第9話 ルクソール行き寝台列車にて


 乗務員が慌ててどこかと連絡を取り、ひとまず死亡確認がなされていた。そして死体にシートがかけられ、割れたガラスはそのままに部屋は閉じられた。

 パッと見であったため、俺は死んでいた人が本当にムハマンドだったのか確信が持てないでいた。その時は確かにムハマンドに見えた。髭にセンスの悪いサングラス。シャツの色も似ていいた。しかしアラブ人、それだけで見分けるのは難しい。

 その後、乗務員は俺たちに英語でいろいろと質問してきた。死体のあった客室に隣接していれば、真っ先に疑われるのも仕方がない。しかも現在のところ、死んでいたのは乗客名簿上はデニーさんってことになってる。まずはこの誤解を解くところから始めねば。二人と相談し穏便に済むよう、俺たちは乗務員に協力することにした。


「パスポートを見せてください。」

「名前は?」

「新垣デニー、デニちゃんって呼んでもいいのよ。」

「あ~、デニちゃん、国籍は?」

「日本よ、ハーフだけどね。」

「乗客名簿によると、あなたの泊まっている客室には乗車記録がないのですよ。」

「どうやら乗り遅れたようで、客からクレームが来ていてちょっとした問題になってましてね。」

「何故あなたは隣の客室にいたのですか?」

「やだ~、間違えたのよ、よくあることでしょ~。」

「あなたの部屋で死んでいた男は知り合いですか?」

「アラブ人に知り合いはいないのよ。」

「なにか不審な物音とか、気づいたことはありませんでしたか?」

「この列車揺れがひどかったんだけど、いつしかそれが心地よくなって眠ってたわ。」

「気づいたら朝で、列車が止まってたから確認に廊下に出たのよ。」

「アオイ起こしてコーヒー持ってきてもらおうと思ってね。」

「そしたら、ちょうど客室から出てきたアオイに会って、今に至るって訳。」


 乗務員は必要なことの確認が取れたのか、その場を離れていった。

「皆さん念のために、ルクソールに到着するまで部屋から出ないでくださいね。」

と言い残して。


「あの人、殺されたのかしら?おいたわしや~。」

「そうだとしたら犯人はどこに消えたのよ。」

「本当にムハマンドだったのか気になるな。」

「アオイさん、とっさだったんだけど、死体と部屋の中の写真撮ってたや~。」


 さすが葉山さん。こういうことには慣れてるのかな。さっそく写真を確認したところ、やはりムハマンドで間違いないようだ。写真をよく見ると、上着のポケットに携帯電話らしきものが映っていた。俺はさっそくムハマンドに電話をかけてみた。


「アオイ、ちょっと待つのよ~。」


 と、静止されたが間に合わず俺は電話をかけてしまった。直後に自分がやらかした事に気が付いた。その時、死体のあった部屋から電話の着信音が聞こえてきた。やはりムハマンドの携帯にかかったようだ。それと同時に、携帯を調べられると俺とムハマンドの繋がりが知られてしまう。容疑者の完成である。無論、調べられてマズいことは何もないのだが、ここでトラブルに巻き込まれることは極力避けたい。


「やってしまった。早まったな。」

「アオイ、やってしまったことは仕方ないのよ。時間はもどらないわ。」

「この場合にやるべき事は一つなのよ。」

「客室に侵入して携帯を奪うのよ~。」

「いざいかん、死体置き場。」


 結構深刻な事態にもかかわらず、デニーさんはイキイキとしていた。

「ついでに現場検証もして、密室殺人の謎を解くのよ~~。」

これが高まった女子力というやつなんだろうか。


 死体のある客室のドアはすんなり開いた。あろうことか乗務員は施錠を忘れていたようだ。まさか好き好んで死体のある部屋に入るなんて考えもしなかったのだろうか。

「そういえば、乗務員は部屋から出るなっていってたや。」

「リーフ、そんな細かいこと気にしていると問題にのまれるわよ。」

「アオイはそこで見張ってて。」

「リーフは監視カメラとかないか調べてみて。」


 デニーさんって一体なんの職業なんだろうか、なんか手際がいい。

「どれどれ、カメラ無しっと。」

「電磁波に赤外線、その他のトラップありません~。」


 デニーさんと葉山さんは客室に入っていった。俺は部屋の前で見張りである。この図式だけみると、明らかに盗賊団とかそのたぐいだ。


 二人は器用に死体にかけられたシートをめくった。そして、目を閉じて死んでいるムハマンドと思われる死体は、死後硬直が始まっているのか二人には時折痙攣しているように見えた。


「おいたわしや。生き返らないでしょうね~。」


 デニーさんがムハマンドの顔を覗き込んだその時、ムハマンドのまぶたがゆっくりと開かれた。

「きゃ~、生き返ったわ。」

「リーフ、ゾンビの対処法至急調べて~。すぐによ。」

「ふむふむ、呼吸音無し、顔には死斑っと。」

「デニーさん、これってたまにあるんですよ。死んだ後、乾燥で瞼が動くんです。」

「リーフ、さすが冷静ね。」


「気を取り直して。まずは携帯電話ね。」

「リーフ、ポケットから出ている部分をつまんで回収するのよ。」

「他に触らないようにっと、取れました~。」

「足元気を付けてね、血が乾いてきて足跡残るわよ。」

「次は死因を調べるわよ。」


 二人は死体に指紋を残さないように気を付けながら、まずは出血箇所を探していった。

「ふむふむ、出血箇所は首の傷かな。右側がざっくり裂けてるや。」

「死体が窓から首だけ出していた状況からしても、これが原因ね。」

「死体があった窓も確認するのよ~」

 窓ガラスは割れたままの状況が保存されていた。ガラスの割れた面は鋭利な刃物のようになっており、べったりと血が付着していた。二人は他にも手掛かりを探していたが、その時。


「乗務員が隣の車両に来ました~。」

「早く戻ってください~。」


 慌てて客室を飛び出た二人と俺は、ひとまず俺の部屋に集まった。


「何かわかりましたか?」

「状況はだいたいわかったや。」

「だいたいどころか、全部わかったのよ~。」


「まず死因ね。」

「リーフ、説明して。」

「頸部裂傷に伴う失血死ねっと。」


「そうね、見たまんまなのよ~。」

「首にこのガラスが突き刺さり死んだ、これだけ見るとシンプルなのよ。」


「次に状況ね。」

「リーフ、説明して。」

「部屋の鍵は内側から施錠さてていて、割れた窓からの出入りもこの男が邪魔して無理ねっと。」

「アオイ、ここから考えられることはなんなの~?」

 なんかデニーさんが急に先生のようになって、おれに無茶振りしてきた。


「つまり、犯人は消えたか、どこかの抜け穴を通ったか、マスターキーを持っている人物か、それとも犯人なんていないか、って感じですか?」

 俺は、思いつく限りを並べてみた。


「人が消えるなんて、手品じゃあるまいし、タネもないのに無理なのね。」

「抜け穴なんて古臭いわね。私とリーフが調べた限り床下も天井も人が入れるスペースはなかったのよ。」

「マスターキーを持っている人物、つまり車掌ね。この可能性はあるわね。」

おお、いい線いったのか?

「ただし、動機が不明すぎるわ。これがわからないと、ただの当てずっぽうなのよ。」

ダメだしされた。

「犯人がいないってことは自殺か事故ってことかしら。」

「この男は、自ら割れた窓から頭を出して、誤って自分の喉にガラスが刺さって死んだ。」

「自殺なら、ここで死ぬ理由がわからないのよ~。」

「事故なら不自然すぎるのよ。」

「それじゃあいったいどういうことなんですかー。」

と、デニーさんの推理を教えてもらおうとしていたら、ノックの音がした。


 ドアを開けると乗務員が、

「まもなくルクソール駅に到着します。」

と、アナウンスと同時に右手を突き出してきた。

「トモダチ、トモダチ、テンダラー。」

つまり、事件にかかわらずに駅に降りたくば10ドル払えということなのか。

トラブル回避のため、ここは仕方なしかと、10ドル払ったら、デニーさんと葉山さんの分も要求され、結局30ドル払うはめになった。


「アオイ、話の続きは列車から降りてからなのね。」

「ちょっと調べないといけないこともあるのよ~。」

「リーフ頼んだわよ。」

「お任せくださいねっと。」

 いつの間にかデニーさんと葉山さんは探偵と助手のコンビのようになっていた。


 俺はなんだかモヤモヤした状態で、デニーさんはどこかイキイキとして、葉山さんはいつもと変わらぬ様子で、俺たちはルクソール駅に降り立った。



 











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