第9章 クルガン領の襲撃

9-1 イワマ交易


 翔馬は耳をすませた。あの音は――?

トゥムルが馬を寄せてきた。

「あまり遠くないな」

 再び林の奥から、かすかだがまぎれもない炸裂音がきこえた。狩りなら活性化された炸裂弾は使わない。翔馬は先行している交易隊の本部に馬を走らせ、総責任者に声をかけた。

稲城イナギさん、ちょっと様子を見てきます」

 護衛隊長の加賀が反対した。

「このあたりは雪解け以来、野盗の動きが盛んになっている。兵力をさくのは危険だ」

「相手がわからないというのはもっと危険でしょう」

 状況がつかめず不安をつのらせた隊商夫たちは、夜、犬に吠えられただけで恐慌におちいりかねない。実戦経験の豊富な加賀ならそれくらいわかっていそうなものだが。

「人数はいりません。うちの連中だけで偵察してきます」翔馬は、稲城の顔を見て言った。

 稲城の先祖は、天山連邦の基盤となった巨大温室の建造にたずさわった技術者だ。だがその体にはさまざまな民族の血が混じり合い、顔を見ただけでは何系ともいえない。

「君の筏に人数を残さなくちゃならんだろう。わしの部下もつれていったらいい。堀田」

 稲城は中年の小頭を呼び、翔馬に従うよう命じた。

 翔馬は芹沢のもとに七人を残し、トゥムルと残りの社員五人、それに堀田ら四人を率いて隊列を離れた。


 翔馬はジャルマ製薬からの報酬で、程度のいい中古動力筏一台と貨物筏二台、小型の補給筏一台に馬八頭を購入した。これでようやく独立した交易商になったのだ。

 隊商夫の募集には、ちょうど冬場の交易最盛期がすぎた後ということもあり、予想以上の応募があった。なかには、

 ――この〝ジャルマの雪男〟についていけば、運がひらけるかもしれない。

 と見こんで応募してきた者もいるが、大半は腰のすわらぬ渡り者だ。むろん翔馬も、老舗しにせの隊商で優遇されている隊商夫がわざわざ辞めて応募してくるとは期待していない。

 芹沢の調査で犯罪歴やかんばしからぬ前歴のある者をはじき、残った者をふたりで面接して十二人を雇った。いずれもとりたてた才能はなさそうだが、与えられた仕事はきちんとこなしてきた実績がある。それが肝腎かんじんだ。

 翔馬の招きに応じてトゥムルがはるばるガルダン高原から駆けつけて来たのは、夏の交易がはじまる直前だった。

「おまえの顔を見たら、世界の果てまで行けそうな気がしてきたよ」

 翔馬が友の肩を叩くと、トゥムルの精悍な顔がほころんだ。

「おれはそのつもりで来たんだ」

 その夜、料亭の一部屋を借り切って「イワマ交易」の旗揚げを祝う会がささやかに開かれた。

 イワマ交易の発足体制は、


   社長         秋津

    補佐 (情報)    芹沢

    同  (警備)   トゥムル

      動力筏主任    蜂屋        他助手一名

      第一筏主任    佐々木       他助手三名

      第二筏主任    宇野       他助手三名

      補給筏ラック主任    横井      他助手一名


 この計十五人だ。最年長は蜂屋の三十八歳、最年少者は翔馬で十八歳だった。翔馬に何かあった場合は芹沢が指揮を引継ぐ。

 実のところ、翔馬が倒れるような修羅場しゅらじょうでこそトゥムルの統率力が必要となるのだが、他の社員たちのトゥムルを見る目には根深い警戒の色がある。なにしろ相手は伝説の高原遊牧民だ。

 話は〈大変動〉後の復興期にさかのぼる。

 北方森林地帯に人が戻ったのは、〈塵の冬〉を乗り切った天山連邦の支援もあり、南方草原より数十年早かった。苦しい開拓時代を経てようやくあちこちに町らしきものが姿をみせはじめた頃、遥かに南方で〈冬〉を生きのびた遊牧民の集団が、新しい牧草地を求めて北上してきた。彼らは途上の町々を襲っては食糧、物資を奪うだけでなく、多くの人を殺し、あるいは奴隷として連れ去った。

 大移動は百年ほどの間に数波にわたり、そのたびに連邦や森林地帯で少なからぬ町や村が姿を消した。その恐怖の記憶は今も天山テングリオーラの北で広く語り継がれている。

 遊牧民の多くはやがて東の高原地帯に移ったが、天山北方に残った連中は半農半狩猟の定住生活者となり、性格も穏やかになった。これを文明化とするか堕落とみるかはともかく、かつて恐れられた面影はもはやない。

 ところがトゥムルは純粋の高原遊牧民、昔ながらの伝統に生きるガルダン族だ。いくら社長の親友といっても虎は虎だ。猫のふりをしていても、いつ牙を剥きだすかわかったものではない。

 これは翔馬も予想していなかった問題だ。今までほとんど南側で活動していたので、北方人の遊牧民を見る目の厳しさに気づかなかったのだ。

 もっともあまり深刻には受けとっていない。トゥムルの人となりや能力を知れば、彼らの先入観も消えるのではないか。トゥムルが翔馬の代わりになれぬ大きな理由はむしろ別のところにある。言葉だ。

 トゥムルは〈回廊語〉も〈森林語〉も話せない。また〈草原語〉を使えるのは翔馬、トゥムル、芹沢の他に三人しかいない。要するに社員の半数以上はトゥムルと言葉が通じないのだ。

「なに、おれが〈回廊語〉を特訓して、すぐに話せるようにしてみせる」

翔馬は請け合った。

「森林地帯では〈森林語〉じゃないのか」とトゥムル。

「まずは〈回廊語〉だ。北の交易屋の共通語だからな。それにイワマ交易は将来、天山山脈の南北にまたがる大企業になる――してみせる。そうなったら幹部は貴族たちとも〈回廊語〉で交渉しなくちゃならない」

 翔馬自身、そのつもりで公の場では言葉遣いもあらためた。小なりとはいえ会社の経営者となったのに、喋りかたがガキっぽくては取引相手や社員に軽く見られてしまう。ただでさえ若造と見くびられやすいのだ。

 当初は自分でも大人ぶっている気はした。だが会社が大きくなってから急に言葉や態度をあらためたら、かえって軽薄な印象を与えてしまう。筏借りから独立したのは、ちょうどいい機会だった。

「それに〈森林語〉は〈回廊語〉の影響をかなりうけていて、単語だけでなく文法も似ている。〈回廊語〉を身につければ〈森林語〉も自然にわかるようになるよ」

 いずれトゥムルにはイワマ縦貫道の秘密を打ち明けなくてはならない。が、今はまだ早い。まずはこちらの地力をつけるのが先決だ。それまでは岩間村に関心を集めるようなことは避けなくてはならない。きっと木原も同じことを考えているのではないか。


「秋津社長、なんであなたが偵察にでるんです。加賀隊長にやらせりゃいいじゃないですか」

 隊列から離れたところで堀田が話しかけた。彼は去年、山賊に襲われた事件で、カイザンを駆る翔馬に命を救われている。

「あの連中にまかせるより、われわれでやったほうが安心できるだろう」

「それはそうですが」

 加賀は古い護衛屋だが、暖簾のれん分けを渋ったために、去年、長いあいだ苦労を共にしてきた部下たちにこぞって辞められてしまった。今回率いている連中は、急いで頭数だけかき集めてきたらしく、みるからに素人っぽい。

 ふつう隊商の護衛たちは、自分の仕事にさしつかえない範囲で隊商夫たちを手伝うものだ。いざとなれば彼らの先頭に立って戦うわけだから、経験をつんだ護衛屋なら隊商夫たちの心をつかむ大切さをよくこころえている。ところが加賀の部下たちは、堀田たちがどんなに忙しそうにしていても決して手を貸そうとはしない。

 ――ご苦労なこった。

 と、他人ひと事のような顔をしている。今の加賀にはそうした部下を教育する意欲も力もないようだ。

「加賀隊長が何かにつけて秋津社長に反対するのは、手柄をたてられて護衛隊長の地位を奪われるのを心配しているからですよ」

「わたしはそんなもの狙っていないのに。稲城さんと加賀さんは長いつきあいなんだろう」

「ええ、だから加賀隊長の部下があんなやつらばかりになってしまっても見捨てられないんですよ。うちの社長は人情家だから」

 炸裂音は依然として散発的にきこえてくる。もっと急ぎたいが、この一帯は起伏に富んだ松と白樺の混交林で、馬を走らせるのは危険だ。見通しもよくない。

 いくらか開けた場所で翔馬は全員を馬からおろした。

「堀田さんはここでみんなと待っていてくれ。トゥムル、一緒に来てくれ」

 ふたりは小銃を手に、徒歩で太い木の幹の陰をひろいながら接近した。

 百メートルほども進むと森が切れ、樹木を伐り払った広場にでた。なにかの遺跡らしく、風雨にさらされた石の壁や柱が草の間から顔をのぞかせている。掘りかえした土を積み上げた土手の横に、穴だらけの幌をかけた筏が一台、あぐらをかいている。小型の発動機を搭載した自走貨物筏だ。

「あそこだ」

 トゥムルが左手の森のはずれを指さした。

 翔馬は眼を凝らした。だが木と岩しか見えない。

 すると突然、一人の防弾外套を着た若者がこれみよがしに樹の陰から半身をさらし、大げさな格好で銃を構えてみせた。

 眼で射線を追うと、土手の上に男が頭をだした。男は銃を突きだし、二発撃った。が、その時には若者は森に姿を隠し、弾丸はむなしく小石や木っ端を撥ね上げた。

「ひどい腕だな」

 トゥムルがあきれたようにつぶやいた。

「あの若いやつは、弾切れを誘っているようだな」

「一気に片をつけないところをみると、包囲している連中の数も多くないな。まず四、五人というところか」

 とトゥムルが踏んだ。

 偵察の目的は様子をさぐることだ。こちらの存在をしらせるのは避けるべきだ。しかし――。

 翔馬は手短かにトゥムルと打ち合せ、ひとりで堀田たちの待っている場所に戻った。

「音をたてぬようにして、わたしについてきてくれ」

 馬の番に一人を残し、堀田ら八人をつれて林の中を相手の背後にまわった。

 トゥムルの言ったとおり、相手は五人だった。林のはずれで挑発しているのは先ほどの若者一人で、あとの四人は空き地で焚火を囲んで談笑している。手にしているのがどれも銃身の長い歩兵銃であるところをみると、馬は持っていないらしい。防弾外套も古びて、ところどころ丸く変色した弾痕がある。炸裂弾の衝撃を吸収した外套は生地が脆くなるので修理しなくては危険なのだが、その金もないようだ。

 それにしてもこの相手をなめきった態度、薄汚れた身なり――貧しいというより、だらしなさを感じる。

「合図をしたら、あの焚火に一発撃ちこめ」

 翔馬は銃のうまい社員に命じ、手を振って堀田たちを展開させた。社員は弾頭を活性化させぬまま、片膝をついて小銃を構えた。

 この距離で膝射なら、翔馬の腕でも命中させられる自信がある。だが、できるからといってなんでも翔馬がやってしまっては、社員がやる気をなくす。任せられることはなるべく任せたほうが、たがいの信頼関係も強くなるというものだ。

 翔馬は堀田たちが位置についたのをたしかめ、短く命じた。

「撃て」

 いきなり焚火が飛び散り、四人は跳び上がった。すかさず翔馬は叫んだ。

「おまえらは囲まれた。逃げるなら追わない。さもなければ炸裂弾の的にするぞ」

 林の縁の若者がふりかえりざま小銃を肩に構えた。とたんに背中を蹴りつけられたように、顔から地面に突っ込んだ。トゥムルが広場の向こうから活性化されていない弾を叩きこんだのだ。同時に堀田たちが大声をあげて威嚇した。男たちは目をまわした若者をかかえ、たちまち姿を消した。

 翔馬は社員に馬を連れてくるよう命じ、男たちのいた場所を調べた。食べかけの棒食と脱いだままの古外套しか残っていない。慌ててもさすがに高価な銃は忘れていかなかったようだ。

 翔馬は堀田に小銃をあずけ、両手を広げてゆっくりと土手に近づきながら〈森林語〉で呼びかけた。

「撃つな。わたしは味方だ、撃つなよ」

 土手の上から緊張した男の顔がのぞいた。

「わたしはアキツ。交易商だ。やつらが引き返してこないうちにここから逃げるんだ」

 翔馬が声をかけても、男は眼をぎょろつかせたまま黙っている。もし銃を撃つ気配をみせたら、トゥムルが威嚇射撃する手筈になっている。

 〈回廊語〉で繰り返し、さらに〈草原語〉で呼びかけると、やっと〈回廊語〉で答えた。

「わたしは沢井だ。今出ていく」

 男は小銃を手に土手を駆けおりてきた。

「他には?」

「わたしたちだけだ」

 沢井はうわの空で返事をし、筏に飛びこんだ。

 つづいて土手の上に女の子が姿を現わし、足元をたしかめながらおりてきた。十六、七歳だろう、背が高く手足が細長い。翔馬の前まできたが、視線をそらせて顔を見ようとしない。

「君の名前は」翔馬はたずねた。

「沢井桐花キリカ。あれは父さん」

 少女は無表情で答えた。

 そのとき沢井が筏からころがり出てきた。

「ないぞ。どこにやった」

 わめいて、気が狂ったようにあたりを探しはじめた。

「おい、早く逃げないと危ないぞ」

 翔馬の言葉など聞こえてはいないらしく、土手の裏に走っていった。

 翔馬は堀田に桐花の保護と筏の調査を命じ、沢井の様子を見にいった。

 沢井は地面にへたりこんでうつむいている。周囲には砕けた緩衝材と磁器らしきものの破片が散乱している。

「どうしたんだ」

 とたんに沢井が獣のような叫び声をあげた。

「野蛮人どもが、的に――射撃の標的にしおった。猿以下のやつらめ」

 堀田が来て報告した。

「筏は発動機と浮揚球うきだまがはずされています。積荷も洗いざらい持っていかれ、服が残っているだけです」

「筏は捨てるしかないな。服は包みにして持っていってやろう。誰か、あの二人を馬に乗せてやってくれ」

 翔馬は地面を掻きむしっている沢井の肩をたたいた。

「取込み中を邪魔してすまないが、そろそろここを離れますよ」

「うるさい! ほうっておいてくれ」

 沢井は腰を落としたまま動こうとしない。

「こっちもそうしたいんですがね」

 翔馬は沢井の手首を握った。

「娘さんだけ連れていくわけにもいかないでしょう」

「あつつ」

 悲鳴をあげて沢井は立ち上がった。翔馬が人差指のつけ根で橈骨とうこつのつぼをしたのだ。

 沢井が噛みつくような眼を向けたが、無視した。いつまでもこいつの駄々につき合っていられるか。


「あの沢井は発掘屋だそうです」

 翔馬は稲城に報告した。昔この一帯は林業と交易で栄えていたから、発掘屋の姿もさほど珍しいものではない。街道沿いの農村などは、隊商と発掘屋へ水素燃料や食糧を供給するのを副業にしているほどだ。

「いくら沢井の指示通りに掘ってもお宝が見つからず、とうとう仲間たちはそれまで掘り出した品を持って離れていったそうです」

「で、馬まで連れていったのか」

「筏の発動機と浮揚球うきだまもはずされていました」

「洗いざらいか。ひどいことをするな」

 稲城は溜息をついた。機械類と浮揚球のなくなった筏など廃材とかわらない。

「それより偵察はどうなったのかね。相手にこちらの存在を教えただけじゃないのか」

 加賀がなじった。

「とっくに知ってますよ。われわれはべつに隠れているわけじゃないんだから」

 翔馬は受け流した。

「沢井の話によると、近頃このあたりに出没している野盗どもは、領主との契約を切られた傭兵くずれらしいです」

「専業の盗賊じゃないということか」

「沢井がやっと掘り当てた陶磁器やきものの値打ちも知らずに砕いてしまったあたり、まるっきりの素人ですね」

「わかった」

 稲城は、なおも不満げな加賀を押さえて言った。

「そいつらにわれわれを襲う根性があるとは思えんが、そのときは追い払うまでだ」

 翔馬らの威嚇が効いたのか、隊商は攻撃を受けることもなく、日の暮れる前に古い宿場町の隊商宿に入った。

「あの父娘おやこは、うちの隊にまかせるそうだ」

 翔馬は自室にトゥムルと芹沢をよんで言った。他の隊商夫たちは大部屋だが、この三人は小さいながら個室だ。

「押しつけられたな」

 トゥムルは笑った。

「ありていにいえばそうだ。だがふたりを救けたのはわれわれだし、今さら知らんふりもできないだろう」

 翔馬は、トゥムルの語学訓練の一環として〈回廊語〉で話している。ゆっくりとわかるまで繰り返し、必要ならば〈高原語〉で説明する。芹沢は〈高原語〉ができないので、その学習にもなる。時間はかかるが、仲がしっくりいっていないトゥムルと芹沢が話し合う機会にもなれば、と翔馬はひそかに期待している。

 このふたりの幹部は齢が離れているうえに、育った文化も異なり、しかも知り合ってまだふた月だ。親しくなれというほうが無理だとはわかっているが、翔馬としては早く打ちとけてもらいたい。

「沢井自身はどういっているんだ」

 トゥムルが訊いた。

「まだたしかめていないが、あまり選択の余地はないんじゃないか。なにしろ手元に残った財産は服の包みだけなんだから」

「ならば、故郷くにに帰るしかないだろう」

「それはどうかな」

 芹沢が首をひねった。

「発掘屋にはたいてい、帰る家などない。一発当てることを夢見て、遺跡から遺跡へと流れ歩いて一生を終えるのがほとんどだ」

「遺跡っていうのはそんなにたくさんころがっているものなのか。おれは例のキタン沙漠のやつしか知らないぜ」

「南は〈大変動〉をもろに受けたからな。遺跡は熔岩に埋まったり、崩れた山の下になったりで、まだほとんどが発見されていないんだ。北ではけっこう見つけやすく、男の子なら一度は発掘屋になりたいとあこがれるものさ」

「あんたもか」

「もちろん。仲間と〈大変動〉前の地図を集めて発掘計画をたてたりしたものだよ」

 そういえば岩間村の子供の間でも〈大変動〉で失われた都市の伝説は人気があったな。翔馬は芹沢の言葉に昔を思い出した。発掘屋という職業があるのを知っていたら、きっとおれもなりたがったはずだ。そして姉さんに笑われただろう。

 葉月の消息はまだわからない。町に立ち寄るたびに交易互助会オルタクの支部や宿の広報端末で検索しているが、該当する名前は見つからない。

 だからといって最悪の事態を考えるのは気が早い。光脳の情報庫に登録されているのは、何らかの組織に在籍しているか、またはかつて在籍した者だけで、それも偽名を使っている可能性もある。もし木原に殺されずに逃れられたとしたら、追手を警戒して本名を名乗っていないと考えたほうが自然だ。そうだ、まだ希望は残っている。

 傭兵としての木原の名前は簡単に検索できた。だがかなり前から情報が更新されておらず、今どこで何をしているかという、肝腎のことがわからない。

「名前からして沢井は北回廊の出だろう。故郷に帰るにしても、われわれの目的地とは方向が反対だ」

 翔馬は本題に戻って言った。

「いっそうちで働く気があるかきいてみよう。その気がないなら近くの町までの旅費をだしてやる。それでいいかな」

 ふたりはうなずいた。


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