第1話「早すぎる災厄」

「えー、冷たいじゃん。久々の再会なのにさぁ」

「……逆に今更、話すことあるか?」

「ふふ、そういう言い方は変わらないねぇ」


 楽しそうに笑う瑠璃の姿は、男子の心をあっという間に奪ってしまうだろう。

 ただ、俺にはそういう感情は一切起きない。

 何故かというと、こいつはモテることをいい事に色んな男と付き合っている噂が常に絶えない。

 同学年の男から、先輩に当たる年上の男、学校外の男まで相手は様々。

 すでに色んな男と“ヤッた”的な噂も多い。

 ……まぁ、有田さんも陸人とそういう関係にまですでになってるみたいだし、四天王ファンの特に人気の二人がすでに男に抱かれてるって認識は割と男子の中で広がっていたりもする。

 ……まぁ、俺のようなうぶなやつは考えると心が病みそうになるので、考えないようにしてるけど。

 そんな理由もあって、コイツが何を考えているのか分からない恐怖に近い感情と、取り敢えず関わりたくもないという感情が強い。

 かつて遠い昔、仲良くしていたような記憶もあるが、その頃とは全くの別人だ。


「そんなに人は簡単には変わらんよ。お前がおかしいんじゃない?」

「ひどいなぁ。ひっさびさにこうして幼馴染としてお話出来てるのにさぁ」

「勘弁してくれ。あやよくばお前のことをって狙ってる男に、目をつけられるのは勘弁して欲しい」

「そんなの大丈夫でしょ〜」

「大丈夫なわけ無いだろ。ってか俺の相手してないで、次の男の品定めでもしてろよ」

「ひっどぉ。どんだけ私のことビッチだと思ってんの?」

「それ以外の何があるってんだ」

「んー、ちょっとだけ付き合った男の数が多いってだけよ」

「……お前がそう思うなら、もうそれでいいや」

「ウブな反応するねぇ」


 こうして面を合わせて話をするだけ、こいつのペースに飲まれていく。

 控えめながらも楽しそうに笑うこいつの姿に惑わされる気持ちが分かるような気がしてくるのだ。


「……ま、敵を作るのは勝手だけど、クラス内で戦争だけは起こしてくれるなよ」

「起こしたときは守ってやるよ、って言ってくれないんだ?」

「そういうのはお前のことを狙ってる男にでも可愛くおねだりしてろよ」


 それだけ言って、2年3組の教室へと足を運ぶ。

 その後を追ってくるような様子はない。

 数分間喋っただけで、どっぷりと疲れた。


「二年余りってとこか……」


 中学二年の終わりから瑠璃と全く話さなくなって、今に至る。

 およそ二年余りの歳月、メッセージアプリの連絡はどころか、面と向かって話もして来なかった。

 ただただ、あいつのあまり良くない噂を聞く頻度だけが増えてきたと感じ、遠い存在になったという事実だけを受け入れていた。

 そんな時に、まさか同じクラスになってしまうとは。


「もう知らないやつと変わらない。特に気にするようなやつでも無い」


 そう自分に言い聞かせながら、教室へと向かった。

 教室に到着して、自分の席についた。

 教室内では、そこそこの生徒がすでに投稿してきており、席について荷物の片付けをする人や近くの席の人と話をして盛り上がっている人もいる。


「ふぅ……」


 そんな一息をついたときだった。


「そんなに私と話したの疲れた?」

「おわっ!?」


 がたっと後ろの席が動く音とともに、再び瑠璃の甘ったるい声が聞こえてきて、思わず飛び上がった。


「ふふ、いい反応するねぇ。可愛い」

「な、何でここに座るんだよ!」

「そりゃ、ここが私の席だからに決まってるじゃん」

「お前の……席!?」

「そんなに珍しいもないでしょ。あんたが原田、私が弘瀬。普通にあり得る話でしょ」

「た、確かに……」


 まさかこいつが後ろの席だとは。

 おそらくどんなに早くても、席替えは一ヶ月くらい先になるだろう。

 それまでこいつが席の後ろ?普通に背筋が寒い。


「もしかして、後ろからイタズラされるーとか考えちゃったりしてる?」

「そんなことは考えん。でも、常にお前の視界に俺が入ってるってことが普通に嫌」

「ふーん。相変わらずよく分からない言い回しするね」


 そんな話をしている間も、チラチラと瑠璃のことを見る男子の姿が見られる。

 こうして話をしていると、すごく目立つ。

 これ以上話をする気にならなかったので、返事はせずに荷物の片付けを行う。

 未だに色々と頭は混乱しているが、これ以上関わらなければ、自然と落ち着いてくるはず。


「瑠璃ちゃんだよね? これからよろしくねー!」

「うん、よろしくね」


 俺と瑠璃の話が終わったのを見て、すかさず男子が話しかけに来たようだ。

 明らかに下心丸出しな声掛けだが、正直こいつがフリーのままだと、何かまた話しかけられたりして目立ちそうだから、意外と助かる。


「悠太ぁ! 同じだな!」


 そしていいタイミングで、陸人と有田さんが教室に入ってきた。


「だから同じになるって言ったろ?」


 そんな話をしていると――。


「わぁ、陸人君も同じクラスなんだねぇ」

「お、おお……。弘瀬さんか。同じクラスになったんだね」

「うん。これからよろしくね?」

「う、うん。よろしくな」


 先程声をかけてきた男子と話を済ませた瑠璃が、話の中に入ってきた。

 俺と話すときよりもより甘ったるい声になったような気がして、鳥肌が立ちかけた。

 こいつ、人によってトーンを変えてやがる。


「ちょっと陸人。この女に返事なんてしないでよ。どんな女か分かってんでしょ!」

「いや、そう言っても普通に挨拶されただけだし……」

「そういうところから引っ掛けようとするんだってば!」


 もちろん、有田さんが黙っているわけがない。

 すかさず、声に少し荒らげながら彼氏に受け答えしないように言いつける。


「あらあら、有田さんを怒らせちゃったみたい。ごめんね? 彼氏さんを取るつもりはないから」

「……一生陸人に、声を掛けたりしないで」


 かなり有田さんが怒ってる。

 開幕二分くらいで、ここまで人を怒らせるのもなかなか出来る事でもない。

 ただ、そんな怒っている有田さんの様子を見ても、余裕のある表情を崩さない。


「それは無理なんじゃないかなぁ? 普通にクラスメイトとして、ね?」

「も、もうそれくらいにしとけ!」


 新学期新クラス早々、女子二人がガチ喧嘩しかも美人四天王トップ2がしたとなると、とんでもない話になる。

 余裕のない有田さんを見て、陸人も若干焦ってるし、関係性を崩壊の引き金になりかねない。

 そう思った俺は、だんまりを決め込んでいたが、たまらずストップをかけた。


「悠太に止められちゃった。でも、陸人君と悠太がお友達なんでびっくり。悠太、いい友達がいるね♪」

「「悠太……!?」」


 陸人と有田さんが揃って呼び捨てをすることに、驚きの声を上げた。

 この瞬間、一気に話が拗れてしまったことを察した。

 一時間前、呑気にトーストをかじっていた自分に言い聞かせたい。

 今日は、“災厄”だから気を引きしめろ。そして、母親の言っていることを素直に聞いて早く登校しろと。

 もはやそんなことを思ったところで、何の意味も無いのだが。


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