第13話 モンスターさん、いらっしゃい


 レックは、手のひらの手榴弾に、感謝をささげた。


「おっちゃん、あんたが正しかった………」


 目の前には、死屍累々ししるいるいだった。

 手には、アイテムボックスから取り出した、最後の手榴弾が握られていた。前世の記憶では、もちろん触ったことのない爆発物だ。パイナップルと言う愛称である、おそらくは転生者が持ち込んだデザインを、この世界の技術で生み出したものだろう。


 敵に囲まれ、ピンチにおちいる。そんな時に役立つと言われて、とりあえず購入していたのだが………

 武器ショップのおっちゃんの言葉は、正しかった。

 空になったマガジンが、足元に転がっている。広範囲を吹き飛ばす、パイナップルのおかげで、何とか生き残った状態だった。


 ここは森の中、魔法の弾丸を撃ちまくった空間に特有の、薬品の香りが漂っていた。

 あと、モンスターの残骸の香りも、濃厚だ。


 レックまで、あと3メートルもない近い距離まで、肉片が飛び散っていた。姿のはっきりと分かるものは、一つもない。初戦で、いきなりピンチのレックは、手榴弾のおかげで、無事だったわけだ。


 ガンマンが、近づいてきた。


「レック、ヒヤヒヤしたぞ?」


 パーティーのガンマン、ガルフ兄さんだった。

 神経が過敏になっていたレックは、いつでも手榴弾を投げられるように身構えながら、振り向いた。

 はっきりと見方だと分かっていても、その体勢を解くことは出来なかった。


 ガルフ兄さんは、気にせずに笑いかけてきた。

「15発入りのタイプだな、それ………百発百中なら、マガジンの交換も、一度でよかったろうけど………予備のマガジン、4本しかなかったのか」


 レックの足元には、空になったハンドガン及び、そのマガジンが5本と、あわてて抜いたリボルバーと、そして、ショットガンが転がっていた。

 どれも、弾切れだった。

 荷物運びに加えて、最低限の戦闘にも参加できる。また、そのレベルでなければ、今回の依頼は受けることが出来なかったのだ。

 魔力が上がり、武器もたっぷりと手に入れたのだ。任せてくれと思っていたレックであったが………


 役立ったのは、目の前を一掃してくれる、手榴弾である。


 なお、スナイパーライフルの出番は、なかった。


「敵が一匹や二匹なら、メチャクチャに撃っても余裕だったんだろうけどよ、リボルバーを教えたときに、狙って撃てって言ったろ?それと同じ――」


 言い終わる前に、なにかが、空から降って来た。

 女性の、シルエットだ。

 レックが、思わずびくりと身をかがめる。どこから敵が現れても、手榴弾を投げつけてやる。そんな気分であっても、反応は、身をかがめるだけだった。

 軽やかに、金髪のポニーテールが風に舞った。


 血まみれの、お姉さんがやってきた。


「何とかなったじゃない。コイツの言うことは、あんまり気にしなくていいって」


 下手に攻撃の動きが出来ず、正解だった。

 パーティーのファイターである、そのこぶしで、そのキックで、モンスターを血まみれにするお姉さんである。

 ファイターの、ゼファーリア姉さんである。

 血にまみれていたのは、殴り殺したモンスターたちの、返り血である。


「数が多いんだもん。さすがに、ゴブリン軍団って数じゃ………ねぇ」


 一匹、二匹ならレックでも狙い撃っただろう、木の上からでも良かったのだ。それが、レックの受け持った範囲だけで、何十匹も現れたのだ。

 ザコでも、ハンドガンの一発で片付くという意味である。ザコの攻撃であっても、接近されれば致命傷を食らうのだ。

 大量に現れれば、倒しても、倒しても、次々現れれば、狙いが定まらなく、無駄うちをしてしまったのだ。

 この危険を考えて、受け持つ範囲を考えた作戦であった。


「数が少なそうな場所を任せたが………まだ、きつかったか」

「最初は、誰でもそうよ………そういえば、弾切れになって、私の後ろに隠れていたボウヤがいたわね~………お姉さんは、ちゃんと覚えてるわよ?」

「昔の話を、お前は――ってか、お姉さんって、おまえとは2つしか違わねぇよっ」


 ガンマンのガルフ兄さんと、ファイターのゼファーリア姉さんは、仲良くケンカを始めていた。戦いの場であっても、余裕である。


 今回の討伐は、予想されるモンスターの大発生に備えた、予防措置だった。名目は、調査である。レックの遭遇した、イノシシのモンスターが、今回の話のきっかけである。

 通常より巨大で、危険なモンスターが現れる。それは、大規模なモンスターの発生を予感させ、下手をすれば町が滅びる災害である。

 調査とはいえ、並みの冒険者では危険だった。


 レックの出番だ。


 町の危機を前に、主人公が登場。そして、チートで解決。報酬を町の復興へ当てるようにと告げて、立ち去る。

 転生した主人公の、あるべき姿なのだ


 ………現実は、残酷だった。

 弾切れが、ネックだった。


 ビームサーベルも購入すべきだった。まぁ、言われるままに購入すれば、懐が凍えそうだが………


「よぉ、ちゃ~んと、一人で出来たじゃないか。最後まで出来るか、ちょっと心配したが………」

「レックちゃんは………魔法のお勉強、やり直しましょうか。魔力あるのに、弾切れってだけで、ピンチになるなんて………もったいないでしょ?」


 剣士のおっさんゴードンと、魔法使いのカルミーお姉さんが現れた。もっとも危険な場所を受け持っていたはずだが、さすがである。

 オマケに、レックの採点もしていたようだ。昔から、荷物運びとして雇ったレックを気遣いつつ、様々に教えてくれた二人である。


 とっても、居心地が悪かった。


「スライムとゴブリンって………ザコなんですけど、っていうか、ザコでしたけど」


 レックは、自分の身を守っていればいいと言われた。かつては、誰かが護衛として、討伐の間でもそばにいてくれた。レックも戦いに参加した、自分の身を守っているだけで、進歩である。

 それでも、モンスターが少ない場所を確保してくれたのだ。

 アレでも、弾切れになるまで撃ちつくしても、最低限だった。うぬぼれたわけではないが、レックはうなだれていた。


 オレ、やっぱりザコなんだな………と


「ザコか、一匹、一匹だったらな………ペース配分がデタラメだったから、仕方ない」


「うん、うん。私も経験あるよ、一撃に全力をかけて、次の敵、その次と囲まれたら、バランスが崩れて、大変だった………10歳のときだっけ?」


 誰もが、通る道である。

 お兄さんとお姉さんは、そう言って慰めてくれたが、ここはモンスターの大量発生エリアである、息をつくひまは、あまりないのだ。


 今回の依頼は、大変なのだ。


「とりあえず、レックは武器の補充を急げよ?」


 ガルフ兄さんの言葉に、レックはうなずく。仲間が集まったことで余裕が生まれ、そして、ガルフ兄さんに言われて、ようやく気付いたわけだ。


 全て、弾切れだった。


 モンスターが現れれば、ピンチだ。あわててアイテムボックスから木箱を取り出すと、中の弾丸を、ハンドガンのマガジンへと詰めていく。弾切れまではすぐであるが、込めるのは、とても忍耐の要る作業なのだ。

 とりあえず、15発入りの、5本のマガジンが空である。


 がんばれ、合計75発だ。


 言葉も少なく、レックは焦りながらマガジンを補充していくと、紫のローブが、目の前に立ちふさがった。

 カルミー姉さんが、演説をするのだろうか。


「ねぇ、ボードゲームはしたことある?」


 レックは、答える。

 少しだけ――と

 誰に対しての問いかけかは、分からない。とりあえず、レックの前に到着してからの、問いかけであった。


「なら、分かるかな………ザコが、最初なの」


 分からなかった。

 おっさん剣士も、ガンマンの兄さんも、ファイターの姉さんもまた、分からなかったようだ。仲間ばかりでうれしかったが、答えは、向こうからやってきた。

 森の奥から、やってきた。


 ズシン――、ズシン――、ズズズズズ――………


 木々を押しのけながら、巨大なモンスターが近づいてきた。

 正体は分からないものの、レックが命を落としかけた巨大イノシシと同等、あるいはそれ以上のモンスターであることは、間違いない。


 カルミーの姉さんは、楽しそうに宣言した。


「ボスの、登場よぉ~」


 本当に、楽しそうだった。


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