5-3 会議
アドラ山に陽が沈もうとしている。山の東麓に流れる川のほとりに宿営して二度目の夕陽だ。
「アキツさん、グラレフさんが本部に来てくれって」
リニイが呼びに来たとき、翔馬は他の遺跡の男たちと貨物筏に積む物資を仕分けしているところだった。
昨日、翔馬の指揮下に入れられた時の彼らの反応は、なかなかの見ものだった。
――このガキが、おれたちの隊長だと!
髪も
だがなんと、この髭もろくに生えていない少年が叛乱の立案者で、監督兵との戦いを指揮した一人だというではないか。
――まさか。
しかし現に、十七区の連中は翔馬を隊長と認めて、指示に従っている。信じようと信じまいと彼らも従うしかない。
翔馬たちが動力筏と貨物筏、それに装甲筏に分乗して補給基地を奇襲したのは、三日前の未明だった。武器は監督兵の持っていた小銃と短剣、衝撃棒、それに鉄棒や
補給基地の周囲には塀も柵もなかった。岩だらけの沙漠の真中には必要ないというわけだろう。代わりに機関銃を据えた監視
翔馬たちは十七区から戻ってきた輸送隊を装い、補給基地に乗りこんだ。貨物筏に積んだお宝の陰に坑夫たちが身をひそめている。
基地に入るや貨物筏から飛び降りた坑夫たちは、装甲筏に援護されて監視櫓を破壊し、
さっそく動力筏と貨物筏を総動員しての移送作戦が始まり、その日のうちに十七区の坑夫たちが、翌日には他の二つの遺跡で使役されていた男たちが、アドラ山の東麓に移ってきた。
降伏した監督兵たちは、水と食糧を洗いざらい運び去った補給基地に置いてきた。傭兵の救援が来るまで頑張れば、たすかるかもしれない。
八区と十六区の看守はほとんど遺跡に置き去りにされたが、十七区の看守たちの大半は協力の見返りについて来るのを許された。その中にラモンもいる。案外、生きのびる才能のある男なのかもしれない。
アドラ山の麓には小さな村落がいくつかあり、衰弱している者にだけでも宿を貸してもらいたいと頼んだが、あっさり断わられた。かかわりあいになりたくないと村人たちの顔に書いてある。
非力な村としては無理もない。だが、おかげで九百人もが初春の草原に毛布だけで野宿するはめになった。
翔馬は手を休めた。
「なんだ、また委員会か」
「そうみたいね」
リニイの姿に、男たちの視線が釘付けになった。やっと
もっとも翔馬はこの問題をあまり深刻には考えていなかった。全員が力を合わせなければならぬこんな状況下で、まさか足元の油に火をつける馬鹿もいないだろう。実際この二日間、何事もなかった。
翔馬は男たちにあとをまかせ、リニイとともに本部に向かった。
「いったい、いつまで会議をやるの」
「さあ。でもそろそろ決着をつけないとな」
「要するに、もっと分け前をよこせというんでしょう、あの人たち」
とリニイは軽蔑したようにいった。
あの人たち、というのは八区と十六区の自薦代表たちのことだ。自分から代表を名乗るだけあって、やたらと押しだけは強い。
彼らの関心は、各種の筏と発掘品の分配方法である。ふたつの遺跡の代表たちは、三つの区で三等分すべきだと主張して譲らない。
「アキツさんたちに救けられなければ、あの人たちはみんな死んでいたのに」
「おれも正直、こんな面倒なことになるとは考えてなかったな」
全てを売り払って全員に故郷に帰る旅費を与え、残った金は命がけで戦った者に貢献度に応じて分配すればいい。そう簡単に考えていたのだ。
「いっそのこと、文句をいう人はここに置いていったら」
リニイが過激な提案をした。
「それはちょっと……」
翔馬は苦笑した。たしかに武器はすべて十七区が押さえている。やろうと思えばできないことではないが、それでは戦利品をひとり占めするために仲間を捨てたと非難されても仕方ない。
「おれは小銃の一挺も貰えれば充分だな。もともとなくすほどの財産を持っていたわけでなし、またやり直せばいいんだから」
「だめよ。いちばん手柄をたてたあんたが貰わないと、他の人たちも貰えなくなるじゃないの」
「――なるほど、そこまで考えていなかった」
「あんたはもう自分の好き嫌いだけで判断できる立場じゃないのよ。自覚しなさい」
「そうなのか」
「まったく、自分のことになるとさっぱりなんだから」
といってリニイはそっと翔馬の顔を見た。
実のところ、翔馬の頭の中はそれどころではなかった。もっと先に決めなくてはならぬことがいくらもある。
せっかく地下遺跡から逃れたのに、すでに体力の尽きてしまった男たちも多く、毎朝新しい墓穴を掘らねばならぬありさまだ。おまけに食糧はあと六日分しかない。それまでに翔馬たちを受けいれてくれる土地をみつけなくてはならない。腰を据えて分け前の相談などしている余裕はないのだ。
本部は、筏の円陣内に張られた幕舎の一つに設けられている。
翔馬が入った時には、すでにグラレフやトゥムルたち十七区の幹部と、ふたつの遺跡の自薦代表たちが集まっていた。
「遅いぞ」
八区のウトミシュが、翔馬の顔を見るなり高飛車に言った。
翔馬は口に出かかった「遅くなりました」という言葉を呑みこみ、黙ってトゥムルの横に腰をおろした。
ウトミシュはまだいっている。
「いくら子供だからといって、そんないいかげんなことで隊長がつとまるか。さっさと辞めてしまえ」
トゥムルが無言で立ち上がろうとするのを、グラレフが手で押さえていった。
「アキツが遅刻したのは、わたしの連絡が遅れたせいだ。それに彼は明朝の出発の準備で忙しい。一日中坐っている連中とは一緒になるまい」
一日中、本部ですることもなく坐っていたウトミシュは、不快げに口を曲げた。
会議が始まった。冒頭からウトミシュは独演会のように喋りまくった。
「あんたらが監督兵と戦った功績を否定はせん。しかし同じことをわれわれも計画していたのだ。あんたらがやらなくとも、もう二、三日もすれば、きっとわれわれが補給基地を占拠していたはずだ」
「計画だけなら、世界だって征服できるぜ」
ニルスが聞こえよがしにつぶやいた。
話が戦利品の分配方法に移ると、ウトミシュの声はますます熱をおびた。
すでに、発掘品の売却代金は坑夫たちに分配し、それ以外の戦利品は功績に応じて配当することが決まっている。問題はそれらの分配方法だ。ウトミシュは売却代金を三つの遺跡で三等分し、さらに代表者である自分にもグラレフと同額の配当をよこせと主張した。
「本来ならわしが皆を解放していたのだ。それだけの権利はある」
「で、あなたも同じ意見ですか」
とグラレフは、十六区の代表にたずねた。
「いや、わたしの配当は皆と同じでいい。だが発掘品を売った金を三等分するという点は、ウトミシュさんと同意見だ」
こちらのほうがよほどまともな頭をしている。翔馬は思った。だが三等分案は呑めない。なにしろ十七区は坑夫の数がいちばん多く、遺跡で三等分したら一人当りの取り分は最少になってしまう。
それにウトミシュがなんと言おうと、実際に戦って三つの遺跡を解放したのは十七区の男たちなのだ。多くの死傷者もだしている。十六区の代表の声に迫力がないのは、それを承知しているからだろう。
「よくわかった」
グラレフはうなずいた。
「先日から皆さんの意見をうかがい、わたしなりの結論をだした」
本部は静まり返った。
「まず売却代金の分配方法についてだが、これはみんなが採掘したものだ。したがって全員の頭数で分けることにする。細かい点に不満はあろうが、これに従ってもらいたい」
予想された妥当な方法なので、誰も異議をとなえない。
「次にその他の戦利品の配当だが、叛乱を計画し、組織し、指揮した三人、つまりアキツとトゥムル、それにわたしが半分だ。残り半分を戦闘に参加した者たちで分ける。ただし――」
騒然となりかけた一同を、鋭い声でしずめ、
「配当は原則として委員会にすべて預けてもらう」
「それじゃ、実際の配当はなしですか」
ひとりが不安と不満の声をあげた。
「さてそこだ。せっかく動力筏と貨物筏があるのに、これを使わない手はないと思わないか」
グラレフは一同を見まわした。
「隊商を組むんですね」
翔馬は思わず叫んだ。
「そうだ。さすがはアキツ、察しがいい」
動力筏や貨物筏を売るといっても、おそらくは足元を見られてたいした値はつくまい。だいいち
「配当は、だから隊商の株で与えることにしたい。ただし参加しない者には、相応の現金を支払う」
「いいですね。そうするとおれも交易商人の仲間入りだ」
ニルスが嬉しそうにいった。
他の連中もうなずいている。一介の隊商夫が交易商人になれる機会など、そうあるものではない。
「ちょっと確認させてくれ」
とウトミシュが割りこんだ。
「そうすると、わしの株の割当はあんたらと同じ六分の一ということになるな」
グラレフは、潰したはずのゴキブリがまた動きだしたのを見るような眼をした。
「戦闘に参加した者に割り当てる、といったはずだが」
一変して冷ややかな声だ。
「反対だ。わしは反対だぞ。いいか、わしの――」
「委員会は分配方法についてわたしに一任した。この方法に反対なら、いつでも別行動をとっていただいてけっこう」
「なんだと、いつあんたに一任した。わしは認めんぞ」
「そう、わたしにもあなたが委員に選任されたという記憶はない」
言い捨ててグラレフは立ち上がった。
「みんな、忙しいところをすまなかったな。解散する」
ウトミシュは怒りに体を震わせ、言葉も出ずにいる。
翔馬は眼をそらせて幕舎を出た。
「あいつに同情しているのか」
グラレフに声をかけられて振り返った。
「あんな勝手な意見が通るわけはないです。でも、ちょっと痛々しい気もして」
「ウトミシュは看守とぐるになって羽振りをきかせていたらしい。やつを排除してくれと、八区の連中がわたしに頼みにきた」
「そんな男をなぜ代表なんかにしたんでしょう」
「まだやつのはったりに萎縮しているんだろう。ここでウトミシュを叩いておかないと、ますますつけ上がって厄介なことになる」
「グラレフさん、おれの配当ですけれど、多すぎます」
高い評価は嬉しいが、年長者たちをさしおいてあまり多くの配当を受けるのは心苦しい。
グラレフは翔馬の肩に手をおき、
「アキツ、交易商人にとっていちばん大切なのは客の信用だ。信用を支えるのは評判、つまり世間の評価だ。これはどんな仕事にもいえると思う。遠慮して配当を半分にすれば、世間は君の功績を半分にしか評価してくれないぞ。それに君の配当を減らせば、わたしが皆から信用されなくなる。正しい評価を下せない男、ということでな。そうなれば誰もわたしの下で働こうとしなくなる」
「わかりました」
翔馬は考えながらうなずいた。
「なんだ、わたしの言ったことが気にさわったのか」
「いえ、ちがうんです」
翔馬は、本部に来る途中でリニイに同じようにたしなめられたことを話した。
「利口な娘だ」
グラレフはうなずいた。
「アキツはリニイをどうするつもりだ」
「どうするって――」
翔馬の戸惑った表情にグラレフは、しようがないな、といった笑みを浮かべ、
「ま、いいさ。だがなるべくあの娘から眼を離さぬよう気をつけていてくれないか。さかりのついた牡猫みたいに眼をぎらぎらさせているやつらが大勢いる」
「まだそんな問題は起きてませんけれど」
「まだ、な。しかし起きてからでは遅い。相手をしてくれる女を
「はあ」
「いずれ隊商を率いるのなら、こうした知恵も必要だぞ」
と翔馬の肩をたたいた。
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