第14話 こうすればいいんだ
極限の空腹状態が続き、成績も下がりつつあり、体重も減らさなければならないというループの中でどんどん苦しくなる。
晶子は体重とテストの点数という数字が全てで、もはや数字に支配されていた。
数字というものは残酷だ。
数という目に見える媒体で、まるで一瞬で自分の価値観というものを点数で決められているような気分になる
体重は少なくてはならない、テストの点数は多くならなければならない
数字だけが、自分の全ての価値観なのだと
勉強をせねばと机に向かうもやはり脳に栄養がいかないためか集中できなかった。
夜中になり勉強のさながら気分転換がしたくて晶子はまたもや台所に来た。
今日は夕飯の余ったおかずはないらしく誘惑はない。
と思ったが台所の棚を見ると買いだめしてあったカップラーメンがあった。
父親が夜遅くに帰宅するのでその時に食べる用途の分である。晶子はやたらそのカップラーメンから目が離せなくなった。
生麺使用、鶏がらスープの醤油味、と銘打った美味しそうなパッケージにしてあるのがまた晶子をそそった。
「だめだ、食べちゃだめだ」
晶子は先日のから揚げの一件以降ますます食べ物への誘惑に弱くなっていた。
もはや欲望に耐えられなくなりまたもや心の中の我慢よりも体が先に動き出してしまった。
「とにかくお腹が空いた。食べたい」
その食欲はもはや意思を上回っていたのだ。
意識よりも身体が先に動き戸棚からカップラーメンを一つ取り出す。
先日のから揚げを食べた時のような幸福感に満たされたい……その意識だけで動いていた。
そして棚から取り出したカップラーメンをテーブルに置いた。
蓋をめくるとスープもない、固い麺のにかやくと粉末スープの袋が入ったままだがこれでもそのまま食べてやりたいというくらいに欲望がうごめいた。
しかしどうせ食べるなら美味しい状態で食べたい。
台所にあったポットはお湯が補充されていたのでカップラーメンにお湯を注いだ。
カップラーメンができあがるまでの三分間が待ち遠しい。
もはや固いまま食べてやろうか、と思ったがそわそわしている間に三分経過した。
蓋をめくるとそこにはホカホカと湯気の中で熱々のスープに浸ったラーメンが出来上がていた。
この数か月、冷めてしまった温野菜の弁当やサラダなど冷たいものばかり食べていた晶子にとっては熱々のスープのラーメンがまるで豪華な食事のように特別なものにすら見えた。
麺を一口すすってみると、スープの絡んだ麺のコシのある歯ごたえがたまらなかった。
ずっと野菜か果物ばかりで炭水化物を抜いていた晶子には久しぶりの麺である。
まるで飢えていた乞食のように無我夢中で食らいつき、あっという間に平らげてスープまで飲み干してしまった。
「ふー……美味しかった……」
ラーメンを食べ終わった晶子は数分間幸福に満たされた。
だが我に返るとその後にはやはり罪悪感がきた
「どうしよう! また明日は体重が増える……!」
焦った晶子は混乱のあまり二階の自室まで行くこともできずに台所の近くのトイレに駆け込み、ドアを閉めてしゃがみこんだ。
「食べちゃった、体重がまた増えちゃう……。増えた体重はまた減らすの大変なのに」
体重が増えてしまうことに怯えそうつぶやきながら自分の肩を抱きながらガタガタと震える。
「どうすれば……」
もう終わってしまったことはどうしようもない。
過去は変えられない、食べてしまったものはどうしようもできない、と言い聞かせるもやはり晶子には自分の意思の弱さのせいだとまたもや自分を責めた。
そう追い詰められた時に、しゃがんだ前にある便器が目に入った。
「そうだ」
晶子は便器の蓋を開けた。
以前テレビでみた乗り物酔いした時などにに苦しくても吐けないときは喉に指をつっこむのがいいというのを見たことがある。
そうすると胃の中の吐いて外に物を出すことができるという。
胃の中の物を吐き出すということは、つまり食べた物を外へ出すことでカロリーとして吸収されないのではないかと思った。
食べたことをなかったことにできる、と
今まで食べたものは食べた分だけ胃の中で吸収されて栄養になるのが当たり前だと思っていたので吐くということは考えたことがなかった。
一度体に入ったものを外へ出すなんてできないと思っていたからだ。
しかし今の晶子にとってはどうしても体がカロリーを吸収してしまうことはどうしても避けたいことだった。
「ちょっと苦しいかもしれないけど……」
晶子は「吐き出す」という行為に挑戦してみることにした。
喉に指を突っ込むと喉に異物が触った感覚がして苦しかった。
しかし、自然とえずきができて、気持ち悪くなってきた。風邪をひいた時にゲロを吐きたくなる、あの感覚だ。
胃の中の物が上へ上へと逆流してきている。いいぞ、このまま吐ける、と思い晶子は喉にさらに指を突っ込んだ。
すると、体中に一瞬悪寒が走り、身体が震えたのちに喉の奥から食べた物が口の中へと出てきた。
そしてその流れで一気に便器へと吐き出す。
「うげえっ、おげえっ!」
なんとも汚い変な声が出た。家族に聞かれていなければいいが、と思いつつその勢いで胃の中の物を吐き出した。
便器に勢いよく吐き出されたさっきまで胃の中にあったものはもはやちぎれちぎれで原型をとどめておらず、ラーメンのスープの色の吐しゃ物が溜まっていった。
舌には先ほど食べたラーメンの味がまだ残った。
一気にトイレは吐しゃ物の酸っぱい胃液の匂いが充満した。
「はあ……はあ……げほっげほっ」
一度食べたものを外へ吐く、という本来の体のつくりに反する行為をしたからか喉は痛いし、嘔吐による疲れがどっと出て咳き込む。
しばらく咳をして、ようやく落ち着きを取り戻した時、改めて便器の中の吐しゃ物を確認する。
「やった。食べたもの出せた」
便器の中を見つめると底にたまった吐しゃ物にはカップラーメンの麺の形がちぎれちぎれだがところどころ残っていた。
まだ消化されずに、かみ砕いて飲み込んだままの形で出てきたのだ。
便器の底の水面には固形の麺がそこそこの量があった。
まさに食べて喉を通って胃に入っていた物をすべて吐き出すことができたのだ。
体の中にあった余計なものを排出することに成功したことでなんともいえない快感が晶子を襲う。
「こうして吐けばいいんだ」
体に吸収されたくない余計なカロリーを排出できたことに、達成感があった。
摂取したカロリーはこれでゼロにできる、と思い嬉しかった。
指を突っ込んだせいで喉は痛いし、体に反することをしたため身体には苦しいが、精神的にはこれで太らずにすむという安堵の方が大きかった。
これで食べたものをチャラにできた、その安心感の方が体への負担による苦しみよりも上だったのだ。
食べてしまってもこうして吐いてしまえば案外胃の中の物を出すことができる。
食べた物を吐く、それはなんといい方法だったのだろうか、と晶子は安心できた。
吐いたことによる疲労で体がぐっと疲れたので晶子は今日はもう寝よう、と思いよくうがいをして歯を磨いてから自室に戻り、布団に入った。
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