偽教授接球杯Story-3


スープをひと匙。そしてもうひと匙。身体が温まる。身体が温まった分だけ、理性が回復する。


 ダメだ。これ以上は口にしては駄目だ。これ以上口にすれば、此処から出ることが出来なくなる。ここまで合計三口。今ならまだ、かろうじて脱出は可能だ。


 この世界にこのような存在がいるとは思わなかった。この老人は、この世界の番人なのだろう。


 この世界から持ち出すことができるものは、たったの「四つ」だけ。そのように定められている。私はどうしてもこの世界から持ち出したいものがあって、この世界にやってきた。


 あと一つ。あと一つだけ余裕がある。目的のものを手にして、ここから脱出することができる。


 もしもこの世界で、五つ目の何かに手を出してしまったら、そのとき私は半永久的にこの世界に囚われ、出ることは出来なくなってしまう。おそらくは、この老人がかつてそうであったように。


「スープ、ありがとうございました」

「ご遠慮なく。もっとお代わりしてもよいのですよ。パンはいかがですか? チキンも焼き立てですよ。さあ、どうぞ……」

「いえ。申し訳ないが、その手に乗るわけにはいかない。かつて、あなたもそうすることで、この世界に永遠に捉われることになったのでしょう? ミスター」

「……ええまあ。それはそうです。ちなみに、そこまで御存知なのでしたら、まあ、ネタは明かしておきましょう。この料理そのものはただの料理です。今のスープにも別に毒やら眠り薬やらが入ってたりはしませんから、そのあたりはご安心を」


 といって、老人は白いパンを一切れ手にとって、むしゃりと齧った。


「もう一つ、明かしておきましょう。あなたが仮にスープを五匙目まで口にしていたら、あなたがここに捕らえられ、そして私はその代わりに解放されることになっていました。このあと私が解放されあなたが捕らえられたとして、次に来た人間を、まあ十年に一人とここに来るものはありませんから次がいつになるかは知れたものではありませんが、来ることがあったら、あなたも同じ手をお使いなさい。そうすれば、きっとここから脱出できるはずですから」

「ご丁寧にどうも。これから人を罠にかけようというのに、噂にたがわぬ人ですね。あなたは遠い昔、現実世界から行方不明になった。永遠に。少なくとも、そう思われている。そうでしょう、ミスター……」


 私はそのあとに、その人物の名を続ける。我々の世界では知らぬものとてない、著名なるその名を。

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