第29話 ギルマスの、微笑み


 レックは、叫びたかった。

 自由なる身分である、冒険者なのだ。バイクで風を切って、たけびを上げたかった。


 ひゃっほぉ~、仕事をったなんて、信じらんねぇ~っ!――と


 リアルである現実は、現実なのだ。仕事を断ることなど、しがない冒険者に許されるわけがないのだ。本当に、長いものに巻かれるというか、鬼ににらまれたレックと言うか………


「いやぁ、助かったぜ、レック。朝一番に、わるいなぁ~、シルバー・ランクの依頼だ」


 地獄の鬼が、微笑んでいた。

 レックは、じっとりと汗をかいていた。昨晩のこと、ご機嫌よくコインを数えていたら、ギルドからメッセンジャーが現れたのだ。


 ややSFのメッセンジャーという、バスケットボールの人だ。

 どう見ても、空中に浮かぶバスケットボールだ。継ぎ目と言う位置が絶妙で、革張りでなく、木材の表面に、内部は未知である。

 ポン、ポンと、ギルドマスターがバスケをしている様子が脳裏に浮かんで、即座に打ち消した。


 フヨフヨと、見張り番のようにレックの後ろに浮かんでいた。

 気にして、ちらちらと、見つめていた。


「なんだ、そいつが気になるか?」


 自慢げに、ギルドマスターが微笑んだ。


 微笑んでいるのか、地獄の鬼が威嚇いかくしているのか、レックにはわからなかった。赤茶けた肌には、いくつもの爪あとや剣や弓矢その他、生傷が耐えない。

 戦いに身をおいた、鬼の姿だ。


「そいつはな、メッセンジャーっていうんだ。斥候せっこうの冒険者を送るよりも、すばやく森の中を移動できるし、ある程度なら空も飛べるから、がけの上でも、川向こうへもいける」


 便利だろ?――と、ギルマスは笑った。


 ギルド提携ていけいの宿へ向かい、しかも、名簿があるとはいえ、レックの宿泊している部屋へとメッセージを届けたのだ。

 とっても、お利口りこうなのだ。


 ギルドマスターは、もっと驚け――と、思っているに違いない。


 新しいおもちゃを自慢する子供のように、自慢するギルドマスター。一介いっかいの冒険者の小僧が、どうやって抵抗できる。

 地獄の鬼は、メッセンジャーを使ってみたかったようだ。


「テクノ師団の、新商品だとよ、便利だろ?」


 迷惑だと、口にしたかった。

 そして、そんな恐ろしいこと、口に出来るわけがない。ご機嫌よく微笑んでいても、地獄の鬼の威嚇いかくなのだ。

 新しいおもちゃを自慢したいという心理で、新たな技術を身につけていくのだろう。その一環だと思えば、将来を考えれば、無駄ではないのだ、きっと、多分………


「新しい商品………ですか、そういえば、『マヨネーズ伯爵』のところでは、ケータイを持ってるエルフさんがいましたっけ………」


「あぁ、あれを個人で所有できるのは、まだまだ少ないな。エルフとか、貢献度が高そうなのから、優先だ………しかし、さすがにこれはギルドが優先だぜっ」


 うれしそうだ。

 そして、ケータイは、持っていないようだ。持っていたらそれで、どのように使うのか、想像が出来ない。

 いらだって、力が入りすぎて、バキッと壊れるイメージしか思い浮かばない。


 そして、ことあるごとに便利に呼び出される未来しか、思い浮かばない。


 今の、レックのように――


「えっと、それじゃ、オレはこのへんで――」

「まぁ、まて。呼び出しのは、他でもない、ホーン・ラビットの件だ」


 にっこりと、ギルドマスターは微笑んでいる。

 へへへ――と、レックは愛想笑いを浮かべている。


 ごまかして、ご機嫌をうかがって逃げようとしたが、そんなに甘い話ではなかった。ギルドマスターは、とってもいい笑顔なのだ。


 レックは、嫌な予感しかしなかった。


「悪いなぁ~、国境の町だからよ、どうしてもシルバー・ランクの数は少なくて」


 わざわざ、フラグを立てる必要もなく………昨晩、天井てんじょうのクリスタルへと祈った言葉を思い出す。

 フラグらないで、フラグ、しないで――


 フラグは、回収されるのか、それでも反発したいのが冒険者だ。


「でも、シルバーのお話っスよね?オレ………ブロンズなんですけど………まだ、ブロンズなんですけど………シルバーの依頼は、むりっスよね?」


 逃げる選択肢は、存在しない。少なくとも、メッセンジャーが現れたのだ。直接のご依頼を、無視する事は出来ない。

 偉い人には、逆らえぬのだ。


 逆らえぬのだ


「ははは、レック君、いつまでも新人気分はよくない。いやぁ、よくないぞぉ~、はははは」


 ご機嫌よく、笑っておいでだ

 レックは、つられて笑うしかないではないか。とっても、いやな予感しかしないのだから。絶対、面倒ごとを押し付けようとしているのだから。


 笑いながら、ギルドマスターの瞳が、ギラリと光った。


「レック君は、もはやブロンズであっても、<上級>――だろ?」


 レックの笑みは、凍った。

 ギルマスという地獄の鬼が、なぜ、いい笑顔を浮かべているのか、分かったからだ。無理難題を、押し付けるつもりだからだ。


 そして、ブロンズ<上級>というランクになったレックには、押し付けることが出来る。だからこそ、ここへ呼ばれたわけだ。


 実力が伴えば、あるいは依頼との相性がよければ、1つ上のランクの依頼を、受けてもいいのだ。誰にでも、得意分野と苦手な分野がある。万能ではないのなら、得意分野でのし上がってもよいわけだ。

 ムリはいけないが、見合った依頼なら、受けてもいいのだ。


 シルバーの依頼を、受けてもいいのだ。


「なに、君ならば問題ない、すでに討伐したではないか、ビック・ホーン・ラビットの群れをなぁ~、<上級>のレック君」


 フラグった。


『討伐の緊急要請』が起こらないようにと、レックは祈っていた。


 フラグしたのだ。


 そう、ウサギは群れでやってくる、ホーン・ラビットは突然巨大化してしまったが、あの7匹が全てではなかったのだ。


『いっつもあんな目にあうなんて、ゴメンだ――』


 そんなフラグが、やってきた。


「………えっと、オレ、これから――」


 レックは、言葉を続けることが出来なかった。

 エルフの森へむけて、出発したいんです――だなどと、言えなかった。『マヨネーズ伯爵』の都を飛び出し、『ポテト子爵』の領地を進み、ここは国境の町だ。さぁ、あと少しでエルフの森だ。


 レックは、まっすぐと前を見つめていた。

 地獄の鬼と言う印象の笑みが、とっても微笑んでいた。ギルド・マスターの微笑みは、こぶしで威嚇するチンピラ冒険者など、とても及ばない迫力を持つ。


 レックは、お返事をした。


「へへへへ………現場に行こうと思いますです、はい」


 選択肢は、現れることすらなかった。


 この状況で拒否できるのは、本物のベテランくらいなものだ。

 いいや、ゴードンの旦那と言う、レックにとって頭の上がらない冒険者を、若造扱いなのだ。誰が、逆らえるのか………


 下っ端パワーで、レックはおうかがいをする


「そんで、あのぉ~、情報とか、一緒に現場へ向かうメンバーのことを………」


 まさか、レック一人にシルバーの依頼を押し付けるわけではあるまい。ギルド専属のシルバーの皆様の手が足りない、群れであるため、広範囲であるために、見張りがほしい。そういう意味であろうと………


「人手不足は、深刻だ。スマンなぁ~、レック君」


 本当に、すまないと思ってくれているのだろうか、ギルマスという地獄の鬼は、レックに地図を指し示す。

 担当範囲だ、調査範囲だ。


 倒してしまっても、いいのだろう――案件だ。


「………逆戻り――っていうか、オレがホーン・ラビットを討伐したあたりですよね。へへへ、まさか、そのあたり、オレ一人で――」


 ギルマスは、笑っているだけだ。

 気付けば、ギルド職員の皆さんも、そろっていた。


「「「「「よろしく~っ」」」」」


 人材不足は、深刻のようだ。



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