第8話 夏休みは終わり、2学期


夏休みが明けた。

いよいよ二学期、久しぶりの制服を着る日だ。


晶子は学校へ行く準備をするために洗面台の前に立った。


鏡を見ると、明らかに顔つきが夏休み前とは違って見えた。

頬はふっくらした顔つきから顎のラインがくっきりと見え、太かった二の腕はやや細くなっている。

一学期の終わりにも来ていた夏服の制服に袖を通すと半そでのラインがぶかぶかになっていてきつきつだったスカートのウエストが緩くなっているのを感じた。

腰回りも少々引き締まり、明らかに一学期の夏休み前とは違う自分がそこにいた。


一学期の最後の日よりも制服のサイズに余裕がある。  


これまで毎日鏡を見てきて自分の体型をチェックしていたが毎日の少しずつの変化はわからなかった。

しかしこうして以前と同じ制服を久しぶりに着てみると、あの時とは違う、と変化を感じる。

自分は痩せることができたのだと実感する。それが嬉しくてたまらなかった。


 始業式の日から学校は通常授業の日と同じく昼休みを通して一日ある。


晶子の高校は長期休みが明けた始業式の後にすぐに身体測定が始まる。その時が勝負だ。


朝登校しても晶子は仲の良い友人がいない為誰も晶子に話しかける者はいないし、誰も晶子を見ない。

 制服を着ているので一学期からの外見の変化はまだ誰も気づいていなかった。

 いきなり二学期の初日に「久しぶりーなんか痩せた?」と話しかけられないかと少しだけ期待していた晶子はそれがないことには少々残念だと思ったが本番はこれからだ。



一年生は全員体操服に着替えて身体測定の教室に集まった。


 女子高は女子の人数が多いので保健室ではなく普段は違う目的で使われている教室に身体測定の日は学校の指定医が持ち込んだ器具で身体測定をする。

医師の前に身体測定身長と体重を測る器具がある。


まだ外は暑い気候の中、身体測定に使われる教室は冷房が効いていてひんやりと涼しい。

 先に並んでいた女子は友人と会話をしながら自分の順番を待っていた。

「夏太りした、やばいかも」

「夏休み中家でアイスばっか食べてたから太ったかもー」

 そんな女子の声が聞こえる。


 晶子はそれらを聞いて太ったことや休み明けで体重が増えたことをを心配する生徒が多い中自分は痩せたのだ、とどこか誇らしげに勝利した気分になっていた。


一学期の入学式直後の健康診断での体重は五十六㎏だった。今日は何㎏になっているのかはすでに朝に家の体重計で測っていたので知っていたのだが学校という場所で改めて体重を測ることに神聖な儀式をするかのような気分を感じていた。


 晶子はこの数か月でダイエットに励み、特に夏休みには毎日運動をした。その成果が出る時なのだ。


体操着姿の女子達が身長と体重測定の順番を待つ。

女子高なので女子しかいない身体測定は女子の人数が多い分晶子の番になるまで時間もかかる。


先に測定を終えた生徒が「やばーい増えたー」「全然変わらなかった」と友人に報告したりと一喜一憂している。


そんな中ようやく晶子の番だ。名前を呼ばれ、晶子は足を進めて器具で身長と体重を測る。


体重計に乗る時がいよいよ来た。

「四十八.五㎏ね」

指定医師の体重を読み上げる声を聞くと「やった」と晶子は内心喜んでいた。

前回の身体測定では五十六㎏だった晶子の体重は現在は約四十八㎏となんとこの数か月で約八㎏もの減量に成功したのだ。


その時、なんともいえないやりきった感で晶子の心でいっぱいになった。


 しかしあくまでも心の中だけでその感情をかみしめ、表面上は平穏を保っていた。

あえて周囲にはダイエットをしていた事実は隠しているのだ。


 そして担当者は身体測定の結果をカルテに書き込み、その際に四月に測った際の体重を見比べながら言った。

「あなた短期間でちょっと体重減りすぎじゃない? 前回の体重よりもすごく減ってるけど、ちゃんとご飯食べてる? 成長期中の大事な体なんだから無茶なダイエットとかしちゃだめよ?」

 その言葉を聞いてダイエットを疑う医師に「たいしたことはしてません」と晶子は言った。


 あくまでも必死で努力したダイエットをしていたことは隠して自然に痩せた、ということを取り繕っていたのだ。


身体測定が終わり女子更衣室で一年生の晶子のクラスは着替えていた。

みんなが体重の増減により身体測定を話題にする中、晶子は体重を測って以降、一人内心ニヤニヤしていた。


私は痩せた!ということが嬉しくてたまらなかったのだ。

 身体測定が始まる前から体重の増減を気にしていたクラスメイト達の前でダイエットが成功したことを誰かに言ってやりたい気分だったが仲の良い友人がいないので誰にも言うことができず、もんもんとしていた。


 もしもこんなことを言ったら自慢たらしく聞こえるだろうと思ったからだ。

 しかし体重が減ったことで一学期よりは自分に自信を持つことができた。

 苦労して頑張った成果はきちんと形として出る、それは体重という数字だけではなく見た目にもきちんと反映しているのだ。


しかし変化は起きた。

 身体測定の着替えの後、教室に戻ろうと廊下を歩いている晶子にクラスメイトの三人組が話しかけてきたのだ。

「清野さん、すっごく体重減ったんだって?やっぱダイエット?」

 出席番号順的には清野である晶子のすぐ後ろのクラスメイトである小波梨乃だった。

小柄で背の低いがややパーマのかかった髪に小柄の顔は見た目でダイエットのことを聞いて来たがあくまでも普通の見た目の体型のクラスメイトである。

先ほどの身体測定で晶子のすぐ後ろだった梨乃はどうやら測定の結果が聞こえていたらしい。

ダイエットをしたことは誰にも言っていなかったがきちんとダイエットをしたということに気づいてくれた人がいて、なおかつ話しかけられたことに晶子は嬉しくなり素直に答えた

「夏休み中にちょっとダイエット頑張ったんだ。運動したり、食生活変えたり」

と晶子はまるで大きい努力ではなく軽い努力でダイエットが成功したかのように言った。

晶子はこの三人グループの誰とも今までしゃべったことはない。

小波梨乃を含むこの三人は中等部からの内部進学組ですでに昔からの仲良しグループだった。

そのいつも一緒にいる三人と共に廊下で歩きながら話す。


「この数か月の間、ダイエットしてて、それで夏休みだから学校行かない分、家で色々やってたの」

 クラスメイトに話しかけられた、話すチャンスだとばかりに晶子はすぐ答えた。

「すごーい、ね、ねどういう方法試したのか教えて!」

「それ私も聞きたい! あたし、ちょっと体重増えちゃったからさー」

小波と共に一緒に話しに入るのはいつも小波梨乃と行動を共にする森宮千佳と氷室富美だ。

今までクラスメイトに相手にされなかった晶子にとっては初めて校内で話しかけられたことが嬉しかった。


 ダイエットの話題は盛り上がり、教室に着くまでに話しきれなかった。

しかし教室に着けば解散でまたいつも通り晶子は一人だろう。

せっかく話しかけられたチャンスもここで終わりか、と思った晶子には新たな展開が起きた。

「ね、よかったら今日のお昼一緒に食べない? 清野さんのこと、じっくり聞きたいな」

なんと三人は晶子を昼食に誘ってくれていた。



そしてその日の昼食はこの高校に入学して初めての「一人ぼっちじゃないご飯」だった。

そのまま梨乃達三人と気が合い、その日のうちにアドレス交換にまで至った。

この学校に入学して初めての友達ができた。


その日の帰り道は晶子にとっては高校で初めての同じ高校の友達ができたことで嬉しさのあまりスキップを踏み出そうとしていた。


 今日仲良くなった三人は名門女子高に通うお嬢様らしくみんな家が裕福な方だった。

 持っている文房具等も一流ブランドものだった。


 自分とは生活のレベルも違うはずのクラスメイトに相手にしてもらえたこと、そんなグループの仲間に入れてもらえて誇らしい気持ちだった。


ちゃんと自分のことを見てくれてる人がいた、今まで孤独だった分それだけでも嬉しかった。





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