第4話「瑠璃を疎む俺と信頼する妹」

 帰宅すると、シャワーを浴びてすぐに昼寝をした。

 来週からは午後もしっかりと授業が始まって、こうして寝ることも出来なくなるので、寝る癖がつきかねないこの行為はよくない。

 しかし、新学期早々に色々とあったことは想像以上に俺の体力を削っていた。


「瑠璃……か」


 もうその名前を呼ぶことはない、と思っていた。

 小学校の頃は、いつも近くにいるのが当たり前で名前を呼ぶことが当たり前だった。

 中学になっても、呼び合う頻度は少し減ってきても何気ない話をして、何の気を遣う必要もなかった。

 まさに幼馴染―。という存在だったと思う。


「……何でこんな感じになっちまったんだろう」


 今日、あのように再会してそっけない態度をとったが、あいつと距離感が出来た原因は……。

 そんなことを考えながら、横になっているといつの間にか眠ってしまっていた。



「起きんかーい! いつまで寝とんじゃこらー!」

「ぐふっ!」


 眠っていた自分を起こしたのは、それなりの重量のあるものが体の上にのしかかってきたからである。

 のしかかってきたのは、妹の海咲。寝ている間に、帰ってきたらしい。

 

「……止めてくれよ、海咲。ってかお前、重いぞ」

「はぁ? 一番女の子に言ったらいけないこと、普通に言うじゃん。最低」

「だったら、ちょっとは起こし方考えてくれよ……」

「新学期早々、部活もしないで昼から爆睡してる方が悪いんじゃない?」

「それ言われると、なんも言えねぇな……」


 確かに怠惰の塊と言われても仕方がないと自分でも思う。

 現在、妹は中学三年生。部活は家庭科部で、日々女子力を鍛えている。

 大会とかは無いが、もしかすると裁縫とかそういうジャンルで、コンクールみたいなのがあるのかもしれない。

 あんまり聞くと嫌がられそうなので、具体的には聞いてない。


「新クラスになっていきなり何かあったの? すっごくうなされてたから、普通に心配になったってのもあった」

「マジで?」

「うん。すごい顔しかめて唸ってた」


 悪夢を見たような記憶は無いが、唸っていたのは間違いなく、今日起きたことが影響している。

 想像以上にインパクトがあった、ということなのだろう。

 

「……何があったの? 今はお父さんもお母さんもいないから、まぁ兄妹同士腹割って話しよ?」

「お前は何も話さんだろ」

「あ、バレました?」


 予想通りだが、単純にこっちの話が聞きたいだけらしい。


「……瑠璃と同じクラスになってな」

「マジ!? 瑠璃姉ちゃんと同じクラスなの!? すっごくラッキーじゃん!」

「……」


 こいつはおそらく、瑠璃の今の現状を知らない。

 当然だが今、高校で瑠璃がどういう存在になっているかについての話は、一切するつもりもない。


「ま、瑠璃姉ちゃんの可愛さ異次元だからね~! しかも優しいし! ドキドキしすぎて、精神的に疲れたということか! 贅沢ものだなぁ~!」


 半分合ってて、半分間違っている。

 というか、精神的に疲れているという結論だけが正解していて過程は全く違うので事実を言えば、おぞましく間違っている。


「まぁ……そういうことなのかな」


 色々と話し出すと、面倒なことになるので一応肯定しておく。


「まぁ妹の私の目から見ても、兄さんは瑠璃姉ちゃんのことすごく好きになってたもんね~! あれから時間が経ったとはいえ、やっぱりそりゃ心動くよね」

「……」


 妹の言う通り俺は中学時代の時、瑠璃のことが好きだった。

 妹にすらあっさりと気づかれるくらいにはあからさまだった。

 今はもちろん好きではない。

 と言うか、最近変わりすぎて怖いので、今日少し話をして改めて関わることだけはやめておこう、と思った。


 でも、心が落ち着かなかった。


 今日の朝、結果として自分自身で答えを出してしまっている。

 こればかりは言い訳とか無しに、妹の言い分が正しいと認めざるを得ない。


「気になるなら、今からでも連絡とってみればいいのに~。連絡先、教えてあげるからさ」


 俺が、瑠璃に想いを寄せていたという過去も知っていれば、全く関わらなくなってかなりの距離感が出来てしまっていることも、妹は当然把握している。


「は? それはねぇよ。もう二度とまともに話すことなんてあるもんか」


 妹の何気ない提案に、ぼちぼち荒い口調でとっさに返してしまう。

 そしてその言葉を発した約一秒後には、ムキになっている自分に気が付いてまた気分が萎えてくる。


「いつまでもうじうじ気持ち悪いなぁ。なーんでこんなのかなぁ。そんなに顔は悪くないと思ってるけど、そんな性格じゃ一生彼女なんてできないだろうね」

「……うっせ。分かってるよそんなこと」


 妹に核心を突く一言を言われてしまった。


「まぁ別に、兄さんがどうなろうが知ったこっちゃないけどさ。私は瑠璃姉ちゃんと今もやり取りしてて、定期的に遊びに行ってるし」

「マジで!?」


 普通に初耳だった。


「うん。瑠璃姉ちゃんって、なんでも話聞いてくれるし、おしゃれだし、勉強も教えてくれるし!」

「遊びにってどこに行ってんの?」

「え……。普通にショッピングとかだけど」

「ああ、そう……」


 変な遊びを教えられていないか不安になったが、その辺りは普通に学生らしい過ごし方を妹とはしてくれているらしい。


「何~? さっきから本当に反応がキモイんだけど。そんな気持ち悪い雰囲気で、瑠璃姉ちゃんに話しかけたり絶対にしないでよね。私まで嫌われちゃう」

「だから関わる気がねぇって言ってるだろ」


 さっきムキになった自分に嫌気がさしたのに、また荒っぽい言葉を妹に投げかけてしまっている。


「あっそ。まぁ兄さんがどんなに拗らせようが何をしようが、瑠璃姉ちゃんには彼氏がいるしね~。現実を知るより、そうして方がダメージが少ないだろうし、そうやってうじうじしていたらいいよーだ」


 そう言うと、妹はそのまま俺の部屋から出て行ってしまった。

 結局、あいつは俺を起こしに来て、喧嘩をするだけで出ていってしまった。

 うなされていることに心配してくれたのに、俺との言い合いに苛立って、その勢いで出て行ってしまった。

 ただ、妹は口調や声を荒っぽくすることなく、淡々と俺に対して事実だけをぶつけてくるから、まだ俺よりも格上としか言いようがない。


 「だっさいな俺……」


 学校に居ても、家に居ても自分の弱さと器量の狭さに嫌気がさす。

 とにかく自分の事が、どんな言動をしていても嫌になる。

 自分の事を客観的に見ることも大事だし、自分の事を前向きに捉えることやよいと思える点も意識できない。

 はっきりと言って、どうにもならない。


 「……兄さん」

 「ん?」


 負のオーラに包まれてそのまま横になっていると、開いたドアの隙間から妹が顔をのぞかせている。


「言い過ぎたかも。ごめん」

「……いや。お前に言われたことは全部事実だし、そういうことをしっかり言ってくれるのはお前だけだし」


 基本的にはこんなことを言われる前に、みんな関わるべきではないやつだと離れていってしまう。

 しっかりと言ってくれるやつもいるが、そういうやつはごくまれで本当に心が優しく良い人でしかない。

 

「……妹の私がさ、こんなこと言うのも生意気だって分かってるけどさ。瑠璃姉ちゃん、変わらず優しいよ?」

「そうか……。お前はしっかり優しくしてもらったらいい」


 悪い遊びや、変な人との関わり方を教えられたりしていないのであれば、妹にとって姉のような存在で、頼りになるだろう。

 同性同士で話しやすいことや、兄である俺には話しにくいことも気軽に話せるだろうしな。


「……兄さんも、これを機にちょっとだけ瑠璃姉ちゃんと話してみたら?」


 妹は、今の瑠璃をと高校で話をするということがどういうことを意味するのかを、全く知らない。

 それに加えて妹の話す言葉は、単純に恋をしていた兄のことを気にしてくれている優しい言葉であることは、情けない俺にでも十分に分かった。


「……そうだな」


 そんなことを感じ取った俺は、そんな妹の提案を前向きに考えると取れる言葉を発することぐらいしか、まともな結論が出せなかった。


「ほら、私の勉強教えてくれてるって言ってたでしょ! そのおかげで、学年順位15位だよ!?すごくない?」

「マジか、めちゃくちゃすげぇじゃねぇか!」


 妹はかなり勉強が嫌いで、自頭の良さがあるのに全く勉強しないので学年全体で中の下位を彷徨っていて、塾に行かせても全く効果がなくて親も頭を抱えていたというのに。


「なるほど……。最近飯食ってるときに成績の説教がないなとは思っていたが、そういうことだったのか」

「うん」


 親の悩みようや、妹自身も親からの説教でストレスが溜まってしまっていつか爆発しそうな気もしていたので、その家族喧嘩の危機から救ったのはまさかの瑠璃らしい。


「だから兄さんからもお礼、言っといて。そこから話せそうなら、話してみたらいいと思うし」

「分かった。そんなにうまくやってくれてるなら一言言っとかないとな」


 俺がそう言うと、妹は嬉しそうな笑顔を浮かべてドアの隙間からさっと姿を消した。


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