第28話 ギルドの宿と、メッセンジャー
フラグよ、フラグらないで。ボキっと、折れちゃっていいから………
レックは、本気で拝んでいた。頭上の警報装置が、雄たけびを上げる。町に、モンスターの大群が迫ってきた。
大変だ、主人公の出番だ――
そんなフラグは、必要ないのだ。チートらしきものが得られないレックである、ならば、静かな冒険者として、過ごしていたいのだ。
しばらく天井の警報装置を拝んでから、改めて、コインに向き直る。
「では、気を取り直して――」
レックは、簡易ベッドの上のコインの皆様を見つめる。万が一に転がらないようにと、ピクニックシートを広げている。
討伐の報酬を、勝利の余韻を、目の前でチャリン、チャリン――と、数えたいのだ。
黄金の輝きを前に、レックは笑顔を取り戻す。
「これが、20ルペウス金貨の輝き、20ルペウス金貨の重さか………」
ギルドに報酬を預け、支部で取り出すことも出来る。
前世では銀行があり、ラノベやアニメなどでも、類似のシステムがあった。高額すぎて、持ち運びが不安と言う冒険者にはありがたい。レックのようにアイテム・ボックスを保有しない限りは、とても安心なシステムだ。
レックは、全て受け取ったのだ。
大商会や貴族様しか縁のないコインが、目の前にあった。
「これ一枚で、オレのバイクに、武器全部を買って………まだ、おつりがある。あぁ、500円玉より少し大きいだけのコインが、なんと言う
土下座をしていた。
小市民レックは、20ルペウス金貨様に向かって、土下座をしていた。誰かが見ていれば、涙を浮かべるだろうか………
共に、ひれ伏すに違いない。平凡な冒険者など、一生にわたって目にすることが出来ないだろう、最高位の金貨様であらせられる。
前世の浪人生が、
それほどの、大金なのだ。
普通ではありえない、巨大なホーン・ラビットというモンスターの討伐の報奨金である。1匹だけでも、それなりのお値段が付く、それが7匹なのだ。
お肉様の買取金額、毛皮や肉質の査定に、様々なギルド経費を差し引いても、今までで最高の稼ぎとなったのだ。
笑みを浮かべて、なにが悪い。
レックは、頭を上げた。
「ははぁ~、これだけの大金、次はいつ拝めることか………いや、依頼を受ければいいんだろうけど、いっつもあんな目にあうなんて、ゴメンだ――」
言いかけて、レックはキョロキョロと、周囲を見渡す。
改めて、天井に向けて、両手を合わせる。フラグじゃありません、フラグはいりませんと、拝み倒す。
十分後――
「20ルペウス金貨に、4ルペウス金貨、1ルペウス金貨~、あぁ~、口にすると、結構長い~………」
改めて、目の前に広げた金貨様を数え始めていた。
「へへ、ラノベの主人公達も、実際には、こうしてコインを数えてたんだろうなぁ~
………尺の問題でコインを数えるシーンが省略されてても、仕方ないさ。だけどさ、うれしくないわけ、ないもんなぁ~………」
20ルペウス金貨を、一枚、二枚と数え、静かに横並びにする。つづいて、4ルペウス金貨に、1ルペウス金貨と、黄金に輝くゴールド様をならべた。
さらに、20ポドル銀貨に、4ポドル銀貨、1ポドル銀貨は4枚ずつ重ねる。前世の浪人生は、やはり10枚ずつが自然ではないのかと、首をかしげる。
すぐに、思い出す。
「昔の小説だと、ポンドとか、シリングとか、ペニーとか、ややこしかったっけ………12ペンスで1ポンドだっけ、いや、1シリングか………20シリングで1ポンド?」
前世の浪人生が、首をかしげる。海外の児童文学だった、日本円の感覚で、海外の児童文学を読んだのならば、それは混乱するものだ。使い慣れていない単位でお買い物をするキャラクターのセリフが、それはそれは、ややこしかったのだ。
当然、読み飛ばした。
だが、こうして使い慣れてくると、そういうものだとわかってくるものだ。レックはレックであるが、前世の影響も受けしまうのだ。
新鮮さを感じるのだ。
故に、SFと感じる出来事に驚き、ファンタジーらしさに感動するのだ。
一通り
10回も数えて
「さぁ~お次は武器の整理と………この町を出たら、あとは人里はなれて………エルフの住まう森なんだからなぁ~、どうなるのかな、弓矢で警告されるかなぁ~」
武器の残弾数を確認しながら、レックは楽しみだった。
ケータイを自慢げにしていた、歩く90年代の、見た目は中学生のロリバ――お嬢様は、忘れたことにしたいのだ。
そう、エルフといえば、神秘の種族。人の住まいとは遠く離れた、神秘の森に、静かに住まっているのだ。
SFに侵食されたファンタジーなどいらない、前世を思い出したレックは、純粋な、古きよきファンタジーに飢えているのだ。
トン、トン――
ふと、ノックの音が聞こえた。
まさか、ドアベルがあるだろうと思っていると、今度はドアベルが鳴らされた。しかし、このあたりはファンタジーではない、耳障りが、部屋に響いた
ジー、ジー~………
機会音声のような、ビリビリと、じりじりとした、うるさい呼び
「はい、どちら様――」
無意識に、レックはドアフォンを取った。
そう、ドアフォンである。安宿なのだから、ここは
「はい、どちらさまで――」
あぁ、ファンタジーが、台無しだ。
そう思っていたのに
「ブロンズの<上級>ランクのレック様、ギルドマスターから、モンスターの件で、相談したい事があるそうです。明日の朝、ギルド支部までお越しください――」
どこか合成されたような、女性の声だった。
メッセンジャーであればおかしくないが、ちょっと待ってほしいと、レックは思わず、扉を開けた。ここはギルド
だが――
「………は?」
レックは、マヌケな声を出した。
目の前にいたのは、確かにメッセンジャーであったが、ちょっと、想像していたのとは違っていた。
ふらふらと、バスケットボールが、浮かんでいた。
「このメッセージに返信を録音されるには、緑のボタンを、録音をやり直す場合には、黄色いボタンを、受け取りを拒否する場合には、赤のボタンを押してください――」
目の前で、新たなメッセージが再生されていた。
バスケットボールのサイズで、素材は木材のように見えて、なにかだろう。口を開けたように、ボールの中央が上下に分かれており、音声が再生されていた。
そして、ボタンの色が、色々と………
レックは、静かに扉を閉めると、防音のしっかりしたお部屋で、天井を見上げた。
そして――
「ちっきしょ~、ここでもSFかよぉおおおおっ!」
思いっきり、叫んだ。
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