第15話 我慢できないなら我慢しなくていい方法


翌日の体調は少々良いものではなかった。

昨晩の嘔吐の際に指を突っ込んだことで喉は痛むし、と胃の中の逆流で胃酸により食道が傷んだのか、喉の奥が一日中痛かったのだ。


しかし晶子は昨晩のことを誰にも言わなかった。

自分がこっそり夜中に隠れ食いしてしまったことも羞恥心により隠しておきたかったし、何よりも食べたものを吐くということは本来の食事より反している。


そんなことを誰かに言えばきっと汚らしいと思われるだろうと思ったからだ。

華の女子高生がゲロを吐く、それはなんとも下品なことだろうか、そう思っていたからだ。

そして晶子は吐いたことを隠し、この日一日、家でも学校でも何事もなかったかのようにいつも通りにふるまっていた。



三日後、夜の十一時を過ぎる頃、再び晶子はあの食欲の魔に襲われた。


お腹が空いた、何かが食べたくてたまらない、とにかく口に入れたい、と思って仕方がなかった。

まるで何かに取り付かれたように、今の晶子にとってはカロリーを欲していた。

何か食べ物がないかと台所を見たが今日は余りものもカップラーメンもない。


仕方なく冷蔵庫をあさってみると、冷凍室には冷凍のグラタンが入っていた。

ふとパッケージの裏の成分表示を見れば、カロリーは約三百五十キロカロリーと表示されていた。

ダイエット中には最大の敵な高カロリーである。

材料に牛乳やバターを使った脂質たっぷりなホワイトソースにパスタ(つまり炭水化物)であるマカロニの入ったグラタンはまさに高カロリーの塊だ。

当然ダイエット中になら禁断の食べ物のはず。

しかし晶子には以前とは違う考え方が生まれていた。

「この前みたいに吐けば大丈夫かな……」

一食べた物を吐く、という経験をしたのでまたこれも前と同じように食べた後吐き出せばゼロにできるという考えになったのだ。


もちろんあんな苦しい体験をもう一度するのは体にも負担だとは思ったがそれを覆すほどに今の晶子にとっては食欲の方が上だった。

「吐けばいいんだから……」

そう思っていたらもう止まらなくなっていた。


冷凍庫からグラタンを取り出し、レンジで解凍する。

レンジからグラタンを出せば自分の目の前には熱々のグラタンが置かれている状況を見る。

晶子はまたもや食らいつくようにグラタンを無我夢中で口の中へと入れた。

フォークでマカロニを刺してグラタンをすくうと美味しくてたまらなかった。

ずっと我慢していた濃厚な乳製品であるホワイトソースに炭水化物。

それを食べている時は幸福感にも包まれていた。


そして食べ終わった後、空になった容器をゴミ箱へと捨てて、台所を出る。

向かう先はトイレだ。

トイレに入るとドアを閉め、ガチャリと鍵をかけて便座の前に座り込み、またもや三日前と同じように食べたものを吐き出す。


晶子はあの時の感覚を思い出して便器に顔を近づけると喉に指を突っ込んだ。

「うごっ、おええ」

またもや変な声が出たがもう気にしない。今は最後まで吐くことの方が大事だ。

べちゃぼちゃっと汚い音がしながら便器の中にはたった今食べたばかりのグラタンが嘔吐物となって吐き出される。

白っぽい嘔吐物の中にはかみ砕かれたマカロニなどの具が見えた。


「うええ……げほっ」

晶子は完全に胃の中が空になるまで吐き続けた。

喉は痛い、気持ち悪い。顔からは鼻水も垂れて涙もにじみ出て涎だらけで今の自分の顔はどれだけ汚いだろうか。

そんなことも気にする余裕もないくらい晶子は吐くことに集中した。


「よし……、出せた」

 胃の中が空になったのかえずいても吐くものがなくなると、またもや食べてもチャラにできたという達成感が心を満たした。


そして便器内の嘔吐物をチェックしてきちんと先ほど食べたグラタンが吐き出せたことを見ると、トイレットペーパーで汚れた便器を拭き、すべてをなかったことにするかのように、レバーをひねって便器の水は流れて行った。


食べたものをこうして吐き出してトイレで流れていくのを見るとまるで体の中に溜まった苛立ちやストレスまでもが流れていくようでどことなくすっきりした。

余計な悪であるカロリーは流れていったのだ。

その気持ちがあるとどこか落ち着く行為であるのかもしれない。


晶子はことが済むとうがいをして歯を磨いて自室へと戻っていった。


吐くことを覚えて、新しいストレス解消法を見つけたのかもしれない。



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