第7話 怪しい土産物売りふたたび

 王の棺の中で横たわるデニーを覗き込みながら、何やら話しかけている怪しい土産物売り。なんともシュールな光景だなとリーフが思っていたさなか。


「なんということでしょう~。」

「このネックレスを持っていた少年が。まさか王子だってことなの?」

「スーツケースに入っていたのよ~。」

「その少年はいまどこじゃ?」

「スーツケースごと消えたから、どこにいるかわからないのよ。」

「そして、その少年は亡くなっていたわ。おいたわしや~。」


怪しい土産物売りの表情は次第に曇り、

「お主、い、いま、なんと言った。」

「探している王子かわからないけど、この宝石付きのペンダントを持っていた少年は亡くなっていたわ。」

「そこのリーフに聞いてみてちょーだい。」

「写真もあるはずなのよ。」

「てっきりアンタ達が、スーツケース持ち去ったと思っていたのに。」

「しかしなぜお主たちが、王子の入ったスーツケースを持っておったのじゃ?」

「それはこっちが聞きたいのよ、なんでスーツケースに人が入っているのよ。」

「こっちのスーツケース返しなさいなのよ。」

土産物売りはどうしたものかと、しばらく考え込んだ様子で、切り出した。

「まあよい、まずは確認からだ。」


 棺をのぞき込んでいた土産物売りが私の方に近づいてきた。その後ろからはデニーさん。

「リーフ、スーツケースに入った少年の写真、その人に見せてあげて。」

「料金は、そうね~、50ドルってとこかしら。」

「土産物売りのわしからぼったくるとは、お主らバチがあたるぞ。」

「だが、少年が王子であると確認できたら、きっと我が教祖から謝礼がもらえるぞ。」

「早く見せてみろ。」

 翻訳機を用意する間もなく、土産物売りは矢継ぎ早に話しかけてきた。

「あや、日本語だったや。」

「日本語上手ですね。」

「今はそれどころではないのじゃ、早く写真を見せてくれ。」


 教祖とやらから謝礼がもらえるらしい、ここは恩を売っておいた方がいいかしら、と、デニーさんを見たら、大きくうなずいていた。

「これです。」

リーフがタブレットに映し出した写真を、まじまじと見ていた土産物売り。

「顔がはっきりわからんが、おそらく王子で間違いない。」

「教祖に連絡せねば。」

 携帯を取り出し、しきりに連絡を取ろうとしているがつながらない様子であった。それもそのはず、ここはピラミッド内部、電波もWifiもあるはずもなく。相当焦っていたのだろう。それに気づいた土産物売りは大事なことを思い出したのか、まくし立ててきた。

「その宝石はクレオパトラから代々受け継がれた王家の宝じゃ。」

「返してもらうぞ。」

「なんですって、これは渡せないのよ~。」

「そもそも何者かもわからない人に、いきなり物乞いされて渡すと思うの?」

「これは間違われたスーツケースと引き換えなのよ~。」


 なんでスーツケースに王子が入っているのか、どこに持ち去られたのか、デニーさんのスーツケースの行方はいったい。この怪しい人から情報を引き出す必要がありそうね。アオイさんにも連絡しないとだし。ここはいったん仕切り直しねっと。


「こんなところで言い争っても仕方ないので、いったん外にでませんか?」

「リーフ、いいこと言うわね。」

「そうと決まれば食事にいくのよ。」

「ご飯食べながら話すのよ~。」

「朝から何も食べてなくてお腹すいたー。」

「リーフ、お店探して、ついでにアオイも探して。」

「支払いはその土産物売りに回してね。情報提供料よ。」


 確かに朝から死体騒ぎで逃げるようにホテルを出てきたから、お腹はペコペコね。だいぶ汗もかいてるから、水分と塩分を採らないと熱中症になりかねないや。

 ピラミッドを出てもなお、支払いの件でデニーさんと土産物売りが言い争っていたところに、息を切らした人が近づいてきた。


「デニーさん、リーフさん~。探しましたよー。」

「こんなところにいるなんて、ひとまず無事でよかった。」

「一体、どこ行ってたんですか、そして、その人誰ですか?」

「詳しくは食事しながらよ~、アオイ、ラクダ用意して。」

「レストランいくのよ~、支払いはそこの人でね。」


 ”そこの人”、どこかで見たようなアラブ人だ。まあアラブ人なんてみんな同じに見えてしまうからなぁ。

「アオイさん、その人は空港で絡んできた土産物売りですよ。」

「どうやら例の死体について情報持ってるみたいで、食事しながら情報交換をすることになったんです。」


 我々と土産物売りはラクダに揺られながら、近くのレストランに入った。

昼にはだいぶ早い時間であったせいか、客はまばらであった。ここでの食事はバイキング形式で、意外なことにメニューの品ぞろえは豊富であった。

「まずは食べるのよ~、話はそれからね。」

「ほら、リーフもアオイも突っ立ってないで料理取りにいくのよ~。」


 デニーさんは、器用にもほぼすべてのジャンルの料理を皿に盛り、そして店員を呼びつけてケチャップを要求していた。

「なんということでしょう~。」

「これは一体なんのケチャップなのー。甘いのよ。」

店員が何か説明しようとしていたら、リーフさんが翻訳機をもって通訳を始めた。

「それは、”バナナベースのフルーツケチャップです。”だって。」

「そんなものがあるのねー、トマトベースのもらってちょうだい。あと、このバナナのもお代わりで。」

 問題のど真ん中にいるはずのデニーさんは、そんなことものともせずに食事を楽しんでいた。


「リーフは何飲んでんの?」

「これはモロヘイヤスープだや~。」

「緑色でドロドロしていて見た目には美味しそうに見えないわね。」

「けっこうあっさりしていて美味しいですよ。βカロテインも豊富で日焼け防止にもなるんです。」

「デニーさんのそれは何の肉ですかー?」

「これ、これはなんでしょうー。骨ばっかりで食べるとこないわ。」

「ふむふむ、きっと鳩の肉ですねー。エジプト名物らしいですよ。」

「これが名物ね~。まあ名物に旨いものなしっていうし。」

「口直しにデザート食べるのよ~。」

そう言って、今度はほぼ全種類のデザートを盛ってきた。そして意外にもケチャップはであった。

 エジプトのデザート、特にケーキは激甘である。暑さに負けないためなのか、とにかく甘いものは徹底的に甘い。


 ひとしきり食事をしてお腹も満たされたのか、ようやく土産物売りと話ができる雰囲気になった。四人掛けのテーブルで、デニーさんは土産物売りと向き合うように座り、デザートのケーキを頬張りながら、土産物売りに話しかけた。

「まず、あなたは何の土産物売りなの?」

「それともなんかの宗教団体なの?」

土産物売りは、どう答えようか迷っていた風であったが、覚悟を決めて、

「我々はLF財団のものです。」

「土産物屋はいわばバイトでして、財団にお仕えしております。」

「お仕えって、なんか宗教くさいわね、それにさっき教祖って呼んでたのよ。」

「財団のトップは”教祖”と呼ばれているお方なんです。」

「いずれ紹介できると思いますが、その話はまた後で。」


 エジプトに来てから、これまでの経緯をざっと説明し、今後の行動についても相談をした。俺は滞在に多少の余裕があるが、デニーさんと葉山さんは帰りの飛行機も決まっており、滞在日数に限りがある。今は日本への入国禁止状態ではあるが、金銭的な問題もあり、やみくもに行動できない。


「アオイ、ここまでの話を整理してちょうだい。」

と、デニーさんが俺に促した。


「LF財団は、王子の保護をするはずであったが、知っての通り失敗した。」

「王子保護の目的や詳しい話は”教祖”からいずれ話がある。」

「これから王子の手掛かりを探す。ついでにデニーさんのスーツケースも探す。」

「スーツケースが見つかったら、宝石と交換する。」

「我々は財団とは別行動で、独自にスーツケースを探す。」

「財団は我々のサポートをする。」

「スーツケースを奪ったのは窃盗団の可能性があるため注意が必要。」

「こんな感じです。」


「おっけ~、そうと決まれば出発よ~。」

「アオイ、ラクダ用意して。」

「ってまず行き先とか、大まかな予定決めないとですよ。」

「そもそもデニーさんと葉山さんってどんなプランでエジプト滞在予定なんですか~。」


 財団の情報によると、スーツケースは密売された可能性があり、流通経路からすると、”カイロ市内”、”港町アレキサンドリア”、”王家の谷・ルクソール”、”アブシンベル神殿”の四地点にある可能性が高い。

 カイロ市内は財団も探してくれるので、カイロは後回しにして、ナイル川沿いに南下し、順に回っていくことにした。幸い二人とも観光コースに入っていたようで、ホテルの手配も簡単にできそうであった。


 それにしてもここでLF財団とは。最近いろいろなメディアで目にすることも増えてきた財団で、日本の大型プロジェクトにも出資しているって話も聞く。最近では佐渡島で建設中の、世界最高高さ1200m超”ヘリカルタワー(二重螺旋の塔)”へも莫大な出資をしている。原資はオイルマネーとも美術品の闇マーケットとも言われており、怪しいニオイがする。この辺の話は葉山さんが詳しそうだけど、あまり首を突っ込むのもどうかと迷う。

 と、どうやら眉間にシワをよせて考え込んでいたところに、デニーさんが、

「アオイ、行き先は決まったのね。」

「いざいかん、王家の谷。ってここもお墓なの?」

「ラクダで行けるのかしら。」


我々は、寝台列車に乗りカイロからルクソールを目指すことにした。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る