第22話 新しい道へ歩み出す
帰って晶子は改めて父の書斎でパソコンを立ち上げ、好美の通う「県立志宮高等学校」のホームページを見てみた。
校長先生の挨拶、学校の校風、授業のページなどを見て、さらに単位の取り方など授業の受け方を見る。
定時制・単位制・通信制から成り立ち、社会人学生や理由があって高校に行けなかった人を受け入れる学校だ。
その中で通信制といわれるコースは週に一回のスクーリングがあり、その日授業に出席してあとはレポートを提出するという形で単位が取れる。
もちろんここは女子高というわけではなく男子もいる共学である。
共学という点が晶子には気がかりだった。
どうしても男子が苦手で高校受験の志望校は女子高しか考えれれず、女子高に在籍していた晶子にとっては男子がいるというだけで負担なのでは、という心配があった。
しかし学校案内を見ればあくまでも通信制は週に一回・日曜日のみの登校でいい。
毎日通う必要もないし、入学時の年齢もバラバラなのであれば生徒には大人もいるということだ。
それならば生徒の年齢が高い分、常識のある大人が多いということなのだろうか。
以前いた女子高のように休み時間の度に一人でいることや失敗を陰口で噂されたり子供のような思考を持った年齢相当の高校生らしいそういう黒い部分は少ないかもしれない。
好美が通うコースはどうやらホームページによると「編修制」というコースのようだ。
通常定時制高校は四年間通う場所だが日曜日にも通信制で授業を受ければ卒業までに必要な単位を先に習得し通常の全日制高校と同じく三年で卒業できる。
好美は家庭の為に早く卒業して社会に出たい、仕事をしたい、という理由でもう将来のことも立派に考えているのだ。
同級生であったはずの親友の好美は将来の為にもうそこまで考えている。
年齢や学年的には同じ年のはずの好美がずっと人生の先輩で自分よりも大人に見えた。
もう好美は中学時代までの同じ年の友達、ではなく先のことまでしっかり考えた大人なのだ。
同じ年だったはずの親友がずっと先の道を歩いているということだ。
自分はすっかり追い抜かされてしまった。
親友に先を越されるその焦りもありこのままでいいのか、と考えた。
「このまま何もしない時間がただ過ぎていくよりは日曜日だけでも学校へ行けば高卒の資格がもらえた方がいいかも」
世の中やはり最低限では高校くらいは卒業しておいた方がいいかもしれない。
中卒よりも高卒がいい。
高校に通えばまた新しい道が開けるかもしれない。
晶子はこの高校に入学することを考えた。
それに好美が編修制で日曜日も通信制に通うことになるのなら登校日は同じ校舎に通うことになる。
中学時代のように再び好美と同じ学校に通うことができるのならそれは晶子にとっては心強かった。
晶子は高校のホームページをプリントアウトした。
そしてリビングで家事をしていた母親を呼び止めて相談をした
「お母さん、私、次に行く学校を探してたらここどうかなって思うんだけど」
そう話題を持ちかける。
「もう学校なんて行きたくないんじゃないの?また次にすぐ行こうとして結局ダメになるくらいなら今は休養したら」
母親は晶子のその発言にはやや否定的だ。
それもそのはずだろう。入学金も学費も莫大にかかる名門私立の女子高に行かせたものの結局は卒業もできずに辞めてしまったのだ。
もしも次の学校に行かせてまたもや行けなくなったりと入学金の無駄というその二の舞になってしまうこと、何より晶子の精神面的にあまり負担をかけさせたくないと思っていたからかもしれない。
「大丈夫、自分に合いそうな学校見つけたから」
そう言いながら晶子は県立志宮高校の学校ホームページがプリントアウトされ紙を母親に見せた。
「ここなら毎日通うんじゃなくて週に一回、日曜日だけ登校すればいいだけだから体への負担もそんなにないと思うし」
そう言って母親に履修やスクーリングについてを熱心に説明した。
今までの学校は毎日行かねばならず、しかもプライドの高い生徒が多い女子高だったという面があった。
しかしこの高校は今までの学校と大きく違う。
通う目的も年齢もみんなそれぞれバラバラな自由な校風なのだ。
「好美が通ってる高校なの。通信制に通えばまた好美と一緒に学校行けるから。このまま家にいてもしょうがないし。」
プリントアウトした学校の資料を母に見せると母はじっくりと学校概要や単位の取り方を見た。
そして特に単位や履修の仕方の部分を指でなぞりながらじっと見つめ、晶子の顔を見た。
その熱心な晶子の表情に本気さを感じたのか母は言った。
「いいんじゃない。好美ちゃんと同じ学校に行けるなんて素敵じゃない。たしかにここなら今のあなたでも行けそうね」
先ほどまで学校へ行くことを否定的だった母親が資料を見せれば肯定的になった。
週に一日のみの登校という点と好美と同じ学校という部分に惹かれたのかもしれない。
好美は中学時代何度かこの家に遊びに来たことがあるので母もよく知っている友人だ。
その好美と同じ学校ならば安心という気持ちもあったのだろう。
「行ってもいいの……?」
「晶子がちゃんとやりたいことがあるならそれを応援したい。あなた前の学校にいた時とか辞めた直後とかもうこの世の終わりみたいにすごくつらそうだったから」
なんて母は鋭いのだろうか。
さすがに包丁で首を切って自殺しようとしていたことは母には言わなかったがどことなく最近の晶子の様子を見てそんな雰囲気を感じ取っていたのかもしれない。
「行くところもなくて引きこもりになるの嫌なんでしょ?」
晶子はずっと次に何をしようかと悩みつつ、摂食障害で弱った心と体でできることもなくただ何もできず日々呆然と過ごしていたのだ。
その生活からしたらこの学校ならばいいと判断したのかもしれない。
何より、晶子自身が行きたいと訴えているからだ。
後で父親にも相談したら晶子が行きたいなら行けばいい、と言ってくれた。
通常なら病気で学校を辞めた場合はしばらく休養が必要だ、となるが晶子の病気は摂食障害という心の病だ。
今はやりたいことを精いっぱい応援して前へ進むことが療養にもなると判断したのかもしれない。
両親は晶子の意思を理解してくれたのだ。
時期的にははまだ願書を出すには間に合う
入学試験は三月中旬に行われる。
時期としてはさほど長い期間ではないが通信制の入試科目は国語・数学・英語の三教科のみなのだ。
一応、高校で勉強していたので中学校の問題は基礎もすでに終わっている。
なので今から勉強すれば間に合わないこともない。
晶子は入試に向けて受験勉強をした。
そして好美の好意により受験勉強の合間に学校見学へ行った。
好美が丁寧に学校案内をしてくれたのだ。
学校が休みの土曜日に行ったので部活動をしてる生徒がいるくらいだったがどんな学校か知るには十分だった。
外装も中も建物自体は普通の高校と同じだった。
鉄筋コンクリートの建物に教室、机と内装も普通の学校と変わらない。
その安心感がここなら通えるという自信に繋がった。
ここなら自転車で家から十五分で通える範囲である。
バス通学だった梅沼女子高よりも比較的に近く通いやすい立地なのだ。
学校見学をして、晶子はますます志宮高校に通うという決意をして死にものぐるいで勉強に励んだ。
年度末、人生で二度目の高校入試を受けることになる。
一年前に梅沼女子高の入試を受けた時にはまさか一年後には違う高校の入試を受けることになるとは思っていなかった。
人生とは何が起きるか、一年後にどうなっているのかはわからないものである。
入試は三教科だったので楽に終わった。
そして合格発表では無事に合格だった。
これで晶子は春から志宮高校に通えることになる。
入試の結果はすぐに好美にもメールで伝えた。
「やったね! これで春から同じ学校だねー」
中学では同学年だったが志望校はバラバラになった友人と同じ学校に通うことになるなど想像はしていなかったが、好美はとても喜んでくれた。
そしてメールに返信が来る。
「じゃあさ、久しぶりにアニメショップにでも行かない?合格祝いってことで」
そう絵文字を使った文面にはそう書かれていた。
アニメショップなんて中学校を卒業して以来ずっともう行ってなかった。
晶子は前の高校に入学してからはアニメ関連の店は避けていた。
周囲がアニメを否定している環境だとそういう場所に行っただけでももし同じ学校の生徒に目撃されてば「あの子オタクなんだ」という目で見られることが恐ろしかったからだ。
その為に前の学校に在籍している時には行くことができなかった場所である。
しかし今は新しい高校に行く前だ。今なら行けるかもしれない。
中学時代にはたまに好美と行くアニメショップは楽しかったからそれもいいなと思った。
合格が決まり、先のことが決まったので好美に会うことにした
入学前の春休み最後の日曜日。
二人は繁華街のアニメショップへ来た。
現在放送中のアニメの広告が店内には張り巡らされていて店の中には中学生や高校生の若い客層がひしめきあっていた。
棚には新作グッズが陳列されており、好美はそのうちの一つを指さした。
「ほら、このメプアドのキーホルダーよくない?」
メプアド、とは「メイプルアドベンチャー」という深夜アニメである。
ワンシーズンが三年前に放送されていて好美と晶子が中学時代はまっていたアニメである。
今年、三年ぶりに続編が放送された為に、アニメグッズにはメイプルアドベンチャーの新しいグッズがずらりと並んでいた。
「これ通学鞄につけようよ。あたしがリグナスで晶子がマトッシュ。それぞれの推しキャラを使うってことで」
好美はそう言い、二つのキーホルダーを手に取った。
好美はリグナスという剣士のキャラが好きで晶子はマトッシュという魔法使いのキャラが好きだった。
「いいよそんなの。高校生にもなってグッズ使うとか恥ずかしい」
中学時代はまだ子供だったのでアニメショップで買ったグッズを通学鞄に付ける等をしていたがそれは若かったからできたのだろう。
中学を卒業した今となるとなんだか恥ずかしさがあった。
前の梅沼女子高では誰一人アニメグッズを使っている生徒などいなかったからだ。
この一年間、アニメからはやや遠ざかった生活をしていた分、久しぶりにキャラクターのグッズを日常的に使うことには抵抗があった。
「大丈夫だって。そういうの自由な校風だから誰もいちいち鞄にアニメのグッズを付けてるからって変に噂しないし、誰もいちいち言ってこない学校だしさ。普通にうちの学校、アニメ以外にもアイドルのグッズとか学校で使ってる子多いよ」
すでに志宮高校に在学している好美が言うのなら間違いない。
「それに、私もつけるから、同じアニメの推しキャラ違いのグッズ使ってるって仲間って感じでいいじゃん。なんか同じ学校の中で同士ですって感じで」
たしかにこれをつけていれば好美と繋がっている、仲間がいる、一人じゃないと好美がいない時でも安心できるかもしれない。
つまりお守りのように使おうということだ。
「じゃあ買う」
晶子と好美はそれぞれの好きなキャラクターのキーホルダーを購入することにした。
「じゃあ入学式楽しみだね。これさっそく鞄に付けてきなよ」
そう言いながら今日買ったグッズの入ったショップ袋を手にぶら下げながら店を出た。
やはり買い物といっても気の合う友人と好きなジャンルの店に行くのは楽しい。
女子高にいた頃、同じ学校の友人達とコスメや服を買いに行ったがあの時は流されるままに商品を買うだけでこうして心から楽しめるという感じではなかったのだ。
学校を辞めて以降、もう女子高のクラスメイト達とは一切連絡を取り合っていなか
った。
きっと今頃みんなは二年生に進級して、晶子が別の学校へ再入学しようとしているなんて誰も知ることはないのだろう。
「私はすでに定時制の生徒だからその日は説明会に出るから学校内で会えるかどうかわかんないけど、一緒に帰ろうよ」
そして入学式が近づくにつれ、晶子は教科書購入の手続きをしたり、入学式で着ていく為のスーツを買うなど新生活の準備で忙しかった。
入学式の前にある教科書販売で新しい教科書を手に入れた。
前の高校とは違う新品の教科書にドキドキした。
自分にとっては高校一年生の最初辺りの単元はすでに前の学校で勉強してあるがここでは再びまた一から勉強となるのだ。
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