第8話 二人目の死体

 俺たちはルクソール行きの寝台列車を予約するため、ひとまずラムセス駅へ向かうことになった。


「寝台列車って、乗るの初めてなので楽しみなのよ~。」

「でも、揺れてよく眠れないかもなのね。抱き枕もないし~。」

「リーフは大丈夫なの?」

「日本の寝台列車はわりと揺れが少ないようだけど、エジプトのはわからないや。」

「私は比較的どこでも寝れちゃうなー。」


「ところでアオイ、何時に出発なの?」

「えーと、午後7時20分発で、ルクソール到着は朝5時過ぎですね。」

「朝5時とか起きる自信ないのよー。」

「アオイ、朝起こしてね、あとモーニングコーヒーもね。」

 さっき眠れないとか言ってたような。なんだかツアーガイドになった気分だ。俺はラムセス駅近くにあるチケット売り場で、3人分の個室を確保した。一人約15,000円と観光客向けはそれなりにする。


「えーと、出発までまだ6時間以上時間あるんですけど、どこか行きたいとことかありますか?」

「なるべく目立たないように観光客が多いとこがいいかもです。」

「あ~、ツタンカーメンのマスクが見たいなっと。」

「リーフ、それってツタンカーメン愛用のマスクってこと?」

「古代にもウィルスあったのかしら。それとも花粉症?」

「えーと、黄金でできた仮面っていうか、なんていうか。」

「冗談なのよ~、ツタン仮面くらいしってるのよ~。」

 どこまで冗談かはさておき、ツタンカーメンの黄金のマスクが展示されている、エジプト考古学博物館まではここから徒歩でも行けそうだ。


「歩いて20分くらいなので、飲み物でも買いながら移動しましょか。」

と俺。完全にツアーガイドだ。

「途中、誰かに話しかけられても気にせず行きましょう。」


 道路には歩道らしき道はあるが、歩行者は車が往来する中を、お構いなく歩いている。そのためクラクションが鳴りやまない。それを気にする人はなく、普通に歩いていく。これがここの日常なのだ。

「なんか独特のニオイがするのね~、なんとも表現しにくいけど。」

「どれどれ、大気中の成分は、PM2.5がそれなりに飛んでるなっと。」

「あとはいたって普通だや。窒素約78%、酸素21%、あとはアルゴンと二酸化炭素ね。」


 カイロ市内は大気汚染が進んでおり、環境問題になっている。まあ、これは観光都市なのでやむを得ないのだろう。


「カイロ考古学博物館が見えてきましたよ~。」

 さすが世界に名だたる博物館。観光客でごった返していた。これだけ人がいれば、誰かに襲われる心配もなさそうだ。この博物館は、全部ちゃんとみようとすると、何日あっても足りないらしい。とりあえずチケットを購入し、館内マップをもらった。ツタンカーメンの展示品は2階にあるので、1階から適当に見て回ることにした。展示品は海外の美術館に貸し出されている場合があるので、運が悪いと目当てのものが見れない。せっかくエジプトに来たのに、展示品が上野に行ってましたとか目も当てられない。


 ここに来るまでの間、誰かにつけられているような、誰かからの視線を感じていた。ツーリスト相手に金儲けをしようとするやからは沢山いるので気のせいかもしれないが。それにしても、今回の依頼主であるムハマンドに連絡がとれないのが気がかりだ。このままだと経費の請求もできない。


 1階の展示品をざっと見て回り、2階への階段を登ろうとした時、再び視線を感じた。やはり何者かにつけられているのだろうか。


 さすがにツタンカーメンのマスクは観光客が沢山群がり、まじかで見るのに少し時間がかかった。と、その時どこからか声がかけられた。どうやら博物館の警備員だ。俺をみて手招きすると、

「ヤーバン、友達。」

「こっちに珍しいミイラあるよ。」

「テンダラー。」

 ヤーバンって確か日本人のことだ。どうやら非公開のミイラを10ドルで見せてくれると言ってきたようだ。入場料よりも高いし、そもそも立ち入らせないために立ってるのに、職権乱用も甚だしい。などと思っていたがここはエジプト、なんでもありの世界だ。ミイラってつまり古代の死体なわけで、それを10ドルも払ってまで見たくない。


 ようやく人が減ってきてツタンカーメンのマスクを見ていたら、また誰かに声をかけられた。

「アオイサンですか?」

と、どこかで見た風のアラブ人。

「ん、アオイ知り合いなの~。」

「ところでこのマスク、展示ケースに入っていてかぶれないのよ~。」

「かぶった写真撮りたかったのに、どうしましょう~。」

このマスクかぶったら博物館の歴史に名が刻まれるよな。ある意味でいろんな記念にはなるだろうけど。


 それはさておき、アラブ人が続けて話しかけてきた。

「私、ムハマンド、お久しぶり。」

 なんと、このアラブ人はムハマンドだった。すっかり髭面になってサングラスもして言われないとわからない。さっきから視線を感じていたのはムハマンドだったのだろうか。

「ムハマンド、エジプト来てから連絡取れなかったけど、何かあったの?」

「よくここにいるとわかったね。」

「実は携帯なくした。」

「アオイサン会おうと、空港にいったりいろいろ探した。」

「偶然、歩いている日本人を見かけてついてきたら、アオイサンだった。」

 これだけ観光客が多い中、よく見つけられたよな。まあ、街中を歩いている日本人は珍しいかもしれないけど。取り急ぎ、当面の行き先を伝えて、新しい連絡先を教えてもらった。ムハマンド会えて一つ心配事はなくなった。これでまずは目先の問題に集中できる。


「アオイサン、駅までタクシーのるか?荷物重いでしょ。」

「ありがとう、でも荷物はホテルに預けてあるから。」

 気を使ってくれているように思うが、チップ目当てか、法外な料金要求してくるだろうことは目に見えていた。知り合いだろうが容赦しない、そんな人物であった。


 ムハマンドと別れたあと、ひとしきり展示品を見てまわり、土産物屋で買い物をしているうちにだいぶ時間が過ぎていった。リーフさんはガイドブックを買い、デニーさんはツタンカーメンのマスクが描かれたパピルスを買っていた。

 せっかくなので、残り時間はナイル川の見えるカフェで、軽めの食事をとりながら過ごすことにした。

「これがナイル川なのね~。」

「思ったよりも普通なのね~。ちょっと広いのしら。」

「ワニはどこなの~。」

「ナイル川は全長6650km、川幅はこの辺だと2~300mくらいね。」

「世界第二位の長さで、信濃川が367kmだから、だいたい20倍だや。」

「さすがに街中なので、ワニは見れないかなっと。」

「なんということでしょう~、さすがナイルね。ワニ泳いでいて欲しかったのね。」


 俺たちは博物館のクロークで荷物を受け取り、寝台列車に乗るべくラムセス駅を目指した。駅着いたら列車はすでに到着しており、さっそく、二人にチケットを渡して列車に乗り込んだ。

「3人別々の客室なのね~。」

「なんということでしょう~。室内は思ってたよりも奇麗なのね。」

「座席を倒すとベットになったわ。」

「どれどれ、洗面台の水の成分は、なんか雑菌いるや~。」

「デニーさん、洗面台の水飲んじゃダメですよー。」

と、デニーさんと葉山さんが寝台列車を満喫していたころ、列車は出発した。時計をみると予定時刻よりも5分早かった。これ乗れなかった人いるんじゃないだろうか。

  

 出発からほどなくして、夕飯が各客室に配膳された。ここでもデニーさんはケチャップを要求したのだろうか。願いが通じるといいのだが。列車は順調に走行を続けていた。すっかり日も暮れたため、残念ながら車窓からの景色は真っ暗で何も見えない。


 デニーさんが心配していた列車の揺れは最初気になっていたが、慣れてきたのか逆に心地よくさえなってきた。慣れってすごいんだなと思いつつ、気が付いたら眠りに落ちていた。


 ガラスが割れる音で目が覚めた。客室を飛び出ると、葉山さんも驚いて飛び出てきた。

「今のすごい音なに?」

「ガラスの割れた音が聞こえましたよね?」

 列車は一時止まっていたが、なにやらアラビア語で放送が入り、しばらくして走り出した。

「動き出したってことは、特に問題なかったってことなのかなっと。」

「国内情勢によっては、テロ組織や盗賊が投石で列車を止めて、観光客を襲うなんてことも噂にはきいていたけど、まさかね。」

「葉山さん、まだ到着まで時間もあるし、寝なおしましょうか。」

「ところで、デニーさんは大丈夫だったのかな?」


 翌朝5時過ぎに客室からでると、窓の景色を眺めてるデニーさんに会った。

「おはようございます、よく眠れましたか?」

「ところでデニーさん、昨日の騒ぎ大丈夫でした?」

「すっかり熟睡していて何のことかわからないのよ~。」

「ところで、そろそろ到着なのかしら?」

「さっきから列車止まってるんだけど。」

「駅っていうよりも荒地なのよ。」


「おはようございます~。」

と葉山さんも客室から出てきて、現状について心配しているようだった。


 列車は停止しており、乗務員が一部屋づつ内部の確認をしていた。俺やデニーさん、葉山さんの室内も調べられたが、当然何の問題もなかった。

 ところが、デニーさんの隣の部屋を乗務員が激しく叩いて、ドアを開けるよう室内に声をかけていたが、中から返事はかえってこなった。客室のリストをみながら、

「デニー、ドアを開けてください。」

としきりに言っていた。

「えっ、デニーさんの部屋って、あそこでしたっけ?」

 実はチケット購入時に並んだ客室が取れなかったため、それぞれ一つ飛びであった。どうやらデニーさんは葉山さんの隣の客室に泊まっていたようで、本来泊まる部屋ではなかった。そうなると、デニーさんの部屋には誰がいるんだろうか、そしてデニーさんの本来の部屋に泊まるはずの人はいったい?


 乗務員はマスターキーを使い、デニーさんが泊まるはずだった客室を開けて中に入っていた。俺たちも、後ろから部屋の中を覗き込んだ。


 するとそこには、割れた窓ガラスからがあった。まるで窓から逃げ出そうとしたかのようなその死体は、大量の出血をしており床は血の海であった。鍵は内側からかけられており、外部から侵入はできない。いったいこの人はなんでこんなところで死んでいるのだろうか。しかもデニーさんの宿泊予定だった客室で。乗務員が恐る恐る死体を持ち上げて、床に横たえた。そこで見えた顔には見覚えがあった。

「ムハマンド、なんでお前が!」
























 







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