2.
「貴方はなんだと思いますか? 」
飛び跳ねるのをやめて、黒髪ツインテールの女性はこちらを振り向いて、驚きもせず聞き返してきた。異常に白い肌に白い襟付きシャツ、黒ジャージ上下で足も黒い運動靴。キリッとしたややつり目が特徴的な可愛らしい見かけによらず、少し低い声だった。
「あ、すみません突然失礼しました、続けてください邪魔してすみませんでしたそれでは……」
この場を離れようとして足を動かそうとするも、
「声かけてきた割には逃げるの早いんですね。やばい、変なやつに声かけてしまった、とかですか? 」
「……! 」
気が強そうな芯の通った声が足を止めさせた。
「そんなんだから、心を見透かされるんですよ。もっと自分の意見を言えばいいじゃないですか! 」
「あ、はい……」
真を射抜かれてぐうの音も出ない。確かにそうだ。嫌です、と一言言うだけで断れたのに、それが言えない。だからいつまでもいい駒扱いされているんだ。
「図星ですか? ……ったく、そんなんだからうちの子が行くんですよ」
「うちの……? 」
「あぁ、気にしないでください。それより……突然こちらも口を出して申し訳ありませんでした。つい聞こえた独り言に反応してしまって」
何も彼女は謝る事はしていない、こちらが発したのが発端だ。
「それで? なんだと思います? 」
「え? 」
「さっき私がやってた事です」
「あぁ……ケ、ケンケンパ、ですか? 」
この辺りは夜はほとんど誰も通らない。歩いていたとしても犬の散歩くらいだ。声を出して騒いでも怒る人などそういない。
「そうです。貴方が思うように、人通りがない環境なので練習にもってこいだったんですが……貴方に見られたからには仕方ありませんね。他をあたります」
「あぁ、す、すみません、ご迷惑をおかけいたしました! し、失礼致します! 」
困った顔でツインテールの先をクルクル巻く女性に頭を下げ、走ってその場を後にした。
「……
「……」
公園の角を曲がる時に、微かにさっきの女性が誰かに話しかけるような声が聞こえた。
家までの道のりでさっきの言葉を整理する。何より、名前も教えていないのに何故さっき分かったんだろう。やっぱり変な人に目をつけられてしまったのかもしれない。不審者だと思われたかもしれないが、夜中に昔遊びをする女性の方が……いや、もしかしたら教師で生徒に教える練習をしていたのかもしれない。きっと何か鞄から出ていたハンカチか何かを見て名前を見たのかもしれないし……。
なんとか家まで辿り着いた。鍵を開ける時に、手首に切り傷ができているのに気がついた。
昔からよく変な所に傷ができる。一番驚いたのは、小さい時に長ズボンを履いて寝たのに、朝起きたらふくらはぎに三十センチくらいの傷があった時だ。大人になってからは最近できていなかった。先週風が強かったせいか、用事があると言った同僚を恨んだりしたせいか、分からないが、手首に怪我するようなことはしていないはずだ。
缶チューハイを冷蔵庫に入れて冷まし、弁当をレンジで温めている間に、テレビをつける。因果応報系のドラマや恋愛系ドラマ、今日はドラマがやたらと多い。
今日は唐揚げ弁当にした。最近弁当に飽きてきたので冷凍食品に手を出そうかと思う。米は最低限なんとか炊けるが、手料理を作る余力がない。家に帰り着くだけで力尽きているのに、今日は正体不明な女性に会ってもうライフはゼロに近い。
弁当を食べながら手帳を開き、明日の予定を確認する。まだ会議まで日にちはある。今日の分の報告書は終わったが、今度は会議の際に配る資料を作らなくてはいけない。また明日も残業な気がする。
「はぁ……。……あれ? 」
チューハイを飲む前につまみを食べようとレジ袋を漁って、買い忘れたのを思い出した。ティッシュも残り少ない、面倒だがないと困るので買いに行くか、でも……
「またさっきの人がいるんじゃねーかな……」
できたら会いたくはないが、何者なのかも気になるし、また行ってみるか。
帰りに立ち寄ったコンビニに行くために、先程の道をまた歩いた。相変わらず人通りは少ない。先程女性がいた公園に辿り着いた。中に入って確かめてみたが、黒髪ツインテールの女性は既に姿はなかった、ケンケンパをするのに書かれていた丸も残っていない、さらに公園の砂も踏まれた痕跡がなかった。
「……? 」
さっきの女性は何者だったんだろう。気は強そうだったけど、綺麗な人だった。
コンビニで箱ティッシュとさきいかを買って帰り、冷やした缶チューハイを飲み始めた。アプリを開くと、いつも朝聴いている女性の新しい動画が更新されていた。再生してみると、今日の曲もしっかりとした声量、かつ歌詞に合わせた強弱、とてもアマチュアとは思えない素晴らしい歌声だ。
「流石です、素晴らしい……」
明日からも頑張る糧ができた、ランキングで上位になってきて彼女の素晴らしさが広まっているのは嬉しいが、有名になるのも少し寂しい。彼女が変わらないといいな、変な方に。
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