5-4 事件



 グラレフの懸念は当たった。

 翌夜、三十人以上の男が女たちを襲ったのだ。なかには銃を持っている者もいた。

 グラレフの対応はすばやく、小銃を手にした部下たちを率いて駆けつけたときには、男たちはまだ女を取り囲んでいた。

「その女たちをはなせ」

「今いいとこなんだ。ちょっと、あとちょっと待ってくれ」

事におよんでいる男が叫び、周りの仲間が大声で笑った。

「撃てっ」

 グラレフの声に一斉射撃の銃声が重なる。女をふくめて全員が倒れた。

 その夜のうちに翔馬やトゥムルらが本部に招集され、緊急の管理委員会が開かれた。

「麻痺弾で捕えた男たちは三十二名。そのなかに委員が十二人もいた」

 グラレフは厳しい眼で全員を見まわした。

 一同は声もない。捕まった十二人の委員とは、互いに知っている仲である。

 グラレフはつづけた。

「このところ管理委員たちの高圧的な態度は目にあまる。武器をあずけたのは規律維持のためだ。それが特権階級にでもなった気でいられては遺跡の看守と変わらんじゃないか。今後、委員たちは管理業務に専念してもらう。むろん小銃は回収する」

 武装した部下を幕舎の外に配置したグラレフのいつにない剣幕に、身に覚えのある委員たちはあえて反対できない。

 翔馬もまた、この事件には大きな衝撃を受けていた。捕まった連中のなかに翔馬の部下が四人もいたのだ。

 夜が明け、麻痺弾の効果が切れた暴行犯たちは、一同の環視の中で大きな穴を掘らされた。それから一人ずつ穴の縁に引き出され、昨日までの仲間の手によって射殺された。全員が口を粘着紙でふさがれていたので、叫び声さえあげられない。

 三十二の死体が穴の底に重なると、その上に土がかぶせられた。

 処刑の光景が皆の頭を占めているその日のうちに、グラレフは委員会の顔ぶれを一新させた。

 前委員のうち素行に問題のあった連中は外され、新しい委員は十七区だけでなく八区と十六区からも選ばれた。また規律維持のために新たに警備班を組織し、前委員たちから回収した小銃を、班員たちに当番の間だけ貸与することにした。

 夕方、無理に食事をすませた翔馬がひとりで石の上に腰をおろしていると、トゥムルが隣に坐った。

「どうした、しけた顔をしているな。今朝の事を気にしているのか」

「ん、まあな」

 翔馬は四人の元部下の処刑を、かつてトゥムルのとった例にならい、くじで選んだ三人の部下と共に執行した。

 責任をとるには自分で手を汚すべきだと考えたのだが、引金をひいた瞬間、〝人を殺した〟という実感に体の震えがとまらなくなった。数日前の補給基地での戦闘で、小銃を構えた監督兵の胸に短剣を突き立てたときにはなにも感じなかったのに。

「おれがしっかりと部下を掌握していれば、あいつらは事件に加わらなかったかもしれない」

「あるいは、な」

 トゥムルはうなずいた。

「おまえは部下に優しかった。というより強くでられなかった。なにしろみんなおまえより年上だからな。その結果、女が犯され、おまえを甘くみた愚か者が四人、命を落としたってわけだ」

 一言もない。翔馬は日頃、トゥムルの部下に対する態度は厳しすぎると思っていた。なにも、ふてくされたくらいで殴り倒すことはないだろう。だが彼の部下は一人も昨夜の事件に加わっていない。

「だがな、ショーマ、これは絶好の機会だぞ。みんなは今、今朝の処刑にひるんで反抗する気力をなくしている。ここでおまえが毅然とした態度で臨めば、ごく自然に、命令する者とされる者の関係ができあがる」

 翔馬は遊牧民の若者を見た。おれとさして齢もちがわないのに、こいつの自信にみちた態度はどこからくるんだろう。

 ふと気づいていった。

「もしかしてグラレフさんが委員を入れ替えたのも、それが狙いかな」

「そうさ。はずされたのは、ふだんからグラレフの先輩面をして、命令を無視したり勝手なことをしがちだった連中だ」

「そういうことだったのか」

 グラレフの対応が異様に迅速だったのも、昨夜のような事件を待っていたのだとすれば納得がいく。それとも起きてしまった事件をうまく利用しただけなのか。

 いずれにせよ、グラレフとトゥムルは、自分より二手も三手も先を読んでいる。

 翔馬は急に恥ずかしくなった。いっぱしの隊長面をしているおれなど、ふたりの眼には子供のように見えているのではないか。

「ところでショーマ、おまえはこれからどうするんだ」

 翔馬は気を取り直して答えた。

「グラレフさんに仕事を手伝ってくれと頼まれている。しばらく一緒に働くつもりだ」

「しかしおまえは姉さんを捜しているんだろう。それはいいのか」

「おれひとりで捜しまわっても、姉さんの手掛りはみつけられそうもない。情報集めもそうだが、なにかをやろうとしたら、人脈や組織の力が必要だ。今度のことでそれがよくわかった。あせって闇雲に歩きまわるより、まずは交易商として独り立ちできる力を身につけるのが先決だ」

「隊商の株を資金にすれば、いつでも独立できるんじゃないのか」

 翔馬は首をふった。

「おれにはまだ知識も経験も足りない。グラレフさんのところで勉強できるこの機会を逃す手はないさ。トゥムルこそどうするんだ。故郷に帰るのか」

「おれか」

 トゥムルは紫色の空を見た。

「おれもグラレフから誘われている。それにもっと世界を知りたいしな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る