偽教授接球杯Story-2
吸い寄せられるように部屋の中へと滑り込むと、温かな空気が身体を包んだ。
部屋の外からは立派なテーブルと料理しか見えなかったが、向かって左手の壁では暖炉が煌々と火を灯している。
暖炉の上には肖像画が掛かっている。椅子に腰掛ける老婦人と、その後ろで婦人の肩に手を置く紳士の姿。この屋敷の主人だろうか。
「あの、すみません。どなたかいらっしゃいませんか?」
再び声を張り上げる。やはり反応はない。
部屋に充満する香りを胸いっぱいに吸い込む。部屋の中央、食卓の上に並んでいるのは、黄金色のスープに、焼き立てのチキン、干し肉、魚のグリル、それに、あれは白いパンだ。腹の虫が大きな叫び声をあげる。
テーブルに近づく。濡れた服が肌に張り付く。身体は芯から冷えている。目の前で湯気を立てるスープはあまりにも魅力的だった。
「一口だけ……」
立ったまま手を伸ばし、スプーンを掴む。金色のスープを口に運ぶ。香辛料の効いた温かな液体が喉を通って冷えた身体に染み渡っていく。
「どうぞ、お掛けになってください」
不意の声に飛び上がる。先程入ってきた扉のところに男が立っていた。見るとあの肖像画の老紳士だった。
「驚かせてすみません。人の気配がしたので見に来たもので」
「あの、私、声をかけたのですが、あの、ちょっと、雨宿りを……」
「それは申し訳ない。外はこの嵐ですので、風の音であなたの声が聞こえなかったらしい。
おやおや、震えておられる。ほら、暖炉の近くにおかけなさい。スープもパンも沢山あります。ゆっくり召し上がるといい」
老人の声は深く、優しかった。つい安心してしまいそうになるくらい。だが、気を抜くわけにはいかない。早く逃げなくては。
「あの、私、すぐに出て行きますので……」
「この嵐の中をですか?悪いことは言わない。しばらくここで温まっていきなさい。ほら、スープもどうぞ」
「いや、でも……」
「ふむ、どうしてもと言われるのであれば、無理に引き止めはしませんが、どうか、スープだけでも飲んでいってください。あなたのためにご用意したのですから」
「え?」
「あ、いや、あなたのために用意したようなもの、ということですよ。ほら、冷める前に早く」
老紳士は扉の前に陣取って、こちらを見つめている。怪しい。信用ならない相手だ。
だが、老紳士の目には明らかな優しさが伺えた。その顔には気遣わし気な、心配そうな表情が浮かんでいる。
テーブルの上のスープに目をやる。スープからは湯気が立ち昇り、香辛料の香りを漂わせている。
ダメなのはわかっていた。だが、どうしても身体がそれを欲している。
「……あの、それじゃあスープだけ」
「えぇ、えぇ、もちろん。どうぞお召し上がりください」
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