第31話 逆転からの、ピンチ
周囲に、湯気が立ち込める。
レックの攻撃魔法の、余波である。ザコの皆様をなぎ払ったレーザーは、熱水を圧縮した水鉄砲であったためだ。
バイクにまたがったまま、ハンドガンを構えたまま、レックは眺めていた。
囲まれてからの、圧倒的勝利。オレ、無双しちゃった――と、レックは喜んでいた。
「おっと、討伐部位は………ゴブさんは、食用じゃないからな………――と、ハンドガンのマガンジンも回収、回収っと」
周囲を見渡しながら、静かにバイクから降りる。
リアルゆえに、なさねばならないことがある。ゲームであれば、モンスターを倒せばマンガ肉や、宝石にコイン袋などが落ちてくれる。
ナイフの出番だ。
片手にハンドガン、片手にナイフを持って、レックはポーズを決める。
「分かってますよ、ゴードンの旦那、勝利のあとの油断ほど、危険なものはない。獲物を狙うモンスターが、すぐ後ろに、そして真横にいると思え――ってね」
分かっていますよ――と、余裕を持ちつつ、しゃがみこむ。バイクを背後に、慎重にマガジンを回収する。
油断はしていない、大丈夫だ。すぐにでも、新手が来る。しかも、先ほどの敵は前哨戦に過ぎなかったのだと――
レックは、あわてて周囲を見回す。
「フラグらないで、フラグはいらないんです。フラグは、勘弁してください………」
――ボスの、登場よ~
いつぞやの、カルミー姉さんの言葉であった。
レックに魔法を教えてくれた『爆炎の剣』の魔法使い様だ。レックとは、親子の年齢である、お姉さんだ。そのためか、レックを子ども扱いしつつも、魔法を教えてくれた、恩人だ。
やや、お茶目の人というか、なんと言うか………
フラグは、回収されるのだ。
「ゴブさん、お久しぶりです………レックです」
のんびりと、レックは立ち上がった。
ズシン、ズシン――と、巨大な足音がする。二本足のモンスターだ、ゴブさんの群れがあれば、最後に登場する、地響きだった。
ナイフを収納すると、改めて、ハンドガンを、ツー・ハンドにする。
水流レーザーも、もちろんチャージする。
「ボス戦の、開始だぜっ」
同時に、レーザーが放たれた。
「よっしゃ、ボスゴブさん、いただきやしたぁ~っ!」
3メートルを超えるボスゴブリンが、倒れこむ。
眼下の空洞を見下ろしながら、そのまま崩れ落ちたのだ。ガッツポーズをとりながら、さらに魔力を高めつつ、レーザーの準備をする。
気分は、主人公だ。
「へいへい、オレの魔法、十分いけるんじゃない?カルミー姉さんの魔法と、いい勝負するんじゃない?」
調子に、乗り始めた。
いや、緊張感と、周囲への警戒を抱いていれば、むしろよい兆候だと、ゴードンの旦那達は教えてくれた。
下手に緊張をして動けなくなったり、不安で普段しない失敗をしたりする話は、よく聞く話なのだという。
『爆炎の剣』の討伐シーンが、お手本だ。
楽しそうに討伐するのは、実力を発揮するためらしい。いや、あまりに余裕であるために、本当に緊張感を持っているのか、かなり不安ではあったが………
だが、単独で戦うレックには今、心の余裕が必要だった。
「さぁ、さぁ、つぎに風穴を開けたいボスさんは、どいつだっ!」
まだまだ、魔力をチャージする余裕はある。ステータス先生が存在すれば、残りのMPと言う、残量が分かって、便利だったろう。この世界には、そのような便利なものはないのだ。
そのために、自分が、感覚で分かるしかない。
ボスのゴブさんはまだ2匹、元気であった。
おや、背後からは、スライムの王様も登場だ。さすがスライムさんだ、移動速度は遅い、一匹だけなら、ガルフ兄さんを真似て、ハンドガンの集中砲火も、悪くない。
レックはそう思ったが………
「おいおいおいおい、ハンドガンじゃ間に合わない――って、そうか」
ボスの体力は、サイズがでかいだけあって、ザコとは比べ物にならない。ハンドガンをどれほど連射すればいいのか。弓矢であれば、ハリネズミになっているイメージだ。
弓矢よりは、多少威力があるだろうが、ゲームのように敵のHPが減っているのか、怪我や動きで、体力の低下を見守るしかない。
そんな余裕は、ないのだ。
「さっきは、スラッシュって、横になぎ払った………胴体に風穴が開くんだ、きっと出来る、オレは出来る子、出来る子、レック」
魔力を高め、レーザー発射準備だったレックは、さらに魔力を高める。温泉の湯柱イメージだけは、得意になってきた。
さらに、魔力を高める。
両手をまっすぐに敵に向けている、その間に生まれた水球は、いまにも爆発しそうだが、まだ、まだなのだ。
先ほどの、横なぎにザコをなぎ払った攻撃は、果たして、ボスにも通用するのだろうか。貫通すると言うことは、もしかして………
「レーザーっ!」
レックは、叫んだ。
魔法は、気分の高揚で、威力も上がる。弓矢より細い熱湯レーザーは、横なぎに、ザコのご一同様を、なぎ払った。あわてていたため、魔力の圧縮も、いい加減だった。それでも、横なぎに、群れを倒せたのだ。
これで効果が無ければ、バイクにまたがり、逃げ出すしかない。そもそも、逃げ出す余裕はあるのか、バイクにまたがる余裕は、残されているのか。
レックは、脱力した。
「………うわぁ~………これ、年齢制限されちゃうか?オレ、怒られない?」
ちょっとグロい、首ちょんぱ――だった
緊張に腕を伸ばしていたため、やや射線が高かったようだ。接近されており、3メートルの巨体でもある、やや上を狙ったが、いい位置だったのだ。
ゴブさんの、首の辺りだった。
ずしん――という、3メートルを超える巨体が、倒れる音が響く。
周囲には、攻撃の余波で水蒸気が満ちている。わずかな間だったが、静寂と水蒸気で、不安を掻き立てる光景となる。
ドドドド――という駆け足が、ハラに響いた。
「げ………耐えちゃった――」
あわてて、探知魔法を展開する。
逃げた先に、なにがあるかわからない。分からなければ、探知。それを徹底するように、探知魔法を教わったときに、カルミー姉さんに言われものだ。
目の前からやってくる敵に向けて、ややマヌケと思わなくないが、正解だったようだ。あわてて横へ逃げようとしていた、ちょうどその方向から、おいでだった。
「よけた――ちがう、撃った位置が高かったから、後ろのゴブさんには、当たらなかったんだ」
3メートルの巨体であるが、平原と言うよりは、荒野なのだ。多少の段差もあれば、一匹、外したのか。
それとも、他のボスさんを貫いたため、威力が弱まっていたのか、あるいは、武器で防御をしたのか………
ハンドガンを、即座にアイテム・ボックスへ収納した。
あわててバイクを運転するには、ジャマだったのだ。とにかく、早くここから離れねばならないと、バイクにまたがり、走らせた。
やっててよかった、探知魔法。あわてて逃げては、ゴブさんの斧のまん前だ。今度はこちらが、首ちょんぱ――だ。
ぞっとしつつ、遠ざかることに安心した。
ギュロロロロ………――と
3秒後、レックは叫んだ。
「げっ、ゴブさんの水溜りがっ!」
討伐後の血肉という残骸によって、バイクが、スリップした。
あっけなく、レックのハンドルテクニックを上回る、空回りが始まった。あわててハンドルを切るほどに悪化して、その時間は、数秒にも満たないだろう。スリップ事故は、目の前だ。
レックは、思った。
あぁ、終わったな――と
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