第33話 スーパー・ロボットの、中の人


 ある、ほがらかな昼下がり。

 昼下がりと言うか、オヤツの時間のほうが近いかもしれない。レックは、そんな、どうでもいいことを考えながら、目の前の光景を見つめていた。


 可愛らしい女子の声が、叫んでいた。


「ラウネーラ・ビームッ!」


 ビームが、発射された。

 ロボットの名前は、ラウネーラと言うらしい。いったい、いつの年代のロボット・アニメを参考にして作られたのだろうか。サイズは、おそらく設定のままではない、あまりに巨大すぎて、再現できないのだ。


 それでも、巨体である。

 3メートルのボス・ゴブリンが子供に見える。おそらくは、5メートルを超えているだろう。踏み潰されないように、注意が必要なサイズである。


 デザインも、やはり見た事がない、オリジナルだ。

 ゴーレムがタイツを着たようなデザインだ。鉄人――というスタイルは外していないようだが、ドラゴンの角や水牛の角などを適当にくっつけた頭部は、目が隠れて、ちょっと怖い。


 例えるならば、子供の落書きだ。


 そうだ、イメージとしてはそちらが、むしろ正解かもしれない。80年代ロボット・アニメが、仁王立ちをしていた。いや、70年代のロボット・アニメなのか、もはやどうでもいいのだ。


 ボスのゴブさんが、無残だった。


「オーバー・キルだぜ。オレのレーザーが、小物のナイフだ、まったく」


 ゴブさんの上半身が、吹き飛んでいた。

 ボスのゴブさんは3メートルを超える巨体だが、こちらのスーパー・ロボットは5メートルを超える巨体なのだ。頭を狙ったビームが、その余波で上半身を持っていったのだ。

 討伐で得られるクリスタルや素材などは、無視した威力だった。


 後ろの森が、心配だ。はっきりと、ビームの痕跡が分かる溝が生まれていた。

 森林火災の不安がないのは、魔法のビーム・兵器だからだろう。熱を持っているようで、衝撃波というか、そういった、未知のエネルギー兵器っぽい、何かなのだ。


 スーパー・ロボットが振り向くと、可愛らしい女の子の声が、響いた。


「やぁ、大丈夫だった?突然の依頼だったから、あわてて飛んできたんだけど………キミのほうが、アタリを引いたみたいだね?」


 振り向きながら、コクピット・ハッチがオープンとなる。

 ロボットの胸のパーツが分裂、巨大なあごが3方向に開いたような印象だ。ガゴン――と、大きく開くと、パイロットが飛び上がった。


 美少女パイロットだと、一目で属性を与えられる、美少女であった。


「ふぅ、やっぱりボクのロボって、最強っ!」


 シュタッ――と、ロボットの肩に着地して、腰に手を当ててヒーロー・ポーズだ。


 銀色と言うか、金色と白の間と言うプラチナブロンドが、ロングヘアーだった。

 きらきらと太陽に照らされて、ひらひらと風になびいて、美しい。スタイルは、ややスレンダーであるが、優しい曲線を描いていた。


 大人の女性ではない、中学に入ったばかりの、子供と言われる年齢に見える。ライダー・スーツがシルエットを際立たせているが、最も目立つのは、横に長く伸びた耳だった。


 レックは、驚きを声にした。


「え、エルフ?」


 エルフだった。


 レックが出会ったのは、2人目だ。

 異世界ファンタジーでは、お決まりといっていい種族。とても長生きで、魔法に長けた種族だ。

 1人目は、歩く90年代と言うか、ガラケーを自慢していた女子中学生だった。


 こんどは、スーパー・ロボットだ。


「そうだよ?………まぁ、エルフって、あんまり森の外にいないから………町に一人か二人くらいかなぁ~………知り合いもいるけど、いつ店にいるか分かんないし~」


 熱血パイロットを印象づけて、とたんに年齢にふさわしい、子供っぽい口調と、仕草になった。

 おもちゃを与えられ、ヒーローになりきって、たまに素に戻る印象だ。


 可愛らしいというか、ほっとするというか………

 レックには、確認したい単語があった。


「………異世界?」


 登場シーンで、名乗っていた。


『――ピンチにお助け、異世界から、救世主がきたんだよっ♪』――と、ロボットの人が、拡声器で名乗りを上げていたのだ。

 どこかで見た名乗りであるが、この世界は、日本からの転生者によって、かなり汚染されている。誰が熱血の名乗りを上げても、おかしくない。


 前世が日本人であれば、スーパー・ロボットにはまっていても、おかしくない。むしろ、知らない人間はいないはずだ。

 女性がファンでもおかしくはなく、まして転生者なら、性別が変わっていても不思議ではない。


 そうでは、なかった。


「ふっ………そうさ、私はエルフだ。しかし、前世の『スプルグ』では、天才美少女パイロットと呼ばれていた。二人の人格が手を組んだ存在、それが私なのさ………」


 気取っていた。

 ロボットの頭に片手を置いて、あさっての方角を見つめていた。細い肩のどこからか、たそがれた背中のかっこよさが、にじみ出る。

 熱血の名作ロボット・アニメを、いったい誰が教えたのだろう。せっかくの美少女は、全てを悟った主人公になっていた。


 微妙な顔をしていたレックだが、内心では警報ランプが鳴り響いていた。

 ガラケーを自慢していた、見た目は女子中学生エルフの警告だった。


『前世に引きずられるヤツラで、本当にヤバイのは――『スプルグ』の転生者』

『出会ったら、すぐに逃げなさい――』

『あとは『ギダホー』に『ギョール』………』


 エルフの女子中学生の人は、そう言っていた。


『スプルグ』の転生者に出会ったなら、逃げなさい――と


 その『スプルグ』の人は、ここにいた。


「ふっ、ふっ、ふぅ~………驚くのも無理はない。この世界の他にもね、いくつも世界があるんだよ。たまに、ボクみたいに異世界の記憶を、前世の記憶って言うのを持った人間が、生まれるんだ………ボクのいた世界は、スプルグっていうんだよ」


 レックを見ないまま、自らに酔っていた。

 どうやら、重症のようだ。不治の病『中二』は、日本以外の転生者にも、しっかりと感染するらしい。

 いいや、レックが知らないだけで、この世界の人々は、すでに――


 レックが微妙な心境で見上げていると、パイロットの人は結論を出した。


「あぁ、お礼なんて、気にしなくていいよ。それとも~………れた?」


 レックは賢くも、沈黙を守った。


 れる要素が、なに一つもなかった。プラチナブロンドの美少女エルフは、全身タイツと言うか、SFパイロットなスーツであった。

 ライダー・スーツといったほうが正しいのか、操縦しているのは、スーパー・ロボットである。


 本来なら、レックは見ほれてもいいスタイルだ。シルエットで女子と分かる密着スーツは、薄い本では餌食のはずなのだ。

 前世は浪人生で、19歳だったために、合法だったのだ。


 なぜか、首をかしげていた。

 どうしてだろう、前世の浪人生が、腕を組んで、首をひねっていた。

 ロリっ子のロボット・パイロットといえば、お約束だ。みんなのアイドルで、恋人には確かに早すぎる12歳と少々の、妹キャラである。


 あぁ、そうか――と、心の中で答えが出た。


 ロリババというジャンルが、どうしても邪魔をするのだ。かわいい妹ではなく、かわい子ぶっている、“なにか”に見えてしまうのだ。

 これが、種族の違いと言うものなのだろうか………


 レックは、武器をアイテム・ボックスに収納した。

 そして――


「いやぁ、お姉さん、お強いっ!」


 下っ端パワーを、フルパワーだ。

 ロリババ――ではなく、天才美少女パイロットは、そのキャラを守らねばならない。みんなの妹、みんなのアイドル。

 そのキャラを演じていれば、顔に出してはいけない。


 おまえ、いくつだよ――


 そんな疑問は、絶対に悟られてはならないのだ。


「いやぁ、あっしは無学なもんで、名乗りを上げてもらっても、分からなくって………えっと、申し訳ないでやんす」


 続けて、感謝の言葉だ。

 キャラがアレのようだが、レックは助けてもらったのだ。ならば、感謝の言葉を口にするのは、当然である。

 そして、冒険者同士であれば、謝礼金や、何らかのアクションを必要とする。


 必ず、借りは返す。

 そういった関係は、友人と呼べるようになってからだ。そのため、助けられた側は、定額を納めるように、取り決めがある。

 3割から半分ほどと幅はあるが、レックの懐は暖かい。本日の討伐で得られた報奨金は、半分を謝礼に差し出しても、命に比べれば安いのだ。


「いいさ、お礼なんて。冒険者は助け合うもの………それじゃぁ、元気でっ!」


 嵐が、立ち去った。


 もうもうと、土ぼこりが立ち上り、残されるのは残骸のみ。まさに、嵐が通り過ぎた足跡である。

 ぼんやりと土煙に見舞われていたレックは、小さくなるシルエットを、静かに見守るしか出来なかった。


「なんだよ、カッコイイじゃねぇか」


 まぶしそうに、見上げていた。


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