第23話 二回目の入学式
いよいよ志宮高校の入学式が始まる。
学校見学と入試の時以来に来る志宮高校の校舎の前は春を表現するような桜が満開になっていてまさに入学式に来た生徒を迎えるように玄関を包んでいた。
晶子は気慣れない新品のスーツを着て、入学式の受付をした。
去年も高校の入学式をしたばかりなのに翌年も入学式を経験しているとはなんとも不思議な気持ちだった。
入学式ということで人が多かった。
この高校は制服がない私服高ということで晶子は入学式用のスーツを着てきたがスーツを着てる人もいれば私服の人もいてなど正装をしてる人もいればいつも通りのラフな格好で着てる人もいる。
入学式に参加している人の年齢は実に様々だ。
自分の母親と同じ年くらいの女性、高齢のおじいちゃん、まだ若いが高校生よりちょっと年上くらいの青年と年齢層はバラバラだ。そこが通常の高校の入学式との違いだろうか。
確かにこれなら高校の入学でありながら通常の高校一年生よりも一つ年上な自分もそこまで気にする必要もない。
そして以前の女子高と違って共学なので男性も多いのである。
好美は定時制の校舎なので入学式に一人で来た。
母親が一緒に行かなくていいかと言ったが帰りは好美と帰る予定なので一人で行くことにしたのだ。
入学式では新入生への挨拶や教員紹介があった。
ここまでは普通の高校と同じである。
入学式が終わるといよいよ教室へ入ることになる。
晶子は自分より年上の大人ばかりの新入生の中で一番若かった。
次々と体育館から出てきた生徒達が教室へ向かって歩き、廊下は新入生であふれた。
晶子はなんとか流れに乗ろうとして教室に向かって歩くと後ろから突然話しかけられた。
「君、これ落としたよ」
晶子は声がする方へ振り向いた。
そこにいたのは自分よりちょっと年上くらいの顔立ちをした男子だった。
整えられた髪に年スーツ姿で、背は高く、顔もしゅっとしていて凛々しい。
年齢はわからないが晶子よりも少し年上なのか高校生にしては大人びた顔立ちをしている。
スーツを着ているから余計そう見えるのかもしれないがまさに爽やかなスポーツマンタイプのイケメンというやつだ。
スーツを着ているということは晶子と同じく新入生だろうか。
しかしいくら美形とはいえ今まで女子高にいた晶子にとっては男子が同じ学校にいるという感覚に慣れておらず、突然男性に話しかけられたことに緊張した。
「え、私何か落としましたか?」
一応年上に見える初対面の男性には敬語を使う。
晶子は鞄をよく見た。
この前アニメショップで好美と買ったキーホルダーをファスナーに取り付けていいたのだが今はそれが付けた場所になかった。
どうやら何かの拍子にひかっかかって取れてしまったらしい。キーホルダーはスーツを来た男性の足元に落ちていた。
いきなり落し物という恥をかき少々恥ずかしかった。
「ほら、これ君のでしょ?」
そう言って男子生徒は床に落ちていたキーホルダーをつまみ上げ、晶子に渡した。
「すみません、ありがとうございます」
晶子は控えめにお礼を言った。
「どういたしまして。それ、「メイプルアドベンチャー」のグッズだよね」
少年はキャラクターのキーホルダーを見てアニメのタイトルを答えた。
ややマイナーなこのアニメのタイトルを知ってる男子生徒に驚いた。
このアニメは深夜に放送されているアニメであり、いわゆる夕方やゴールデンタイムといった時間に放送されているアニメではないのであまり一般人には知られていないタイプのアニメだ。
放送時間が深夜という時間帯なので普通に生活していれば普通の人は深夜に起きていることはあまりないだろう。
なので偶然テレビのチャンネルを変えていたら放送していたので知った、という知り方はできないはずだ。
まさか同じく彼もアニメ好きな人なのだろうか、と思ったところで男子生徒は言った。
「あ、ごめん。いきなりアニメの話なんてして気持ち悪かったかな?」
初対面で話すことがアニメ関連の話題だといわゆるオタクなカテゴリーにいない一般人なら少しだけ普通じゃない、という見下した感覚を使うことがある。
晶子が前にいた学校は女子高だったこともあり特にそういう風潮が若干あったのだ。
「い、いえ。結構こういうの好きで、集めてるんです。じゃ、失礼します」
晶子はキーホルダーを受け取ると、急ぎ足で教室へ向かった。
教室に着くと、黒板には出席番号順の座席表が貼ってあった。
通信制は毎日授業があるわけではないので席順は自由らしいがこの日は入学式ということで出席順に座ることになっていた。
女子や男子は関係なく男女混合で出席順なので席には男子も女子も混じって座っている。
晶子は自分の出席番号と席を確認して席に着いた。
窓際の後ろから二番目である。
そこに座り、暇つぶしにスマートフォンを触っていると、後ろの席の人から声をかけられた。
「あれ?君はさっきの。同じ通信制の入学生だったんだ」
そこにいたのは先ほど廊下でキーホルダーを拾った青年だった。
偶然なのか先ほどの男子生徒が後ろの席だったのだ
たまたま出席順で近かったのだろうか。
よりにもよって同じクラスとは、と晶子は
「さっきはありがとうございました」と言った
「同じクラスだったんだねー。俺、栗山圭。よりしくね」
先ほどあった生徒の名前を始めて知る。
自分は清野なので栗山という苗字なら出席順はすぐ後ろである。
「よ、よろしくお願いします」
「そんなかたことに敬語使わなくていいよ。俺まだ十八だし。今年十九だけど」
この男子の年齢を知って十八、となるとやはり晶子よりは年上だ。
やはり通信制高校に通う生徒は普通の高校生よりも年齢的には上な人が多いようだ、と実感する。
このクラスでは数少ない年が近い年ということで気が合う仲間と判断されたのか教師が来るまでこの男子生徒と雑談になった。
「清野さんはどんなアニメみたりするの?」
「「魔王と竜戦士」とか「ソードバスターズ」とか……ですね」
初対面なのにまるで普通に話にされることに通常なら緊張したりするものだが大好きなアニメの話題なので相手が男性でも晶子は驚くほどスムーズに言葉が出た。
「深夜系アニメの人気作結構みてるんだね」
こんな純粋な反応をされたのは始めてだ。
前の学校ではギャルっぽい子やお嬢様系の子ばかりでアニメはすでに小学校で卒業したという感じの子ばかりで趣味に対する話が合わなかった。
どちらかというとアニメやオタクがきもい、といった風潮すらあったのだ。
なのでいつも自分の本当に好きな趣味を隠すしかなかった環境にいた晶子にとっては純粋にアニメやゲームの話題で話が合う生徒がいるこの学校は斬新だった。
「ねえ、よかったらオススメなアニメ教えてよ」
男子良い思い出がなかったために女子高に進学していた晶子にとっては男子と話すのは斬新だった。
小学校時代や中学時代も男子と話すのは苦手だったはずなのだが好きなアニメの話ができるとなると男子だろうが気にせずに話ができた。
栗山圭は今まで会ってきた男子のようにいやらしくもなく、前の学校の女子生徒のようなとげとげしい雰囲気がない。
通常の高校生よりも年が行ってる分大人びててそのやわらかな物腰から話しやすい子だからだろうか。
そうしているうちに教師が来てこの学校の説明とクラスメイトのそれぞれの自己紹介は始まった。
授業の履修、レポートの提出の仕方など一通りこの学校において単位の取り方の説明などを受けた後、この学校においての係や委員会を決めることになった。
通信制の高校でも委員会はあるのか、と晶子は思った。
それらが一通り終わるとこの日は帰る時間となった。
「じゃあ清野さん、またね」
そう言って栗山圭は帰っていった。
晶子は入学式が終わったことを好美に伝えようとスマートフォンを取り出すと
「晶子今どこにいる?こっちの説明会は終わったんだけど」という好美からのメールが来ていることに気が付いた。
ほどなくして晶子は好美と高校の総合玄関で合流する。
総合玄関は通信制や定時制の生徒も使う、合同の玄関だ。
入学式が終わってみんなが一斉に帰ろうとざわめきあう生徒玄関で好美と合流できた。
「どうだった、通信制の入学式は」
「なんか年みんなバラバラって感じで私だけ若くて浮いちゃいそうかな」
そんな雑談をしていた。
「同じクラスに、メプアド知ってる人がいた。キーホルダーのことで声かけられて」
晶子は今日あった栗山圭とのことを話した。
「マジで!? 通信制にも深夜アニメ観る人いるんだ! いきなりお仲間見つけちゃった? その人と仲良くなれそう?」
好美は根掘り葉掘り聞いて来た。
「だけどその人男子で……年も違うし。年上の人だった」
好美の言うことを否定するようで悪いが、晶子はあいにく男子とは仲良くする気はなかった。
今日はあくまでも入学式のクラスメイトとの初対面ということで第一印象が悪くないように話題を合わせたつもりだったのだ。
「年上でもこれからは一応クラスメイトなんだし、しゃべったりしてみれば」
「うーん、でもやっぱり男の子とはあんまり関わりたくないかな」
「まあ晶子がそう言うんなら仕方ないけどさ。でもうちの高校共学だし、これからは男子と関わることもあるかもよ」
「それはそうだけど……」
晶子はやはり悩んでいた共学という壁が不安になってきた。
入学前は週に一日だけの登校ならばそこまで気にすることもない、と思っていたのだがやはり実際に学校に来てみてクラスを見ると印象も変わる。
「でも中学時代に男子とは全然話したくありません! って感じだった晶子が男子と話せたなんてねー。しかも年上って」
そんな話題を好美とした。
なんだかんだ中学時代のようにまた好美とこうして同じ学校で会えるというのも嬉しいことではあったので晶子は好美の質問に色々と答えた。
毎日学校に通わなければいけないのではなく学校に行くのは週一回というシステム上楽だった。
毎朝起きる時に今日も行かねばならない、という苦行がない
学校へ行くのが週に一回というシステムは今の晶子にとっては自分と見つめる時間を作れるいいチャンスだった。
さらに私服で学校へ行くというのも斬新だった。
以前の学校では指定制服の着用が義務だったからだ。
ダイエットのあげく摂食障害になってからは服のサイズが大きく変わったので今の晶子に合うサイズの私服はあんまり持っていなかった。
これからは私服で登校するので服装もそのうち買い換えた方がいいと思った。
しかし登校といっても毎日ではなく週に一回なのでそこまで急いで服を揃えなければならないわけではないというゆとりがあった分今はなんとかなっていた。
そして二回目となる日曜の登校日がやってきた。
教室に入るとさっそく自習しているもの、クラスメイトで雑談しているものなど通信制のクラスメイトはそれぞれの行動をしていた。
晶子も席に着き、今日の授業の予習をしようと教科書を出した。
「清野さんおはよう」
そこへ挨拶をしてきたのは圭だった。
先週の入学式の際に来ていたスーツ姿ではなくパーカーにジーンズというラフな服装だ。
先週のスーツ姿はあくまでも正装であり、私服姿のこちらの方が圭の本当の姿なのだろう。
「お、おはようございます。栗山さん」
「なんかそういうかたこと落ち着かないなあ。年が違うとはいえここではクラスメイトなんだからもうちょっと普通に話したい」
「ご、ごめんなさい」
普通に話したい、と言われてもなかなかそうすぐに話し方を変えるのは無理だった。
ただでさえ晶子は男性と話をすることに慣れていないのだ。
「春シーズン放送開始のアニメって何かみた?」
圭はさっそくアニメの話題を出してきた。
「俺が推してるのは「バリアーズ学園」ってアニメなんだけど、これ原作から好きなんだけどめっちゃ面白いんだ。バリアの能力を持った生徒たちが戦う話なんだけどさ」
そんな雑談をした。
そして今日からは授業が始まる。晶子は授業に専念した。
晶子は家に帰るとなんとなく今日学校で圭と話題になったアニメ「バリアーズ学園」を見てみようと思った。
圭があまりにも熱心でその作品の面白さを語っていたからだ。
晶子はパソコンを起動させると、そのバリアーズ学園の公式サイトにアクセスして、インターネットによる公式配信されている配信サイトを探した。
そしてその「バリアーズ学園」の第一話を視聴してみることにした。
今までは好美としかアニメの話題をしたことがなかったので初めて新しい学校で話した相手も同じアニメが好きと思うとじっくり本編をもう一度観よう、という気になれた。
以前はアニメを見ても本編の内容が頭に入ってこなかった。
過度な摂食障害という生活により、もはや趣味を楽しむということすらできなくなっていたのだ。
しかし今日、新しいクラスメイトとこのアニメの話題ができたことで改めてアニメの別視点に気づけたので本編の一つ一つのシーンが改めてじっくり見るのが面白くなった
「このアニメ、こんなに面白いんだ」
圭の言った通り、このアニメの一話は面白かった。
洗練されたストーリー、魅力的なキャラクター、美麗な作画とどれを取っても面白いのだ。
さっそくアニメを見たことを圭に話したい、感想を言いたいと思った。
次の登校日に学校で圭に会うことが楽しみになっていた。
今まで学校へ行くのが億劫で仕方がなかった晶子が学校へ行く日を楽しみにする。こんなことはなかった。
一週間はあっという間に過ぎ、三度目の登校日がやってきた。
学校に登校して同じ教室で圭に挨拶をした
「栗山くん。あのアニメみたよ」
その晶子の声は早くそのことを話したいといわんばかりに明るい声だった。
「観たんだ! どうだった?」
「あのね、栗山くんの言った通り、キャラも作画もストーリーもすっごくいい」
あまりにも話したいがために夢中になって話した。
やはり晶子はアニメなどの話題をするのが好きだと実感した。
その時はもはや相手だ男子だとかは気にしていなかった。
「清野さんってそんな風に笑うんだなあ」
「え?」
栗山圭の台詞に晶子は一瞬なんのことかわからなかった。
「いや、なんか清野さん、入学式の時とかすっごくだるそうな感じだったからさ。もしかしてこういう感じの雰囲気って嫌いなんだと思っていた」
入学式の自分はそんな風に見られていたのか、とそういえばあの時はあまり明るい感じではしゃべっていなかったかもしれない、と言われて気づいた。
「あの時は初めての場所で緊張しちゃって。ほら、周りがなんか年上で大人びた感じの人ばっかりだったから私みたいな子供なんかがここに来ちゃっていいのかな、って不安になってたっていうか」
「笑う清野さんは可愛いな」
男性にそんなことを言われたことがない晶子はその台詞に照れを隠さずにはいられなかった。
栗山圭とは男性などとかを気にせずに普通に話すことができたのである。
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