第21話 新しい道
高校を辞めることになり、時間の空いた晶子は久しぶりに好美に会うことになった。
高校に入学して以来時々連絡は取っていたものの夏休みが明けて以降はお互いがそれぞれの学校や生活が忙しくなり連絡を取る余裕がなかったからだ。
それよりも晶子の気持ち的な事情により会いたくない、とどこか避けていたからかもしれない。
もうそれぞれ違う学校に行ったのだからそれぞれの道を歩むべきだ、ということで次第に疎遠になっていくものだと思っていた。
しかし晶子が高校を辞めることになったことを伝えると、時間があるなら久しぶりに会おうということになった。
好美とは家から近所のカフェで会うことになった。
食べられないという事情であまり飲食店には行きたくなかったが、好美はバイトの後に来るから、ということで家から近所で好美のバイト先に近いカフェで落ち合うことになったのである。
カフェの中はお客さんでいっぱいで晶子はしばらくの間食べ物を買う以外には外に出てなかったので人の目線が気になってしかたなかった。
待ち合わせの店内のテーブルに好美は来た。
「久しぶりー晶子、元気にしてた?」
しばらく会っていなかったにもかかわらず晶子は中学時代からあんまり変わっていなかった。
もう中学校を卒業して半年以上が経過するが、話し方のノリはかつて共に中学時代を過ごしたあのままである。
ある意味その好美の変化のなさに晶子は今安心していた。
「晶子、ずいぶん痩せちゃったね。話には聞いていたけど」
晶子の顔を見ると好美はそう言った。
晶子は高校に入学してからのいきさつを一通り好美にメールで話しておいたのだ。
摂食障害の事情を話していたので痩せているということは想像がついていたためかそれほど驚くことはなかったがそれでも晶子のやつれた表情を見るとやはりその変わりようには口に出さずにはいられなかったらしい。
「メールで聞いてたけど、学校辞めたんだって?」
晶子は久しぶりに会う親友にこれまでのことを話すだけ話した。
メールでは書けなかった実際に会うからこそきる話だ。
好美の高校生活はというと入学以降学業とアルバイトに明け暮れていた、などメールのやりとりだけでは話しきれなかったことも話題にあがった。
「結局もう単位取れなくて進級もできなかったみたいだから」
そして晶子が梅沼女子高を辞めることになった件についての話題になった。
中学時代はどうしてもあの学校に行きたい!と受験勉強を頑張っていたのに実際は入学して一年も経たないうちに退学という結果を迎えたことに晶子は落ち込んでいた。
しかし好美にはさすがに自殺しようとしたことは言わないでおいた。
「仕方ないよ。話から聞くに勉強とかかなり厳しいとこみたいだし、かなりきっつい子とかもいたんでしょ?あたしだったらそんな学校、とてもだけどやっていけない」
好美にはダイエットをすることになった話もしたので気にしていたあの球技大会の日のことも伝えておいたのだ。
自分のことについて嫌な話を聞いてしまったこと、それにより、自分を変えようとしてダイエットを始めたこと。それが次第におかしくなり、狂ったこと
「せっかく受かった学校だけど、やめることになってね……今これからどうしようか露頭に迷ってるとこ」
晶子はテーブルに置かれた紅茶を見ながらそう言った。
カフェの店内は友人と盛り上がる女子高生や大学生など自分達と年の近い年代の客層が楽しそうに友人とおしゃべりをしていた。
「テストどうだった?」
「お休み何しよう?」
など客は学校の話題で楽しそうに話している。
それらを聞いていると実に耳が痛いものだった。
ほんの数か月前までは晶子もその学生という地位にいたはずなのに、自分とくれば友人に学校をやめたという暗い話題をしていることに場の雰囲気に合わなかった。
しかしそんな晶子を励ますように、好美はある提案をした。
「そうだ、晶子うちの学校おいでよ。知ってるでしょ、志宮高校。そこへ入学してさ、うちに通えばいいじゃん」
それは好美の通っている学校である志宮高校に来ないかというものだった。
「好美の学校?だけど私また再入学だとまた一年生からだし、好美と学年違っちゃうし、周りより一年だぶっていくの恥ずかしい」
高校を再入学になるということはまた一年生から通うことになる。
それだとまわりより年齢的には通常の高校生である十五歳の年齢より一つ年上の状態で入学することになるのだ。
長い人生の中、たった一年の年齢差など大人にとっては気にすることはないかもしれないがまだまだ若い高校生にとってはたった三年間の時間しかない高校でまわりより自分だけ年上の状態で同じ学年というのはどうしても恥があるものだった。
だから晶子は高校を辞めた後、どこかの学校に再入学するのはとても後ろめたさがあったためにまったく考えていなかった。
このまま学歴は中卒として生きていくしかない、そう思っていた。
「そうじゃなくて。そういう人の為にうちの学校、通信制ってとこがあるの」
それに対する好美の発言は初めて聞く単語が出たことに晶子は耳を傾けた。
「通信制?」
「そうそう、うちの学校は定時制で、さらに日曜日だけ通える通信制ってコースがあるの。そこは晶子みたいに高校やめたって人もいるし、事情で高校に行けなかった人とかが社会人になってから入学する人も多いし、十八歳以上で入学する人も多いんだ。生徒の年齢がバラバラなところだから周りとの年の差を気にしなくていいんだよ」
好美の学校県立志宮高校は働きながら通うことができる定時制高校である。
そこにさらに普段平日は働いていて休日のみに学校で授業を受けるという通信制があるということだった。
「私も二年生からそこに通うんだ。本来うちの学校は四年制だから四年間通うことになるんだけど私、三年で卒業するコースを取ることにしてるから二年生からは日曜日もその通信制で授業受けようと思うの」
「そんな学校あるの?」
通信制高校という世界を知らなかった晶子にとっては驚きだった。
好美の高校は定時制なので一日に行える授業時間が少ない分本来は四年間通わなければならないが、好美の話によれは定時制の生徒は二年生から通信制に通って日曜日にも授業を受けることで多めに単位を修得し、早く卒業までの単位を取ることで三年で卒業できるコースがあるというのだ。
好美の家は弟がいるので、弟を学校に行かせるせるための学費稼ぎとして姉である好美が一年でも早く卒業して早く就職して収入を家に入れなければならない、
その為に好美は三年で卒業して少しでも早く社会に出たいという希望からその選択を希望したという。
「通信制なら日曜日だけだけど通信制の校舎に通うことになるから晶子もそこに通うことになれば、また晶子と一緒に学校行けるし、どうかな?」
自分のような者にはもう行く場所もないと思っていたがそんな場所があるということに今の晶子にとっては一筋の明かりに見えた。
「うん。それいいかも」
好美の情報に晶子は心が揺らいだ。
「でしょ?そこ入ってまた一緒に学校通おうよ!」
「考えてみるね」
摂食障害と学校を辞めたことで身も心もボロボロになっていた晶子にとっては好美のその誘いは非常に嬉しかった。
好美がそこまで自分に気を使ってくれてなおかつこんな堕落した自分にも道を作ってくれたことが女神にも見えた。
こんな自分にも救いがある、そう見えたのだ。
「よかったら学校のホームページとか見てみなよ! そこで資料も請求できるし、学校見学行きたかったら私も付き合うよ!」
好美とそんな話をしてその日は解散となった。
晶子は家に帰る途中、ずっと考え事をしていた。
このまま中卒でいいのか、何もしなくてもいいのか、と悶々と心の中は渦巻いていた。
同世代の高校生はどんどん将来に向かって足を進めている。
その反面、今の自分はやりたいこともなくただ家でだらけた生活をしているだけだ。
摂食障害という病を持ち、何もできずにいる。
「そもそも好美みたいにちゃんと将来考えて進路を決めたとかじゃかったし、今やりたいことなんてないしなあ」
元々将来のことややりたいことなんて十代の今は考えられなかった。
中学生の時に志望校を梅沼女子高に決めた理由は将来の進路を考えてとかではなくこの地方の唯一の女子校だったからだ。
男子が苦手でどうしても男子のいない環境に行きたかった晶子にとっては女子高を希望するとなれば他に選択肢はなくあの高校しか行くところがなかったからなのである。
特に将来のことを考えてではなくただ男子のいない、女子だけの世界へ行きたかったから。それだけが理由だった
好美は中学校を卒業して以来、高校で自分の進むべき道を見つけて生き生きしていた。
それに比べて自分は高校に入学してからというもの勝手に自分の中で痩せてなくてはいけないとこだわったあまりに病にかかったあげく学校まで辞めて何もせず堕落しているように見えた。
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