第17話 たくさん食べたい


晶子はさらにこの日からまたもや大量の食べ物を買うようになった。


学校が終わるとすぐに食べたかったものが買える店へ行く。

ハンバーガー、ドーナツ、ベーカリーにケーキ屋その日その日によって食べたいものを食べたいままに買いに行く。


そして家に帰ると買ってきた食品を全て一瞬で平らげてトイレにこもり、吐く。

なぜか一度吐くことを覚えたら今まで我慢してきたように食べ物を食べないという選択肢ができなかった。いや、できなくなっていた。


とにかくカロリーが高い物を食べたくて仕方なかった

極限状態の飢えを経験したからだろうか。空腹の飢えを思い出すと辛く、それを満たす為かのように今はとにかく食べ物が食べたくてたまらなかった。


一度に買う食べ物の量が多くなっていった。

「どうせ苦しい思いして全部吐くんだから、たくさん食べなきゃ気が済まない」

そう晶子は思っていた。

嘔吐した分の吐しゃ物の量が多いほどたくさん吐けた、という達成感と満足度があったのだ。

そのことからせっかく苦しい思いをしても少量しか出ないのではつまらない。


たくさん食べてもカロリーをリセットできるので苦しい思いをする時間が同じなら大量に食べて大量の吐しゃ物を出せる方がいい。

ダイエット中に我慢していた高カロリーなものを思う存分食べたくてたまらなかった


今まで我慢してきたものが食べられるのならせっかく食べ物を買う店に行くのだからついでに食べ物をたくさんを買った方がいろんな味がを楽しめる。


過食の時以外はいつも通り絶食の日々なので過食する時まではお腹もすごく空いている。

なので食べ物が美味しくて仕方ない。

食べたものを吐いているのに一通りの行為が終わった後は空腹感はなかった。

食べている時に吐きやすいようによく噛んでから喉に入れているので咀嚼している分脳の満腹中枢が十分に満足したという信号を送っているからだろうか。

その為に脳の中では満たされている上で食べたものを吐いているのでダイエット特有の空腹感の苦しみからは解放される。

その後は身体の衰弱と気持ち悪さでもう一日何も食べたくない。

吐いた後に何も食べたくならないのならこれもダイエットになっていていい、と晶子は思うことにしていた。


吐くことはとても苦しい。

胃液が逆流し、食道が傷つき、喉に指を突っ込むので喉も痛い。

食べ物は口に入れたら咀嚼して、喉を通って胃の中に入り消化される、それを逆に無理やり吐き出そうとするのは本来の体のつくりに反することをしているのだ。

とても苦しいからなのか吐いている時は大量の汗が出て涙もあふれ、鼻水と涎が垂れたとても汚い姿になる。

息もまともにできないので呼吸すら苦しい。

当然ながら吐くという行為はそのくらい代償が大きいのでとても体に負担のかかる苦しいことなのだ。

だからこそ、とても苦しい思いをしながら食べたものをリセットするのだから少しでも多くの食べ物を食べたくて仕方なかった。

吐けばチャラになる、それなら思う存分たくさん食べなければ、ともはや洗脳のようだった。



中学時代はバスケをやっていたので消費するエネルギーが多い分そこそこの量の食事をしていたがあの頃は太らなかった。

その為晶子はもともと食い意地が張った方なのだろう。

現に中学時代部活を引退してから受験期の間は勉強のストレスもあって食べた分運動をしていなかったから体重が増えていた。

それが今となっては食べた分をエネルギーとして動いて消費するのではなく、食べた分を吐くことで食べなかったことにする、という方法で体重が増えなくなったのだ。


 代謝ではなく嘔吐による体重の増加を防ぐ方法が体にとっていいことではないことは晶子もわかっていたのだがどうしてもやめられなかった。

 当然ながら吐くという行為はそのくらい代償が大きいのでとても体に負担のかかる苦しいことなのだ。

そんな生活がやめられなくなってしまった


学校で授業から解放される放課後

帰りにどこかへ行こう、と友人である梨乃が誘ってきた。

「晶子、今日帰りどこか行かない?」

以前だったら友人からの誘いなんてとても嬉しくてすぐついて行ったが今の晶子にはそんな気分にはなれなかった。

友人の誘いに乗っていたら帰るのが遅くなる。それでは食べ物を食べる時間がなくなる。

もしも付き合いでカフェなどで外で何か食べることになっても外のトイレでは吐けない。

とてもだが外のトイレで時間のかかる上に自分の醜い吐いている姿など見られたくもないし、知られたくない。

晶子にとって今優先すべきなのは食べて吐くことで頭がいっぱいだった。

申し訳ないと思いつつも断ることにした。

「ごめん、用事あるから」

「そっか。じゃあまた今度」

せっかくの友人の誘いを断るのは悪いと思ったがそこまでしてでも今の晶子は一人で食べ物を食べたくてたまらなかった。

誰かと食べるなんてもっての他である。



「ただいま」

自宅に帰って玄関を開けると母親が掃除をしていたのか、掃除用具を持ってトイレから出てくる

「おかえり、ねえ晶子」

母親は晶子を迎えると質問を投げかけてきた。

「最近トイレ掃除の度に思ったんだけど匂うし、汚れてることが多いの。何か原因知らない?」

母親はトイレ掃除をしている際にどうやら違和感をかぎ取っていたらしい。

トイレの便器の周囲が今までより汚れているというのだ。

それは晶子が食べたものを吐いてるからなのである。

吐くいた後は便器をトイレットペーパーで拭いて匂いは消臭スプレーを振りまいて証拠を消していると思っていたがその嘔吐による吐しゃ物の汚れと匂いは隠しきれなかったらしい。

食べ物を吐いていることがばれるのではないかという恐怖心が遮る。

母親となるべく目を合わせないように視線をそらしながら晶子は言った。

「知らない」

晶子はとっさに嘘をついたのだ。

「そう。ならいいけど」

晶子のそっけない反応に母親はもうそれ以上何も言わなかった。

晶子は逃げるように自室へこもった。

母親に食べ物を吐いていることがうっすら感づかれている、疑われている、という恐怖があった。

自分のしていることは食べ物を粗末にして体のつくりに反している悪いことで、それを責められているような、そんな気持ちだ。

まるで小さい子供が悪事を親に隠すような件である。

 それでも晶子はやめるつもりはなかった


晶子の食生活は、さらに勢いを増していった。

食欲が抑えきれなくなり、日に日に食べる量が増加していった

学校の帰り道にはスーパーやコンビニで小遣いのかぎりパンやお菓子、カップラーメンなどいわゆるジャンクフードと呼ばれるものを大量に買い込んだ。

 これまでのダイエット中に我慢したものを食べたくてたまらなかった。

 この習慣がやめられなくなってしまった。

とにかく何かが食べたい、お腹が空いてたまらない。


家に帰って母親に見つからないように自室に運び込み、そしてそれらを大量に口にして胃に入れる。

そして満足したらトイレで吐く、その繰り返しだった。


こうしているうちに大量の食べ物を食べてはいても味なんてもうわからなかった。美味しいという感情もない。

 もはや味を楽しむのではなく、ただ食欲を満たす為か。

 最初から吐くとわかって食べている物にはもう味も食感もない。

ただ胃の中に詰め込むことと吐き出すことだけが目的なのだ。

もはや食べるということが「空腹を満たすため」ではなく「吐く為に食べる」という用途に変わっているのだ。

 吐くとわかっていれば、最初から食べなければいい、という普通の考え方はもはや通じない。

 晶子にとってはもはや食べ物の誘惑は魔力のように、我慢できなかった。

それがどれだけ体を蝕んでいるにも気づかずに。




晶子は食べ吐きをしているうちに食品買い出しで発見したことがある。

食べ物を買うにはコンビニは高い。コンビニは食品を定価で販売するからだ。

しかしスーパーなら若干安い。スーパーは食品を定価より値引きで販売していることがある。

ドラッグストアならパンやお菓子やカップラーメンといったものががさらに安く買える。

もはや食べたいものを食べているのではなく、ただ詰め込んで吐く、それがやりたいだけなので商品名や味の種類なんてどうでもよかった。

安くて量があればそれだけでいい。


そして、今日も食料の買い出しをする

スーパーで食品棚を見ると、まるで魔力のように惹かれる。

「これも、これも食べたい。こっちは安い。これは食べやすい」

晶子は次々と目に入る食品をカゴに入れて行った

この日はファミリーパックのクッキー類とスナック菓子、菓子パンを4つ、アイスクリームを3つ、おにぎりを2つ、カップ麺を一杯

これだけの大量の食べ物をほんの短い時間で食べつくし、そして吐く。


 クッキーやスナック菓子は食べやすい。

アイスクリームは胃の中で溶けるので液体となるために吐きやすい

 パンやラーメンは喉で詰まりやすくて吐くのが大変だがボリュームがあるためにたくさんの吐しゃ物を出すことができるのでこれもまた今の「吐くために食べる」という状況に合っていた。


 とにかくこの行為が抑えられなかった


翌日もまた、学校の帰りにスーパーへ行く

「今日はご飯系をいくつか買っておこう。チョコ系も食べたい」

この日もたくさんの食料を買う。

スナック菓子を3袋、お弁当を一つ、総菜を2つ、チョコレート菓子を4つ、菓子パンを3つ、デザート類を2つ

もはや大人数で食べる量をたった一人で短時間で食べつくし、吐く。




食べる物は多いが、吐いている為に体重は増えない

それどころか減っていく

たくさん食べても減っていく、その感覚が嬉しくてたまらない

こうしてますますこの行為がエスカレートしていく


食べた物を吐くので、身体に栄養は入っていない状態が続いた

満腹感はあっても、食べたものを吐くので身体に栄養がこない


しばらくして、その代償の一つが体に現れ始めた。

「そういえば今月、そろそろのはずなのに生理にならない」

生理が来なくなったのである。

晶子の体は中学一年生の秋に初潮を迎えた。

最初の一年間はひと月ごとに生理が来なかったりもしくは早くて二週間で次の生理が来たりと不定期だったのである。

初潮から一年経過の中学二年生の秋以降は毎月決まった周期で必ず生理が来ていた

だいたい二十五日くらいをを周期に晶子には毎月必ず生理が来ていた。

晶子の体は生理周期がはっきりしていたのに、なぜか今月は生理にならない

こんなことは初めてだった。

「まあいっか。生理がこないならナプキン替える手間もないし、お風呂も楽だし」

生理がこないのはやはり無茶な生活が原因だろうとも思えたが治す気にもなれず、それよりもむしろ生理にかけるナプキンを替えたり下着が汚れる手間の方が面倒だったのである。

なので短絡的にそう考えることにした。





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