第16話 もう我慢しなくていい

翌朝はなぜか早くに目が覚めた。


朝が早く起きれたのなら普段だと早朝学習でもしよう、という気になるのだがこの日はなんとなく気が向かずでスマートフォンをいじっていた。


気分ごなしに適当にインターネットを見ているとネットニュースの広告が見えた。

ファーストフードの新商品であるカスタードパイが今ならクーポンでお得、という広告だった。

その広告には人気タレントとタイアップ中ということでメニューを一つ注文するごとに特典がもらえるという。

さらに人気タレントが商品を美味しそうに食べている姿までもが映し出されていた。

よくある人気コンテンツを使ってのタイアップ宣伝だ。


「外はサクサクのパイ生地に中はトロトロのカスタードクリームが美味しい!」というキャッチコビーと商品の画像を見るとそのカスタードパイは美味しそうである。

晶子はやたらその広告が気になって仕方なかった。

まるで長い間禁欲生活をしていた者が嗜好品を前にして食らいつくような感覚だ。

「これ、すごく食べたいなあ……」


今までならそんな広告が目に入ったとしてもダイエット中に高カロリーなジャンクフードやスイーツは厳禁!と思って見ても見ないふりをしていたのだが今日の晶子にとってはそれが気になってしまうのだ。

カスタードパイなどスイーツはまさに炭水化物に脂質、糖分の塊だ。

パイ生地には大量のバターが入っているし、中身もきっと砂糖で甘く煮込まれたクリームが入っている。

まさにダイエットの天敵となるカロリーの塊である。

飢えていた期間をずっと過ごしていてもはやスイーツなどずっと食べていない。

よくて生の果物くらいしか口にできなかったのだ。

そんな晶子にとってはバターや砂糖を大量に使った加工品は禁忌とわかっていた。

しかし今は前とちょっと違う。嘔吐を覚えた今なら心が動く。

「どうせ食べた後、吐いちゃえばちゃらにできるし」

そうつぶやいた。


そう思った晶子はその店の場所を調べた。

学校帰りに寄って商品をテイクアウトして家で食べようと思ったのだ。

外で食べるのではなく家に持ち帰ることでがつがつと飢えた乞食のように食べ物へ食らいつく姿を誰かに見られることはないしトイレも近いから食べてもすぐ吐けるから、という理由だった。


そして晶子はその日一日は放課後に食べたいものが食べられる!ということでテンションが上がり昨晩の嘔吐も忘れて上機嫌だった。


上機嫌で学校へ行き、放課後の楽しみでいつもより学校へ行くことが億劫ではなかった。


一日中授業がどんなに辛くても、体がどんなにしんどくても放課後に楽しみがあると思えば頑張れたのだ。


そして帰り道に目的の店へとたどり着き、久しぶりにメニューが思う存分に買えるファーストフード店はまるで楽園にようにも思えた。

今までは友人とファーストフード店に来ることがあってもダイエット中だからとメニューを食べることは禁じていたからだ。


さっそく注文をすることにした。

ファーストフードなので実にいろんな商品がある店だった。

メニューには目当ての商品であるパイ以外にもハンバーガーやフライドチキンにフライドポテトなどダイエット中には禁じていたもののメニュー名がずらりと並んでいた。

「どうせあとで吐くからたくさん食べても大丈夫だよね。全部チャラにできるし」

食べても吐けば食べたことにならない、そう思った晶子は今まで我慢していたファーストフードの商品を思うがまま購入した。

結局カスタードパイ以外にもハンバーガーとフライドチキンを1つ、フライドポテトのMサイズにコーラを頼んだのだ。


ここ数か月はずっとダイエットをしていてすべて禁じていたものばかりなので今日は解禁日といわんがままに財布に入っている金額を豪快に使うつもりで買った。

今まで我慢していた分今日くらいはいいよね、というつもりだった。


目当ての商品を無事に手に入れて、家に帰るまでの間がワクワクしてたまならなかった。

ずっと我慢していた食べたかったものが食べられる、そのことがなんとも嬉しくてたまらないのだ。



家に帰ると自室にこもり、さっそく買ってきた商品を並べた。


ハンバーガー・フライドチキン・フライドポテトにカスタードパイ、飲み物はコーラまさにカロリーの塊の軍団である。

晶子はそれらをさっそく思うがままに食べた。


まずはハンバーガーにかぶりつくと久しぶりに食べるハンバーガーはふんわりしたパンにパテのハンバーガーがよく合い、ケチャップの風味が食欲を増進した。


次にフライドチキンはカリッとした外側の中はジューシーで肉汁たっぷりで今まで禁じてきた揚げ物と肉というダブルの壁が今壊されたように美味しかった。

それに続くようにフライドポテトとカスタードパイもがつがつと食らいつき、コーラで流し込む。


これまで禁じてきた高カロリーな食べ物を食べている時はまるで何かしらがみから解放されたかのように脳の幸せホルモンが放出している感覚さえあった。


あっという間に食べ物を食べるという幸せな時間は終わる。

あまりの快楽に食べている間は一瞬かのように短時間で全て食べ終えてしまった。


食べ終わるとなんともいえない心地よさがあったが本番はこれからだ。


トイレにこもり、食べたものを便器へと吐き出す。苦しいがこれをすれば食べたものを全てなかったことにできる。

晶子はトイレで食べたものをなんとかして吐き出そうとした。

何度も指に喉を突っ込み、今回は食べた量が多いので全て吐くのには時間がかかった。

その間もずっと食道を胃の中のものが逆流する苦しみと喉の痛みに耐えて吐き続けた。


途中で喉の奥が詰まった感じがすれば洗面台に行って水を飲み、そうすることで水を吐く勢いで吐き出すことができるのだ。

なんとか今回も食べたものを全て吐き出すことに成功した。

これで食べたものをなかったことにする。


吐いた後は気分が悪くなり、一日もう何も食べる気がしなかった。


翌朝体重を測ると、体重は「四十三・六キロ」だった。

あれだけ食べたのにも関わらず体重が増えていなかった。

「あんなに食べたのに増えない…、やっぱり吐けばチャラだ」

晶子はその事実がすごく希望が湧いた夢のように思えた。


好きなものを我慢しなくていい。たくさん食べていても体重が増えない。

食べても吐けばすべてチャラにできる。もう食べたいものを我慢しなくていいなんて夢のようだった。

ものすごくいい方法を知ったような気がして晶子は嬉しくてたまらなかった。


その思い込みによる食欲の支配は晶子を狂わせる第一歩だった。



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