第6話「クラス内でのちょっとしたこと」
春休みにだらけ続けてきた代償のしんどさと戦いながらも、何とか午前の授業を終えた。
「授業全然分からーん!」
「それは分かる。新学期始まってこんな勢いだと結構ヤバイよな」
陸人がそんなことを言いながら、昼食をかき込んでいる。
「部活も赤点取ると出来なくなるからなー……。何とかしないと」
「有田さんに教えてもらったらいいじゃん。お家デートってやつ?」
「勉強するならデートって言わないし……。それに、晴香もそんなに勉強出来ないし」
「文句多すぎるぞ。それでも有田さんは赤点とか取らないし、安定してるからそのレベルになれるようになっとけよ」
有田さんの学力に物申している陸人だが、その前にこいつ自身がこのまま行くと赤点を取りそうな悪い予感がしている。
「二人っきりで誰も見てない。集中出来ると思うか?」
「分かった分かった! もう俺にこれ以上二人のプライベートを想像させるな!」
陸人に悪気は無いんだろうが、こういう話になると俺の心が保たなくなる。
とにかく、仲が良くて微笑ましいというコメントしか出来ないし。
「ということで、悠太教えてくれ〜」
「お前に教えても、真面目に聞かないじゃん……」
一年の頃も何度か陸人の勉強を見ようと試みたが、あんまり改善しなかった。
救いたい気持ちはあるが、ここばかりは本人の努力次第としか言いようが無い。
「テスト週間になったら、真面目にやるから〜」
その発言、一年の頃もしていたがな。
「分かった。最低限、何とかなるように考えておく」
「おお! 持つものはやっぱ友だな!」
「ただ、ちゃんとやらなかったら有田さんからお仕置きしてもらうとするか」
「え!?」
「お、いいねそれ。いい加減、陸人がやばいって感じてたんだよね〜」
そんな話をしていると、有田さんが話に混ざってきた。
そうなってくると、話が早い。
「ということで有田さん、陸人に効くきついお仕置き考えといてもらっていいです?」
「オッケー。任しといて」
「マジかよ……。こんなところで悠太と晴香が連携しなくていいんだって〜……」
陸人が項垂れる様子を横目に、昼食を取る教室内を見渡した。
それぞれが気の合うグループで、楽しそうに食事を取っている。
そんな教室内に、瑠璃の姿は無い。
「悠太、どうかしたの?」
「え? いや、何でもないですよ」
そんな俺の様子を気にして、有田さんに声をかけられてしまった。
というより、何故にあいつのことを気にしているのか。
ちょっと話をしただけで、意識している自分がいることを知って、内心激しく萎えてしまった。
「おっと、みんなお昼ご飯中だったな!」
リラックスした雰囲気の教室内に、担任教師が入ってきた。
「先生、どうかしました?」
「それがな、今日集める予定だった冊子あっただろ。朝集めるのすっかり忘れてたから、6限目の授業が終わった後に誰か集めて職員室まで持ってきてくれないか?」
「先生帰りのショートHRの時に来ますよね? その時に集めたら良くないですか?」
「それなんだが、ちょっとその時間ここに来れなくてな……」
高校の教師は非常に多忙で、放課後前のショートHRに顔を出せないといったケースも別に珍しくない。
ただ、クラス全員の冊子を集めるのはなかなかに面倒。
その上、一冊あたりそこそこな重さがあり、クラス全員40人分を運ぶとなるとなかなか大変となる。
放課後さっさと部活や帰宅したい生徒ばかりで、誰もやりたがらない。
みんなそれぞれ他の人がやらないかと辺りを見渡している時に、ちょうど瑠璃が教室に戻ってきた。
「あ、弘瀬さんはすごく信用できる人なので、弘瀬さんに任せたらいいと思いまーす!」
「え……?」
教室に戻ってきた瑠璃を見た女子のグループから、そんな声が出た。
声を出したのは、男の俺から見てもかなり気の強そうな女子のグループで、瑠璃に皆が嫌がる仕事を押し付けようとしていることは、すぐに分かった。
いきなり名指しされた瑠璃は、戸惑ったような声を出した。
「おお、弘瀬か! 確かに信用できるな! 今日提出する冊子あっただろ? 放課後、集めて持ってきてくれないか?」
だが、担任教師はそんな嫌がらせの意図が含まれているとは全く気が付くこともなく、女子たちの提案を受けて、瑠璃に役割を持ちかけた。
「ああ……。じゃあ、やります。提出場所を作って、放課後までに皆が出してもらえるなら」
瑠璃は笑顔でその役割を引き受けた。
「弘瀬、悪いな。じゃあ皆、ここに提出ボックス用意しておくから、ここへ放課後までにきちんと提出してくれな」
「ちょっと待って下さい!」
瑠璃がすんなり引き受けた事で、サクサクと話が進んでいく中で、男子の一人が待ったをかけた。
「どうした?」
「今回提出の冊子って、結構な重さがありますよね? 瑠璃ちゃん一人では辛くないですか? 俺も手伝います!」
さっきまで誰も手を挙げなかったくせに、瑠璃がやるとなった途端、自分から名乗りを上げ始めた。
それを見て、さっき瑠璃の名前を出した女子たちが面白くないといった顔をしている。
「ううん、いいよ。部活あるんだし、別に放課後なら急がなくていいから」
「で、でも……」
「弘瀬、確かに女子一人じゃきついかもしれない。大丈夫か?」
「はい。きつかったら何回かに分けて運びますし、皆は部活があるので、その邪魔はしたくないです」
名乗りを上げた男子に、「ありがとうね」といつもの控えめな笑顔でお礼を言いつつ、一人で行うことを伝えた。
「じゃ、弘瀬。悪いけど頼むな。ゆっくり運んでもらったらいいから」
「はい」
そう言うと、教師は急ぎ足で教室から出ていった。
よく分からない微妙な空気に包まれた教室内で、気にすることも無く、瑠璃は自分の席に座った。
徐々に皆も食べる手を進めたり、話をしたり昼休みの雰囲気を取り戻し始めた。
「弘瀬さん、流石に女子から嫌われてるとはいえ、あの押しつけはひどくないか?」
陸人があんまり快くないといった表情をしている。
陸人は、人に対する悪意のある関わり方を特に嫌う性格なので、異性のこととはいえ不快に感じたらしい。
「確かにね。私も好きじゃないけど、嫌なら関わらなければいい。わざわざ嫌がらせをしようとする神経は、理解出来ないかな」
有田さんですら、先程の女子の嫌がらせは不快に感じたらしい。
女子に嫌われているのは分かっていたが、ここまで瑠璃がアウェーな状態だとは全く知らなかった。
トラブルは起こしてくれるなと言ったが、瑠璃が何もしなくてもトラブルに巻き込まれている。
それでも表情を変えないあいつを見て、もう慣れたのか元々強いのか、普通に凄いと感じてしまった。
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