第19話 摂食障害という病気
土曜日、いつものように自室で布団にもぐっている晶子に母親が言った。
「晶子、お医者さん行こう。そこならあなたのその癖も治してくれるかも」
医者という言葉に晶子はぎょっとした。
「医者って?別にどこも悪くないよ」
「お父さんに話したらその食べたものを吐く癖がやめられないのならそれは心の病気なのよ。それにあなたもうダイエットしすぎで体も痩せすぎよ。体調面からしても一度診てもらおうってことになったの。大丈夫、お父さんもよく知ってる腕のいいお医者さんだから」
母親に食べ物をたくさん食べて吐くという行為がやめられないと告白した後は父親に相談したところ、心の病なのであればどこか心療内科を受診した方がいいのでは、という話になったのだ。
そこで父の知っている街で有名な心療内科へ行くのはどうだろう、ということになったのだ。
「なんて名前のお医者さんなの?」
晶子はそう聞いた。
いくら父が知っている場所とはいえ全く行ったことのない未知の世界になんてあまり行きたくなかった。
「西山医院よ。心療内科なの」
晶子には知らない名前だった。
医者に行ってもしも入院だとか体重を増やせと言われたりしたらとても嫌なので乗り気ではなかった。
せっかく痩せた体を元に戻そうとするのだけは嫌だった。
「診てもらったら、治るの?」
「それはわからないわ。行ってみないと」
「もしも入院させられることになったら嫌だ」
まるで子供がワガママを言うように晶子は否定的だった。
「だけどこのままじゃ困るでしょ?あなたお小遣いももうないんじゃない?」
しょせん保護者の監視下である高校生でしかない晶子にとっては親の言うことに素直に従うしかないのであった。
すぐに母親はその医院に電話をして予約を取り、心療内科を受診することになり
母親の車で連れて行ってもらうことになった。
そこは自宅から車で約二十分もする遠い街はずれの診療所だった
「さ、着いたわよ」
母親に言われるがまま車から降りる。
見た目は住宅街の中に二階建ての白い建物、といった感じで普通の個人でやる診療所だ。
こんなに街はずれの診療所になんて人は来るのだろうか?と疑問だった。
ガラス戸になっているドアを開けると玄関はスリッパの棚があり、靴が左右セットで数個並んでいて見ためも普通の医院と変わらない。
靴をスリッパに履き替えて中に入った。
待合室には白い壁にソファーが縦長の部屋に横に四つほど並んでいて、
すでに診察待ちの人が四人ほどいた。
心療内科など通常の体の器官に関わる病気じゃない医院など人が来るのだろうか?と思ったがやはりそこそこの利用者はいるらしい。
やはり人気の診療所だけあって診察に来る者は多いようだ。
ここにいる人達もどこか心の病を引きずっているのだろうか?と思いつつ晶子は診察を待った
受付で初診ということを告げ、一通り書類に記入した。
今までで病気にかかったことはあるかや入院歴に今飲んでいる薬などだ。
心療内科は一人一人の診察に時間がかかるのか予約してきたにも関わらず長い時間待たされることになった。
待合室にある本は普通の医院と違う、心の悩みなどメンタルについての本が多いところが他の病院とは違ってここが心の病院なのだと思い知る。
ここに来てから約四十分ほどしてからようやく晶子の番号が呼ばれる。
「十二番の方、診察室へどうぞ」
ここでは名前ではなく番号札で呼ばれるのだ。
まずは検査室で身長と体重を測ることになった。
晶子の今の身長は百五十八㎝で体重は三十九㎏にまで減っていた。
中学校入学時の体重よりも減っているのである。
まずは晶子が一人で医師に診察してもらうことになっていて看護師に案内されるがまま診察室へ来た
診察室に入ると中にいたのは人の好さそうな男性だった。
やや年はいっていて四十代くらいだろうか?
そして、診察が始まった
「症状はどんな感じですか?」
医師はそう聞いて来た。
「たくさんの食べ物を食べてそれを吐くのがやめられなくて」
この癖が治るかもしれない、という希望にかられ晶子は医者に全てのことを話した。
医師は晶子にいろんな質問をした。
それらにも晶子は素直に答えた。
高校入学から夏にかけてダイエットをしたことや、それがどんどん過激な絶食状態になっていったことなどだ。やがてそれが大量に食べ物を食べなくてはいられなくなったということも
「どこか体調不良とかありませんでしたか?」
晶子は隠していた体の事情を正直に言うことにした
「実は生理が来てないんです」
晶子は気にしないようにしていた生理が来なくなったことについても話した。
病院という場所な以上、ここではそれを正直に話さねばならないような気がした。
診察が終わると、一度待合室に戻った。
そして今度は保護者と面談したいということで別の部屋に入り、晶子と母と医師の三人で話すことになった。
「清野さんの症状から聞いたんですけど。過度なダイエットによる摂食障害ですね。最初は拒食症だったのがのちに過食症にいたったような感じです」
「せっしょくしょがい?」
あまり聞いたことのない病気に母と晶子は顔を合わせた。
「思春期の女の子がかかりやすい病気です。ダイエットなど美容を気にするあまりこの病気になる方が多いんですよ」
多い、というほどこの病気はよくあるものなのだろうか。
晶子は今まで自分以外に同じ症状になった人を見たことがないために実感がわかなかった。
摂食障害、それはつまり食に関する病気だ。
極端に食べ物を食べようとしなくなって痩せていく拒食症。
逆に大量の食べ物を食べることがやめられない過食症。
大量の食べ物を食べるが、体重を増やしたくない、太りたくないということで食べたものを吐き出そうとする過食嘔吐
それらの原因はほぼ過度のダイエットから起きることが多い
ずっと痩せていたいから、絶対に食べないようにする、そうして拒食する
しかし、人の身体とは正直なもので、そういった飢餓状態が長く続くと、今度は脳がすぐに食べ物を食べなければならない、と危険信号を出すのだ
それにより、空腹状態をすぐにでも満たす為に、大量の食べ物を食べたくなってしまう。それはもう、食べることを我慢するという思考も失うほどに。
しかし、太りたくないという思いもあり、今度は食べたものを吐き出すことで絶対に体重を増やさないようにしてしまう。それが過食嘔吐だ。
一度その状態になってしまうと、それはもはや依存になり、過食嘔吐がやめられなくなる。
ならばどうせ食べたものを吐くのならば、最初から食べなければいいのではないか、と一般人は思うだろう。
しかし、一度過食嘔吐に陥ったものは、もはやまともな判断ができなくなり、とにかく食べて吐いていないと自我が保っていられないほどなのである
一度なってしまうと、本人の意思ではやめることもできなくなってしまう。
たくさん食べられるが太らずにすむという過食嘔吐は、身体に負担をかけ、次第に心も体も蝕んでいき、弱体化させてしまう
摂食障害とはそれだけやっかいなものだった。
「それで先生、どうしたら治りますか?だいぶ体の方も弱ってるみたいなのですが」
母は先生にそう聞いた。
「あんまりにも酷いようなら一度入院して点滴で栄養注入する必要があるかもしれないですね」
晶子は点滴、と聞いて顔が青ざめた。
点滴は高カロリーな栄養剤を注入する為にとても太ると聞いたことがある。
主に消化器官の障害により口から食物を摂取できない人の為に血管から栄養分を注入するということだからだ。
さらに晶子は入院が嫌だった。
家にいてただ寝ていたい、一人でいたいのに入院なんてことになれば常に誰かが見張っているということになる。
そんな自由のない束縛は嫌だった。
「嫌!点滴したら体重が増えちゃう!それだけは嫌なんです!」
と聞く耳を持たず、全力の勢いで拒否した。
「やっと今の体重は中学生の時よりも軽くなれたんだからそれを維持したい……」
晶子は意地でも聞く耳を持たなかった。
年齢は十六歳であるはずなのに体重は中学校入学時、つまり十二歳の時より軽いままでキープしたいというのだ。
晶子は体重が昔よりも少ないという状態なことで、自分はあの頃よりも魅力的、という洗脳があるのかもしれない
過去に太っていることを言われてコンプレックスだった時期があるからこそ、今は以前の自分と違って、昔の自分以上に痩せていることで、昔よりもずっと今がいい、と
「絶対に太りたくない!このまま痩せていたい!体重が増えるくらいなら死んだ方がマシ!」
晶子にとって、もはや体重というものは魔力と同じであった
結局この日は晶子の融通の利かなさから医師から話を聞いて、精神安定剤とよく眠れるように睡眠導入剤を処方されるだけになった。
摂食障害などの精神的な病気は治療に時間がかかり、回復までに長期の時間がかかるとのことだ。
すぐに治そうとしても治せない。そんな状態だった。
さらに診断の結果晶子の体は脂肪が付きやすい体質だということがわかった。
少し食べただけでもすぐに栄養分として吸収されて脂肪となり、それが体重に反映され、なるべく体に栄養分を貯め込もうとする体質らしい。
それを知った時、晶子はショックを受けた。
今まで頑張ってダイエットをしてきても、自分は人よりも太りやすい体質なのだと。
世の中不公平だ、と晶子は思った。
生れながらにして痩せ体型でたくさん食べても太らない人、特に運動や食事制限をしていなくても痩せてる人、ダイエットをしなくても痩せてる人もいるのに、と思った。
あの時更衣室にいた静子という女子はまさにそんな人だったのだろう。
なぜ自分は不公平に太りやすい体質に生まれてきてしまったのだろうか。
そしてさらに医者からダイエットについての話を聞いた。
ダイエットとは摂取カロリーを減らして運動により脂肪を燃焼させることで減量の意味があるのだ。
ただ極端に食事制限をして体重を減らしたのではそれでは脂肪よりも筋肉が落ちてしまい、それによって大きく体重が減るだけだという。
本当にダイエットをするなら適度な食事をして運動をして少しずつ脂肪を燃焼させる、たんぱく質はしっかり摂取して筋肉にせねばならない。
筋肉があることで新陳代謝が上がり、摂取したカロリーをエネルギーに変換させ消費する。
つまり体重を減らすことだけが目的での食事制限はかえって代謝を悪くして太りやすくなるだけらしい。
晶子のやっていたことは筋肉が落ちてしまい、かえって不健康な体の状態を作ってしまったのだ。
晶子は自分のやっていたことは本末転倒だったと無知によりこんな状態に陥ったことを後悔した。
結局どうにもならず、処方された薬を持って帰り、休養することになった
心療内科へ行った後は薬を飲み始めたおかげでなんとか夜は眠れるようになった。
そこだけでも心療内科へ行かなかったよりはマシかもしれない。
しかし晶子にはもう学校へ行きたいという気力が起きなかった。
その為、夜が寝れるという以外はやはり日中はいつも通り食べ吐きをして過ごすだけだった。
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