第25話 アルバイトは始めるまでも厳しい
まずは地元にある十六歳から募集の数少ないコンビニに電話をしてみることにした。
晶子は初めての仕事探しの電話ということでスマートフォンで電話番号を打つ手に緊張した。
とぅるうるる……と数回鳴ったうちに男性の声がした。
「はいもしもしヤマデンストア西店です」
「あの、アルバイトの申し込みをしたくてお電話させていただいたのですが」
「えーと、アルバイトですね。おいくつですか?」
「十六歳です」
「十六歳ということは高校生ですか?」
高校生、という単語が出てきた途端電話の向こうの男性の声は変わった。
「うちじゃ高校生はちょっと。コンビニですので、深夜とかにシフト急に出て欲しい時もあるのですが高校生だと夜十時以上は頼めないもので。残念ですが……」
そう言われて電話は終わった。
初めてのバイトの申し込みの一件目はあっけなく撃沈したのである。
しかしここで落ち込んではいられない。
続けて求人で探した他のコンビニの二件目に電話をしてみることにした。
しかしそこでもあっけなく惨敗する。
「バイトの募集はもう締め切ったはずなのですが、求人には反映されてなくて。まだ求人にはバイト募集になってるけどもう人数が十分足りたので……」
そう言われて相手にされなかった。
インターネットの求人サイトや求人誌にはバイト募集とは出ていたが求人に掲載してる情報はだいぶ前のものであり、実際はもう終わっているということがたびたびある、という現実を知った。
やはりバイト探しの道のりは厳しいものである。
三件目の電話では「面接をするから来てくれ」と言われた。
ようやく三件目にして申し込みは電話から面接にたどり着いた。
晶子は気合を入れて買ってきた履歴書を書く。
その時、学歴を書く箇所でひっかかった。
学歴とはどこの学校を卒業したか、どこの学校に在籍したかを書く場所だ。
小学校と中学校のことは普通に卒業と書けたが今の学歴はなんだろうか?
現在通っている学校は「県立志宮高校通信制コース」と書けばいいのだが学歴の部分には中退したことも書くのだろうか?「私立梅沼女子高等学校中退」と書くべきだろうか?
しかしもしもそんなことを書いていて高校を中退するような子だと思われたらマイナスなイメージにならないだろうかと不安になった。
店としては働いてほしくて真面目にシフトを守ってきっちり時間内に遅刻をせず、無断出席もせずに来てくれる人材を望んでいる。
そこへ高校中退と書いてしまえばまず高校すら辞めてしまうような人を採用したいと思うだろうか?
晶子は不安になってスマートフォンのインターネット検索エンジンに「履歴書 学歴」と検索した。
学歴は中退した学校名を書いた方がいいとか中退や退学については書かなくていい、卒業した学校のみを書けばいい、とあったので
その中でどれが正しいかはわからないが晶子は前の学校のことは書かないことにした。
そして晶子は面接をする為に店に行った。
今回面接をすることになったのはラーメン屋だ。
初めてのバイト面接だが面接は高校入試の際に中学校で何度も面接練習をしていたのでそこは晶子にとっても自信があった。
晶子は緊張したが入口に入ることにした。
ラーメン屋の中は今の時間帯だと客は少なかった。
まだ平日の午後三時である。
晶子が面接はいつでも行けると答えるとどうやら店の方は客が少ない時間帯を指定したようである。
「いらっしゃいませー何名様でしょうか?」と店員が話しかけてきた。
晶子は客としてきたのではなくアルバイト面接の旨を伝えた
「あの、アルバイトの面接に来たのですが」と答えると
「アルバイトの方はこちらです。ついてきてください」
と店員は店の奥に足を進めた。
レジの奥、いわゆるスタッフルームという場所に入り、そこから廊下を通り抜けると
個室にたどり着いた
「店長、アルバイトの面接です」
そして店員がドアを開けると簡易な机とソファーがあった部屋の中に怪訝そうな中年の男性がいた。
「はい、アルバイトの面接ですね。じゃあさっそく始めようか」
そういわれ、晶子はむかいのソファーに座り、そこに店長が座って対面して面接が始まった。
「じゃあ履歴書見せてもらえないかな」
と言われ晶子は鞄から履歴書を取り出して渡した。
店長はその履歴書をじっくりと読んだ。
「ふんふん、なるほどね」
初めてのアルバイト面接で晶子は履歴書をじっくり見られて緊張した。
「通信制高校に通ってるって書いてあるけどなんで全日制じゃなくて通信高校を選んだの?」
そう聞かれたのである。
通常・高校生のアルバイトとなると大半の高校生は全日制の高校に通っている。
その中で通信制高校という珍しい場所に通ってることを疑問に思ったのかそれを聞かれるとは、と晶子は正直に話した方がいいのか、ここで本当のことを言わずに隠してしまうと採用に不利になるのではとと思った。
「以前は女子高に通っていたんですけど、合わなかったのでやめることになり、それで通信制高校に再入学したんです」
正直に前の学校を辞めていたことを言った。
面接であれば嘘は言わず正直に事情を話した方がよいと求人サイトの面接のコツにも書いてあったからだ。
「うん。なるほどね」
その答えに納得したのか店長はそれ以上学歴については聞いてこなかった。
そしていくつかの質問に答えた。
接客において大切なのは何だと思いますか?などこれらは求人サイトに書いてあった通りだった。
「では面接は以上になります。お疲れ様でした。採用ならお電話しますので」
そう言われて晶子はようやく面接の緊張感から解放された、と思った。
これであとは結果を待つだけだ。
しかし晶子の期待とは裏腹に三日間待ったが電話はなかった。
つまり連絡がないということは不採用ということなのだ。
「やっぱり面接で前の学校辞めたって言ったことがダメだったのかなあ」
不採用なら不採用で連絡が欲しい、と思ったがそれは店が決めることなので文句は言えない。
不採用と決まっているのならその時点で連絡が来る方がすぐに次のバイト探しを始められるのに、と思った。
三日間採用かどうかの連絡を待たなければならない、不採用なら連絡が来なくてそのままなのだ。
晶子は一刻も早くバイトを決めて、安心したかったので時間が惜しかった。
晶子はそれでも休んでる暇はないと次のバイト先に電話をして再び面接にかけつけた。
パートがたくさん働いているドラッグストアだ。
ここは求人サイトには載っておらず、表の張り紙にパート・アルバイト募集と大きく書いてあったから申し込むことにした。
しかし、またもや面接はいいものではなかった
「うちはほら、薬品も取り扱ってるから十八歳未満を雇うのはちょっとね。この前まで高校生も雇ってたんだけどやっぱその子達ってお客さんともめるとすぐ店長か社員呼ぶの。十八歳以上の人はお客さんとのトラブルを責任もって解決できるんだけど高校生の子はそれができないでしょ。だからその高校生達には悪いけど、全員辞めてもらうしかなかったんだ」
高校生募集と表に書いてあっても実際に面接へ行ったら高校生はいらないといわれることのなんて多いことだろうか。
それならば最初から募集要項に高校生とかかないでほしい、とすら晶子は思った。
どうせ面接へ行っても最初から雇う気もないのなら履歴書を書く時間も面接へ行く時間も無駄なのに、と晶子は心の中で思ったがそれは面接で言うわけにはいかなかった。
「そもそも君、なんでバイトしたいの?どうせお小遣い稼ぎとかでしょ? せっかく親御さんに高校行かせてもらっているんだからさあ、もっと勉強に専念したら? アルバイトしたい理由が社会勉強の為、とかだとうちは仕事できる人を求めてるんであってそういうお勉強は学校の総合授業や道徳の時間とかでやってほしいな。うちでそういう課外学習みたいなことされたら迷惑だし」
厳しい言い方ではあるがその意見ももっともである。
晶子にとってはアルバイトをしたい理由は社会勉強の為、と履歴書に書いたがそれだが店にとってはそんな人材を求めていないのだ。
世の中本来アルバイトを探す人は好美のように家計が苦しいなどお金の為が大きいのである。
晶子の家はそこまで貧乏というわけではないので晶子のバイト探しの理由はあくまでも家の為、などではなく自分自身の勉強の為だった。
「とにかく、うちじゃ無理だから。他当たってね。あ、出口そっちだから」
なんとも冷たい対応で面接は終わった。
結果は大惨敗だ。
あそこまで冷たいことを言われたのは初めてだった。
しかし社会に出るということはこういうことなのだ、と晶子は思った。
今までは家族や先生など大人に見守られている中で過ごしていた子供だったのだが社会に出て自分で自分のことを決めねばならないとなると誰もかばってくれはしない。
時には残酷なことや冷たい言葉を投げかけられることもある。
社会に出て働くということはそういうことなのだ。
今までは学校や家庭という巣箱の中で大切に育てられてきただけでしかないのだった。
晶子は両親によって大切に大切にお姫様のように過保護に育てられていたのである。
その為に実際にこうして社会に出ようとすればつまづくのだ。
両親によって甘やかされていたことがここでは大きな仇となった。
それでもやはりバイトを探さねばならないので晶子は次の募集に電話をかけて面接に行くことにした。
そこへも履歴書を持参して履歴書には希望するシフトを書いていた。
晶子の希望するシフトは平日日中だった。
「高校生ならできれば平日夜と土日にシフト入ってほしいんだよね。平日の日中はパートさんが多くいるから十分シフト足りててねー。どうしても店に不足してるのは平日の夜と土日の休日に一日中入ってくれる人がありがたいんだ」
それはもっともな意見だった。
確かに飲食店が込むのは平日の夜と休日である。
平日の昼は普段は主婦をしているパートがたくさんいるのだ。
パートタイマーにとっては日中こそが稼ぎ時だが夕方までしか入れない。
夕方以降は学校から帰ってくる子供の面倒を見たり、夜には旦那も帰ってくる。
そして土日は主婦は家の家事と子供の面倒を見なければならないのだ。
そうなるとパートタイマーはどうしても平日の夜と休日にシフトを入れることはできない。
しかし学生は平日の日中は学校だが平日の夜と土日は入れる。
土日こそが飲食店にとっては激込みになるので募集要項には三、四時間とかいてあるができれば朝の開店時間から夜の閉店時間まで休憩をはさんで一日中シフトに入ってくれる人の方がいいのだ。
しかし自分には日曜日こそが週一回のスクーリングで学校に行かねばならない。
どうしても日曜日の日中はバイトに入れない
それだと世間が望んでいる高校生アルバイトの理想的なシフト時間とずれてしまうのだ。
そしてさらにこう言われた。
「今日はこの後、何人か大学生の面接があるから。誰を採用にするかはわかんないけど」
晶子はこの時点でこの面接は終わったな、と思った。
今日面接を受ける予定が晶子だけだったのならまだ採用にしようかどうかを考えられたかもしれないが、この後に複数の面接があるということはその中からさらに誰を採用するかを決める選別をするということだ。
しかもそれなら十八歳未満の高校生よりも十八歳以上で大人の大学生の方を優先して採用したいに決まっている。
この地域で今アルバイトを探している人は自分だけではないと思い知った。
多くの人が職を求めてみんな探しているのだ。
春で新生活と共にアルバイトをして生活費を稼ぎたいと思う人はたくさんいるのだろう。
あちらこちらでアルバイト募集の張り紙があったのでそれだけ世の中の商売はバイトを探していると思っていたが実際は店の求人以上に仕事を探している人が多いのかもしれない。
それともそれは都会ではなくこういう地方都市だからだろうか。
都会ならもっと高校生ができるアルバイトも店が多い分あるのではないだろうかと思えた。
しかも都会なら電車など交通の便もいいのでたとえ家から遠くても車が運転できなくても電車を使えばかなり広範囲のアルバイトを探すことができる。
ここまで何件も電話をしたり面接に行ってもどれも惨敗だった。
まさかバイト探しがこんなに難しいことだったなんて、と晶子は現実の厳しさを知った。
アニメや漫画、ドラマや映画に小説などでは高校生の人物が「バイトをしよう」と言ってるシーンの次の日にはもうバイトをしているなどという描写がよくある。
なんならアニメの世界では十八歳未満どころか小学生や中学生ほどの年齢のキャラクターがお仕事をしていたりもする。
フィクションの世界はストーリー上の都合として早くアルバイトが決まらなけれそこでいつまでもストーリーが進まないのでそうしているのだなあと知った。
現実はバイトを始めるどころかまずはバイトを探してみて十八歳未満を募集している店すら少なく。やっとこさ高校生募集の店を見つけても面接をしてみたが不採用、なんてことばかりだ。
そうしてバイトがなかなか決まらず、落ち込みそうになっている晶子のもとに好美からメールが届いた。
「バイトどう?いい仕事見つかった?」
好美にはバイトを始めようかという相談をしていたのでそのことが気がかりでうまくいってるか連絡をくれたようだ。
せっかく好美がバイトについて聞いて来たものの晶子はまだアルバイトが決まらない自分のことが情けなく思った。
「ううん。バイトまだ決まってすらいない。あちこち十八歳以下のバイトとか探しているんだけどもう五件くらい面接したりしたけど採用されなくて。思ったより厳しい」
バイト探しの厳しさに少々疲れていた晶子は素直に今の状況を伝えた。
「やっぱバイト探すの大変だよね。わかるわー。私もなかなか高校生募集してるとこなくて探すの大変だった」
やはり好美もバイト探しにはそこそこ苦戦していたようだ。
いきなり近所の店に申し込んで即採用、とはいかない。
好美はすでに高校入学時からバイトをしているので自分より先に社会で働いていたのだ。
中学校では同級生だった好美はバイト探しという難しい洗礼を受けた末で採用されて今は立派に働いているのだ。
同級生だったはずの親友がずっと先輩に見える。
好美と面接についての話をしているとこういわれた。
「私は定時制高校へ進学した理由は「父が亡くなって経済的な事情で働きながら高校に通いたかったから」って答えたよ」
好美にとってはアルバイトの収入はそのまま家計になる。
そういう風に家庭の事情でどうしても仕事に就かねばならない人ほど採用される可能性は高いのかもしれない、
しかし晶子は両親ともに健在だし、家庭の経済状況も特に困難というわけではない。
よっぽどの事情がない限り高校生のあるバイトはやはり採用されづらい。
好美は高校の定時制コースに通っているので日中は学校だが夕方や休日はほとんどバイトのシフトを入れているという。
身近な人物がそうしているのならば採用されるにはそうするしかない。
晶子は考え方を変えた。
平日日中は家事と学校のレポートに集中して、平日夜からシフトに入ることにしたのだ。
そして土曜日は一日中シフトに入れることにして、日曜日は学校が終わってからの夕方五時からシフトに入る
これなら飲食店のアルバイトが望んでいるシフトになる。
前の学校にいた時は平日はずっと学校で夜は家で勉強というスケジュールだっただけに平日の夜から外に出るのは新しい経験だが今は店が求めている人材になるしかないのだ。
ましてや日曜日も学校が終わってからバイトに入るのだそれはかなり過酷なスケジュールになるかもしれないが仕方がない。
通信制高校に進学した理由は前の学校をやめたから、などマイナスなことを言うのではなく好美のように「働きながら学校へ行きたかった」と言えばいい。
まずは採用される為にはある程度シフトを店側が望んでいる時間帯にせねばならない。
これも経験だと思えばいい。
いよいよもう地元でバイト募集をしている店が残り一件になった。
晶子はダメもとで自宅から自転車で約二十分ほどかかるファミリーレストランへ電話を入れた。すると面接に来てくれと言われたのだ。
家から少々離れているために今まで候補に入れてなかった場所だが近所の店ですべて不採用になってしまったので少し遠くにはなるが仕方ない。
駐輪場に自転車を置き、正面入り口から入った。
入口にいた店員にバイトの面接で来たと伝えると、すぐに店長らしき男性が出てきた。
「君がバイト希望の方だね。よく来てくれたね」
今までの面接に行った際の店長よりもずっと優しそうな人柄な男性は晶子を歓迎した。
「うちはこんな店なんだけどどう?働けそう?」
そう言って店長は晶子を連れて店内を案内した。
今は平日の午後三時なので客は少ない時間帯だがそれでも店の雰囲気をつかむことはできた。
このファミリーレストランの店内は広々としていて客もみんな楽しそうに飲み物を飲んだり注文したメニューを食べたりしていた。
店員もピリピリした様子がなく、ニコニコと笑っていて今までの店と違い、どこかあたたかく雰囲気も良かった。
晶子はこんな店で働けたら素敵だな、と思いながら答えた。
「はい」
その答えに店長はうん、とうなずいた。
「じゃあ制服と書類渡すから。次はいつ店に来れる?」
採用、という言葉を聞くまでもなくもう次に来る時の話になっている。
どうやら店の案内をすること自体が面接になっていたらしい。
こんなあっさり採用でいいのか?と晶子はキョトンとしたがどうやらこの面接は受かったようだ。
「明日から来れます!」
晶子は採用されたことが嬉しくて元気よく答えた。
「じゃあ明日の夕方五時にまた来てね。まずは研修からだから。いつでも連絡できるように連絡先ここに書いてね」
そう言って店長は店の奥から持ってきた書類を晶子に渡した。。
「給与振り込みの口座番号とか色々書くことここに書いてきてね。住民票と印鑑忘れないで」
「わかりました」
そして店を出た時、なんともすがすがしい気持ちだった。
ようやく苦労のかいがあってアルバイトが決まったことに嬉しくてしょうがなかった。
ほんの数日前までアルバイトが不採用続きばかりで落ち込んでいた晶子には今目に入る景色すべてがどんよりとした暗い世界から輝きと色彩を取り戻した明るい世界に見えたほどなのだ。
こうして晶子の新しい第一歩が踏み出された。
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