第5話 ラクダにのってどこまでも
まだ朝だというのに、容赦ない日差しが俺の全身を焼き始めた。
ホテルから1歩出ただけで、独特の空気の臭い、鳴りやまないクラクション、そして太陽。全身でエジプトを感じた。俺たちは、通称ピラミッドロードを進み、ギザの大ピラミッドを目指した。
エジプトのピラミッドは、紀元前2600年頃(日本でいう縄文時代)から建造され、それから3000年間(西暦400年頃、日本でいう奈良時代)におよそ300基が建造されたと言われている。大小さまざまで、とりわけ有名なのが今向かっている3大ピラミッドだ。紀元前2500年~2100年頃に、それぞれクフ王、カフラー王、メンカウラー王の墳墓として建造されたらしい。
ピラミッド建造の目的には諸説あり、宇宙人説とかロマンあふれるものまである。最近では砂漠の下から4500年前の古代都市が発見され、ピラミッドを建設するための町ではないかと調査が進められている。
紀元前2500年頃に、あれだけの巨石構造物を増築するのだから、携わった人の数や想像を絶する。町の一つや二つあっても何の不思議もない。建造方法はかなり解明されており、30年くらい前に日本の某ゼネコンが、小型ピラミッドの建造実験を行い成功している。
とはいえ、これらは推測にすぎず、”おそらくそうであろう”の域をでない。
ピラミッドロードを進むタクシーの中からの景色は、本当に砂漠に向かっているんだろうかというくらい、建物が並んでいる。
「なんか埃っぽい建物が多いのねー。地味な色だし。」
「途中で作るのやめた建物も多いのかしらー。中途半端なのが多いわ。」
「なんということでしょう~、ラクダ、ラクダが走ってる。ちょっとアオイ、捕まえてくるのよ。」
デニーさんはタクシーの窓越しに、元気いっぱいエジプトの街並みを堪能していた。朝の死体のことなんてすっかり忘れている感じだ。
どういう理由かわからないが、カイロ市内の建物は増築を見込んで、上層階の骨組みだけが作ってあるものが多い。あらかじめ増築分の重さも考えられていればいいんだけど、何せエジプト。何があっても不思議ではない。
一方の葉山さんはというと、
「今日のカイロ市内の紫外線量は、ふむふむ、結構高いや。」
「UV-AとUV-B両方カットできる日焼け止め塗っとこっと。」
「帽子とサングラスも必須ね。」
「水分補給はミネラルウォーター買えばいいかなっと。」
「塩分補給は、食事で賄えば大丈夫そう。」
「なんか、急にお腹すいてきたや~。」
「ピラミッド付近のレストラン、レストラン・・・」
タブレットを駆使しながら、万全の準備を整えていた。
「あっ、左側を見てください。」
「ピラミッドが見えてきましたよ。」
と俺。
「どこなの~、まだ砂漠じゃないのよ~。」
「同じような建物しかみえないわ。」
とデニーさん。
よく目にするピラミッドの写真は、いかにも砂漠の中にピラミッドがあるかのような印象を受けるものが多いが、実際にはすぐ近くに町がある。なにせ世界的な観光地、某ケンタがすぐ近くにあるのは、マニアの間では割と有名な話だ。神秘的な印象を持たせるために、写真では砂漠を入れた構図にしているのかもしれない。
「きゃ~、みえたのよ、ピラミッド。」
「スフィンクスはどこなの~、謎々に答えられないと喰い殺されるのよ~。」
「でも安心、答えは”人間”だから、みんなちゃんと覚えておくのよ。」
デニーさんは、ピラミッドを見て興奮したのか、現実と作り話とがごちゃごちゃになっているようだ。おそらく、ギリシアの戯曲にあるスフィンクスの有名な謎かけ、
「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足、これなーんだ?」
ってやつのことだろう。本当は我々を楽しませようと、わざと面白おかしく言っているに違いない。
ほどなくして、タクシーはピラミッドの入り口で止まった。そして毎度のことながら金額交渉を行った。
タクシーを降りると、ジリジリとした日差しと、砂漠から風に乗ってくる砂が俺たちを出迎えた。ゲートで入場料を払って、ピラミッドに向かおうとしたら、何人ものアラブ人に取り囲まれた。
「パピルス、本物、でも安い、買って。」
「それ偽物、こっち本物、買って。」
「こっちにお店、安いよ。」
「ラクダあるよ、ラクダ。1周ワンダラーね。」
怪しい日本語で近寄ってくる。観光客とみると容赦ない。
ピラミッドに向かう途中には、無数の土産物屋が列をなしており、自作と思われる石堀の彫像やパピルスに書かれたエジプトのイラスト、Tシャツなど様々なものが売られている。むろんクオリティーは低いが、思い出にと買っていく人もいる。そしてなぜか東洋人はその傾向が強く、東洋人の観光客はカモにされやすい。
盗難の可能性があるデニーさんのスーツケースの件もあり、俺は土産物屋の調査の提案をしようとした矢先、
「きゃ~、ラクダよ、ラクダ、早く乗るのよ~。」
「リーフも乗るのよ~。」
「うーんと、ラクダの乗り方はー。」
「あや~、”揺れるので落ちないように”しか書いてないや。」
普通にラクダ周遊の客引きにつかまり、気が付いたときには、二人はラクダにまたがりピラミッドに向かっていった。ちゃんと値段交渉したんだろうか。降りるときに法外な値段を要求されるトラブルは枚挙にいとまない。はぐれると観光客の中を探すのが大変なので、俺もラクダに乗り後を追った。だいたいのコースは、クフ王のピラミッド周辺をまわる感じで、所要時間は30分程度だ。
「きゃ~、ピラミッドよ、ついに来たのよ~。」
「近くで見ると圧倒的ね~。」
「クフ王のピラミッドは、一辺が230mで高さ138mっと。」
「ボリュームがあるせいで、一層そう感じるのかな。」
少し前を行くデニーさんと葉山さんは、楽しそうにラクダ周遊を満喫している様子だ。時折、ラクダを先導するアラブ人に何か話しかかられているようであったが、そもそも言葉通じるのか怪しい。
クフ王のピラミッド前に差し掛かった辺りで、俺はラクダを降ろされ10倍もの料金を要求された。値段交渉に気を取られて、デニーさんたちから目を離したら、デニーさんたちの姿はとなりのカフラー王のピラミッドの先まで連れていかれていた。まさか、ラクダ周遊の客引きに装った誘拐か、例の怪しい宗教集団か、と心配していたら、先導のアラブ人とラクダが引き返してきた。何かのトラブルだったのだろうかと思っていたら、ラクダには誰も乗っておらず、そこに二人の姿はなかった。
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