのんきな俺を横切って教卓前に行くと、瑠璃が乱雑に積み上げられた提出冊子を数え始めている。


「瑠璃ちゃん、本当にいいの?」


 そんな様子を見て、残っていた男子が声をかけている。


「うん。放課後は私、特に用事ないから。優しくしてくれるのも嬉しいけど、部活頑張って欲しいな。運動頑張ってる人ってカッコいいから」

「そ、そっか! じゃあその言葉通り、部活頑張って来ようかな!?」

「うん、頑張って。応援してるから」


 瑠璃にそう言われ男子は、張り切った様子で部活へと向かっていった。

 そんな様子を見送って、瑠璃はふぅっとため息をついた。

 いつも浮かべている控えめな笑顔からすっと真顔に戻ってしまった。

 昼間は強いやつと思っていたが、やはり厄介事に巻き込まれているということは、誰にとっても想像以上に体力を削られるということらしい。


「……? 悠太帰らないの?」

「え? えっと……。もう帰るところ」

「そっか。気を付けて帰りなよ〜」


 瑠璃の方を見ていたことに気が付かれてしまい、いきなり声をかけられたことで戸惑ってしまった。

 とっさに帰ると口にすると、瑠璃は軽く頷きながらそう言って、再び提出冊子のチェックを行い始めた。

 重い冊子は、10冊一気に持ち上げるのも一苦労といった感じで、しかも出席番号順に並べたりと普通に大変そうな様子。

 昨日聞いた妹の話もあって、一人で作業をする瑠璃を放って帰る気には、ならなかった。


「ん? どうしたの?」

「手伝うわ。俺もやれば単純計算で時間が半分になるだろ?」

「どういう風の吹き回し? それにさっき、手伝い断ってたの見てたでしょ?」

「俺の場合はお前とお近づきになりたいとか言うのじゃなくて、妹が世話になってる借りを返す意味で手伝う。それなら断る理由にならないだろ?」

「海咲の件は、私が好きでやってるだけって言ったのに……」

「なら、これも俺が好きでやるということで……」

「何それ。流石にキモくない?」

「確かに……。なんで男がこういうときに言うとキモくなるんだ?」


 瑠璃の言葉を借りてちょっと格好を付けたように変動してみたが、指摘されたとおり絶妙なキモさだけが後味として残ったことが、嫌というほど分かってしまった。


「ふふ……。あはは! やっぱり悠太は面白い!」


 真剣に凹んでいると、また耐えかねたように楽しそうに瑠璃が笑い始めた。


「じゃあ、お願いしようかな。私こっち側やっていくから、悠太はそっち半分やってもらっていい?」

「了解」


 その後は、冊子の提出状況をチェックするのことと、出席番号順に並べる作業を行った。

 先程までは話していたのに、作業を始めると特に会話をすることもなく、黙々と作業をしていく。

 約15分ほどでチェックや整理ができたので、職員室まで運ぶことにした。


「二人でも一度で運ぶのは、無理そうだね」

「俺が15冊、瑠璃が5冊くらい運ぶことにしよう。それなら二回で運びきれる」

「え、15もいける? 結構重いけど」

「部活はしてなくても、一応男子ですよ? 舐めないでいただきたい」

「へぇ〜」


 意気揚々と持ち運んだが、想像以上の重さと階段の登りがあって、一回目の運搬だけでかなりへばってしまった。


「だ、大丈夫? 私もうちょっと持つから。流石に15冊はきついって」

「いやいや……。自分から言い出して、これぐらいでへばるわけには……」


 こんなに部活をしていないことで体力は落ちるものなのか。

 今後控えている体力テストで、結果がはっきりと落ちているだろうから、目にするのが怖い。

 割と本気で心配そうに瑠璃にされているのが、瑠璃に対してどうのこうのという問題の前に、単純に情けないとしか言いようがない。

 何とか意地を突き通し、フラフラしながらも二度目の運搬も無事乗り越えた。


「よし、終わったか……」

「お疲れ様」

「なかなかにハードだったな……。これを女子一人でやるのは面倒すぎるやろ」

「うん。正直、手伝ってくれて助かった。ありがとね」

「お、おう」


 何かいつも媚びた甘ったるい話し方をしているやつが、急に普通の口調でお礼を言って来ると調子が狂う。


「さて、帰るかね」


 時刻は四時半を過ぎて、至るところで掛け声や楽器の音など部活をしている音が響き渡っている。


「私も帰ろっと」

「今更だけど、部活してないのか?」

「してないよ」


 瑠璃に関しての情報はあまり聞かないようにしていたので、部活に所属しているかなど全く知らなかったが、やっていないらしい。


「そうなのか。まぁそれなら気をつけて帰れよ。じゃあな」

「え? 一緒に帰らないの?」

「は?」


 こいつは何を言っているのだろうか。


「どうせ帰る方向同じなんだし、このまま一緒に帰るってのは?」

「何でそうなるんだ。妹のことやら、一人でやるキャパじゃないと思ったから手伝いはした。でも、一緒に帰るは話が変わってくるだろ」


 というか、妹の話からしてこいつは今、彼氏持ちのはず。

 どういう考え方したら、他の男と二人で帰ろうとか言う恐ろしい考えに至るのか。


「……そりゃそうだよね。ごめん、変に足止めしちゃって。また、明日ね」


 俺が言った言葉を聞いて、瑠璃はいつもの顔と全く違う表情をした。

 いつもように余裕を感じるのような表情ではなく、少し視線を落としつつ、小さな声でそう口にした。

 そんな瑠璃の様子を見て、何故か俺がとても悪いことをしているように感じてしまう。

 何故にこいつは、こんなに辛そうな雰囲気を出すのか。


「ま、まぁこういうことも滅多に無いし、今日ぐらいは一緒に帰るか? 妹にいい話題ネタになりそうだしな……」


 先程あれほど突っぱねておいて、瑠璃の雰囲気に何か罪悪感を感じてやっぱり一緒でもいいなんて、言えないと思った俺は、妹をダシに使って無茶苦茶な言い分で誘い直してしまった。


「うわぁ、本当にシスコンでキモいね」

「うるさいわ! で、どうするんだよ!? 一緒に帰るのか、帰らないのか!」

「じゃあ、一緒に帰ろ?」


 先程までの落ち込みから一変、明るく楽しそうな表情になった。

 こんなに人って、短時間で表情がコロコロと変わるものなのか。

 俺もそこらへんの男子同様に、遊ばれているのではないか?

 色々と頭の中で混乱しつつも、俺たちは教室を出た。


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